忘れる喫茶店
2018.12.16 02:31
カランコロン
「おや、いらっしゃい。ご愁傷様」
そこは朝靄のように白い靄のかかった河原の傍にある、古い喫茶店だった。
カウンター席に座って辺りを見渡す。
コツ、コツ、と心地よく時間を刻む振り子時計に、見たことの無いが何故か知ったような植物が飾ってある。マスターの後ろ、カウンターの壁には色とりどりの美しいティーカップが並んでいた。店内にはアンティークらしい、赤い布の張った椅子が2対ずつ、これまた椅子と一緒にあしらったのだろう堂々としたテーブルを挟んで並んでいる。
「どうぞ」
僕に出されたティーカップは真っ白だった。
沢山の美しいカップがあるのにと疑問にも思ったが、まあそういうものだろうと何てことなく思えた。
中の紅茶は何かとても懐かしい香りがして、一口飲むと暖かくて、嗚呼、懐かしい。前世すら全て一つ残らず思い出せそうだ。
飲み干してふぅ、と余韻をつく。
その一息がティーカップかかるや否や、カップが染まっていった。
みるみるうちにカップは美しい模様を浮き出していく。深海のような青色に金色の唐草模様のラインが入ったフチ、同じく金枠の幾何学模様にジワジワと紅と瑠璃色が滲み現れる。
10分にも30秒にも満たない時間だったと思う。見入っていた僕は記憶が空っぽになっていることに気が付いた。
「出口はこっちだよ」
声がする。やさしい香りがする。ああ、戻るんだ。何処かに、しかし知っている何処かへ…
私は今回のカップを磨き、カウンターの棚へ並べた。
ここはテーレー喫茶。
記憶の最終地点。
走馬灯ティーカップのピリオドだ。
君達の記憶を、私は忘れない。
忘却の川の水で入れた紅茶を今日も丁寧に入れる。