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全国翻訳ミステリー読書会

第13回大阪読書会レポート『マナートの娘たち』(執筆者・信藤玲子)

2023.07.06 14:00

2023年6月24日、『マナートの娘たち』を課題書として、大阪翻訳ミステリー読書会をオンラインにて開催いたしました。訳者の小竹由美子さんもゲストとしてご参加いただきました。


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シリア系アメリカ人である作者ディーマ・アルザヤットは、この本に収められた9つの短編で、分断や対立が交錯するアメリカの現実を鮮やかに切り取っています。


なかでも参加者のみなさんが圧倒されたと口を揃えて語ったのが、原書の表題作である「アリゲーター」。

1929年のフロリダで実際に起きたシリア人夫婦のリンチ事件を、さまざまな角度から描いた作品です。実際の新聞記事と架空の手紙やSNSのやりとりなどの組み合わせで構成されていて、それらを複眼的に読み解くことで事件の全貌があぶりだされるという仕掛けになっています。みなさんの感想は以下のとおりです。



リンチをひきおこすのは人間の群集心理です。現在でもネットリンチがめずらしくないように、群集心理とは有象無象の〈声〉が寄せ集まったものです。作者が新聞記事やSNSなどの〈声〉をコラージュしてリンチ事件を描いたのは、形式上の目新しさを狙ったものではなく、事件を語るために必要な手段だったのだと納得しました。


原書のタイトルは『アリゲーター』ですが、訳書では『マナートの娘たち』がタイトルになったことについて小竹さんにお尋ねしたところ、この短編集全体の内容を象徴するタイトルであり、本の装丁にも呼応しているからとのことでした。


書店やネットで表紙をご覧になったかたはおわかりでしょうが、模様の奥におぼろげに見える娘の顔が、この本で描かれている複数の女性たち、あるいは現実を生きている無数の女性たちに重なります。

また、表紙の下の紙の美しさに感動したと語った参加者もいらっしゃいました。「マナートの娘たち」や「浄め(グスル)」では、語りに応じて文字の配置が変化し、細部までていねいに作られた本であることがよくわかります。


「アリゲーター」以外には、「懸命に努力するものだけが成功する」が、たびたび話題にのぼりました。映画業界における性被害の問題を正面から描いたこの短編には、



など、たくさんの共感の声があがりました。

小竹さんのお話によると、この作品は本の刊行に先立って『紙魚の手帖』に掲載されたのですが、その旨を作者に報告したところ、「これはどうしても書きたかった」というコメントが返ってきたとのことで、作者にとっても思い入れの強い作品であるのはまちがいないようです。


「懸命に努力するものだけが成功する」というタイトルを言い換えると、「成功しないものは懸命に努力していない」となります。差別や格差などの構造の問題が個人の努力や資質のせいにされてしまう現実を痛烈に示唆しています。


そのほかの短編についても、次のような感想が述べられました。



充実したあとがきに多くの参加者が感銘を受けたようでした。小竹さんに伺ったところ、日本人にはなじみの薄いアラブ文化が背景になっているため、ときにはコーランまで紐解きながら翻訳を進められたとのことです。それだけの深い理解があるからこそ、それぞれの短編を読み解く指針となるあとがきが書けるのだろうと感じ入りました。


あとがきにも書かれているように、作者のディーマ・アルザヤットはこの本がデビュー作であるため知名度はまだ低く、短編はどれも高い評価を得ているものの、大きな賞を受賞したわけではありません。しかし、BLMや #MeToo運動を経た現在、分断や差別を一面的ではなく多面的に描いたこれらの短編を読むと、これまで知らなかった新しい景色が見えてきます。興味のあるかたはぜひ手に取って、ひとつひとつじっくり味わってください。


さて、今回のオススメ本のテーマは〈人生最高の一編〉でした。お題を考えた私も後悔するほどの難題でしたが、選んでくれたみなさんもさんざん悩まれたのではないでしょうか?

以下がその一覧です。みなさんの渾身の思いが伝わってくるラインナップです。



さて、次回の大阪翻訳ミステリー読書会は、10月14日(土)に対面で開催する予定です。2023年も折り返しを迎えましたが、下半期のイチオシの一冊を課題書に選びたいと考えております。読書会には興味あるけど怖くてよう行かん……というかたも、もちろん常連のかたも、どうぞお気軽にご参加ください。


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