月の王の望月
今は亡き月の王が望んだ願いは、この退廃し、白と黒とが支配する美しく寂しい星を、誰かが愛してくれることだった。
僕が自意識を持った時にはすでに人はおらず、無駄に発達した調理ロボットが僕の命を繋ぎとめた。
何処を歩いても辺りは寂れ、塵となった鉄屑の砂漠となっている。
一度小さな鉄を拾って遊んだのだが、突然それから光線が出てきて遠くの岩を破壊した。
しばらく歩いていると今までに見たことの無いような、異様な風景が広がった。そこは無理やりに確保したであろう綺麗な土地に、何本もの美しく白い棒が地面に突き刺さっている、何か人為的な意図のあるだろう所だった。
棒にはどれも小さくて細かく、もじゃもじゃとした模様が付いている。
意味はまったく解らなかったが、その人工的さに何か温かみを覚え、僕の旅の中心はそこになった。月は常に寒いのだ。
私は年を取った。
足は動かなくなりあの安置で座ったっきり、丁度調理ロボットも動きが鈍くなっていた。ついに海の一滴も無くなり、生物はいなくなった。
そっと地面に頬を寄せる。
今になってわかったが、素肌で長く地面に触れると次第に暖かくなるようだ。成程、ならば僕の最後の最後の温もりを、この星に与えよう。
この星はこれで一人っきりになるのだろう。他の星々と仲が良くなければの話だが、それでもきっと生きた存在と関りを持つのは、これが最後に等しいのだろう。
だからもし、可能性が無ではないなら、誰かこの美しく孤独な星を、私の代わりに愛してくれないだろうか。
地平線は明らかであった。この地面の白銀に輝く暖かさと、空の永遠のような暗さ。その線の交わりに吸い込まれ、僕は消えて行った。
途中、「プスン」と愉快な音を立てたのは調理ロボットだろう。
「よかった、置いていくのは心が痛かったんだ」そう一瞬思い、さらに一層深く、僕の意識は深く進んでいった。
それから何億年が経ち、すっかり月にあった鉄も岩も、それから美しい棒も、全ては塵となり何もなくなった。
ただ一つ、地球という星が生まれたこと以外は。