鎌倉設計工房・藤本幸充さんを訪ねて
古川都市建築計画
古川達也
AAスタジオ建築家メンバー同士で「建築家の仕事場」訪問リレーを行う第2回目。鎌倉設計工房の藤本幸充さんを、古川都市建築計画の古川達也が訪問してきました。
交通の要所である横浜駅から徒歩10分、大きな通りから少し入り落ち着いた風情のマンション上階に、藤本さんの設計事務所「鎌倉設計工房」がある。1981年の事務所創業時に、鎌倉の自宅でオフィスを構えたことが社名の由来とのこと。横浜なのに鎌倉?でもなぜだろう、藤本さんの設計で生み出される建築は、地名である鎌倉のイメージと重なり、しっくりきてしまうところがあります。伝統的なのに新しい、新しいのに伝統を忘れないという雰囲気があるんです。なぜ温故知新な雰囲気を感じるのか。このあたり個人的にとても聞いてみたいと思いながらお邪魔しました。
いつもの優しい笑みで藤本さん自ら玄関で迎えて下さったのは、コロナ禍以降スタッフが基本的にリモートで連携、事務所には藤本さんだけだったことが理由です。事務所内は造作家具によって各コーナーが絶妙に仕切られたワンルームで、玄関に近い一番手前が藤本さんのデスク。沢山の資料や建材のサンプルなど、物品が片付け過ぎないおさまりで並び、どの場所もすごく作業がし易そうな印象です。実は数年前に一度お邪魔したことがあったのですが、その時から室内のレイアウトがかなり変わっている。「作業人数や、取り組むプロジェクトの状況に合わせて割と室内レイアウトを変えているので、違って見えるかもしれないね」というお話で納得です。「そうか、だから事務所内が動き易く使い易すく見えるんだな」と思いました。
設計された集合住宅「洲崎町の町屋」を解説する藤本さん。リモート参加のスタッフ細入さんは、この建築の2階に住まう住民の一人でもあります。今度皆んなで遊びに行きます!
部屋中央の打ち合わせテーブルに着座すると「これで良いかな(笑)」とビールを出してリラックスした場にして下さいました。スタッフの細入夏加さんもタブレットを使ったリモート参加で、お忙しいところ時間をつくって頂けました。リーダーとスタッフが一緒となれば、お2人揃った時しか中々お聞きできないことを公平に聞いてみたい。「日ごろ、例えば藤本さんが手描きでスケッチをして、細入さんがCADで図面化していくような進め方ですか?」とお聞きしたところ、そのイメージとは全く違う進め方だと判明します。
藤本さんの描いた断面パース。クライアントと空間のテーマを共有するため、あえて表現を誇張したり抑えたりする工夫があり、とても伝わってきます。
藤本さんは全て手描き。アイディアスケッチから始まり、クライアントへイメージを伝える断面パースや、外観イメージを端的に伝える影や素材感を表現した立面図。実施設計段階における矩計図や部分詳細図など、あらゆる図面をご自身で作成します。正確で緻密な手描き図面の数々を拝見し大変驚き感動しました。細入さんいわく「BIMでイメージ図や図面一式を作成するプロジェクトももちろんありますが、藤本の描く手描きパースで施主へのプレゼンテーションを行い、藤本の手描きの図面をそのまま役所申請まで使うプロジェクトもあります」とのこと。
最新のグラフィソフト社Archicad(BIMソフト)を使って設計をする細入さんの出力図面と、藤本さんの描く手描き図面が常に2種類ある。取りこぼしてはいけない藤本さんの繊細な感覚を手描きに託し、数量的検証や設計協力者との連携などが得意なPCによる作業は細入さんに任せる。プロジェクトの規模や性格など、状況に合わせ柔軟に両者のバランスを変えて積み上げている様子です。「手描きでパースを描きながらフィードバックし設計図面を修正」「手描きパースの中で線を太くはっきり描くことで奥行きを表現しその加減を確認」。藤本さんは目指す空間の質や美しさを、自身の手描き作業の中で図っていることを教えて下さいました。
