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2018.04.11 23:41
【皆福寺の沿革】
皆福寺は、松平地区最古の寺院であり、創建については、諸説あるが、1181年(養和元年)又は1247年(宝治元年)と伝承されている。当時は、酒呑村梅上(現在地から北へ500m程の地区)を所在地とし、天台宗のお寺であったが、正和年間(1312~1316)の頃に、第4代住職光玄が本願寺第3代覚如上人(1270~1351)の直弟子となり、真宗に改宗した。
室町時代(1338~1573)一向一揆で敗れた本寺である本證寺(安城市野寺)住職が足助の山中に逃れた際に尽力したと伝えられている。
御本尊(阿弥陀如来像)が下付された時期は、本願寺第11代顕如上人(1543~1592)の時であり、下付された時期から推測するに、当時、この地方の拠点となる寺院であったと思われる。
現在の地へは、1827年(文政10年)第17代住職世恵龍の時に今の酒呑村神田に本堂を移築した。当時の用材集め記録が『本堂再建之諸記』として残っている。
【初代住職:石川院殿永西阿闍利】
伝承によれば、永西(年齢不詳~1259)は、宮中に仕える殿上人であったが、わけあって野に下り、付き人2~3人と共に現在の地にいたり、僧侶となったという。寺紋が「笹りんどう」であるから源氏の系統であったと推測される。
【山号「上宮山」の由来】
創建当初は、「梅上山(ムネガネザン)」であったが、いつしか「上宮山(ジョウグウザン)」へと変更された。これは、真宗に改宗した当時の御本尊が「聖徳太子高僧連座像」であったかとから、聖徳太子の別称である「上宮王子」に由来すると思われる。
「聖徳太子孝養像ならびに法然・親鸞像」は、皆福寺に現存する最古の法宝物で、室町時代初期の作品である。現在、豊田市の文化財にも指定されている。