最新プロジェクト。細入さんが作成した3次元入力のBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)画像と、藤本さんが描く手描きの平面図が並ぶ。どちらも必要なのだ。
藤本さんによる立面図や詳細図の一例を、トレーシングペーパーの原図のまま見せて頂きました。とても緻密で明快だ。
建築設計の道を歩むきっかけを聞きました。縁あって小学2年生の時に川崎の武蔵小杉から鎌倉の腰越に家族で移り住むことに。住空間の参考に父が見ていた雑誌ニューハウスが身近にあったこと。腰越が別荘地で子供ながらに魅力を感じていたこと。友人の兄が建築家であったことなどが、後に建築への関心に繋がった。中学生時代に英語が得意だったこともあり、自身の得意分野は文系だと考え横浜市立大学商学部に進学するも大学紛争の只中。徐々に建築の道を歩みたい気持ちが強くなり途中退学、高い目標を掲げ東京芸大の建築学科受験を目指します。受験に必要なデッサンを学ぶため阿佐ヶ谷美術専門学校に通ったが芸大合格は叶わず。
その後YMCAデザイン学校で学び建築事務所に就職。働きながら工学院大学の建築学科(夜間)で4年間建築を学び、特に所属した研究室の建築史家・伊藤ていじ先生の民家調査研究に加わりながら影響を受けます。卒業後、既に勤めていた設計事務所で一ヶ月の休みを頂き、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトのアトリエ事務所を訪ねます。アアルト没後で夫人のエリッサ氏が事務所にいました。工学院大学の武藤彰先生にアアルト事務所の建築家ミツコ氏を紹介頂き実現。訪ねた際はご本人不在だったが、在籍していた日本人スタッフから今は受け入れる状態にない事を伝えられ、踏ん切りを付けます。つまり藤本さんにとって、それは単なるアトリエ見学の旅行ではなく、就職を希望していることを直接伝える旅でした。
とにかく「先ず失敗を恐れず挑戦してみる」という若き日の藤本さんの行動力に圧倒されました。そしてそのころから既に芽生えていた、世界で勝負できる建築を目指すために学びたいという気持ちの強さです。だから本物に学び、掛け替えのない伝統や歴史に学ぶことも惜しまないのだ。設計事務所を開設した藤本さんには、日本から世界に発信できる唯一無二の美しさや凄みが、伝統にあるという確信がある。世界にアピールできる日本独自の木工技術や和の美意識を残し伝えたいという意識です。
設計する建築に、なぜ温故知新な雰囲気があるのか、それは日本国内を超え世界にアピールできる建築を、常に藤本さんが高い目標として目指しているからだということが分かりました。スタッフの細入さんは京都大学大学院で木造住宅伝統構法の耐震性や改修・補強技術の研究をされていた経歴があります。藤本さんは細入さんの建築の見方や価値のおき方、大切にしている美意識などに信頼と尊敬があり、スタッフの一人として迎え、共に歩んでいることも知ることが出来ました。
ライフワークとしている、古民家の調査・研究や、再生・活用などの実践的な活動は、より藤本さんの生み出す建築やまちづくりのビジョンと重なってきます。千葉県で取り組む古民家の再生プロジェクトでは、既存家屋活用案の企画を立てビジョンを示しながら、登録有形文化財指定に向けた申請を行う業務に取り組んでいるとのこと。能登半島地震による被災地へ行き、地震で損傷のある古民家について、持ち主が諦めて安易に手放し解体されてしまう前に、修復や再生の是非を問い掛ける活動をしているとお聞きしました。
古きを尊び大切にしながら、それを新しい創造につなげること。鎌倉設計工房の「鎌倉」から漠然とイメージされた藤本さんのものづくりでしたが、伝統からの革新を目指す藤本建築の軸足となっていると思い、今後もご活躍に注目して参りたいです。
文・写真: 古川都市建築計画 古川達也