「只見線ナイトトレイン」(会津若松⇋会津川口) 乗車 2024年 夏
JR只見線の一部区間で、夕暮れから日没の時間帯に、トロッコ列車「風っこ」号の車内灯を消して運行される「只見線ナイトトレイン」に乗車した。
「只見線ナイトトレイン」は会津若松~会津川口間(60.8km)の往復で、日暮れ迫る復路の一部区間で車内灯を消すサービスが行われ、2022年5月14日に初運行された。
2回目となる昨年(2023年)6月には、旅程はほぼそのままに「只見線トワイライトトレイン」と名を変えツアーが実施された。*下掲出処:東日本旅客鉄道㈱「団体臨時列車「只見線トワイライトトレイン」を会津若松~会津川口間で運転します!」(2022年4月27日) URL: https://www.jreast.co.jp/press/2023/sendai/20230427_s01.pdf
そして、昨年9月の3回目は「只見線ナイトトレイン」に名を戻し、2023年9月17日に運行。このツアーは「第13回鉄旅オブザイヤー」で審査員特別賞を受賞した。*参考:「鉄旅オブザイヤー」第13回受賞作品 URL: https://www.tetsutabi-award.net/2023/index.html
今回のツアーは4回目で、①東京駅発着の日帰り、②会津若松駅発着(只見線乗車のみ)の2種のコースが用意され、予定通り運行された。
「只見線ナイト(トワイライト)トレイン」の使用車両は、JR東日本管内で観光列車として運行されているトロッコ列車「びゅうコースター風っこ」号で、2BOX席分あるガラス窓が外されている。今回、往路(会津若松→会津川口)は日中帯の走行であるため、只見線内で定期的に運行される「風っこ」号と変わらぬ乗車環境となる。
今日は、「只見線ナイトトレイン」が会津若松13時49分発ということで、少し早めに会津若松市入りし、市内観光をしてから列車に乗る事にした。
天気予報は、晴れのち曇りで、降水確率は20%。梅雨時ながら、車内に雨が吹き込む可能性は低いと思い、“ナイトトレイン”の雰囲気を楽しみたいと旅に臨んだ。
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)
・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ -只見線の夏- / -観光列車-
今朝、自宅のある郡山を出て、会津若松駅に8時8分に到着。その後、輪行してきた自転車を組み立てて、市内観光をした。→拙著「只見線乗車前の会津若松市内観光 2024年 夏」(2024年6月22日)
約5時間の市内観光を終え会津若松駅に戻ると、「只見線ナイトトレイン」ツアーの受付が始まっていた。
受付を済ませ、座席番号が入った鮮やかな黄緑色のパスケースを受け取り、只見線のホームに向かった。定期運行の大半の列車と同じく、団体専用列車「只見線ナイトトレイン」も乗り場は4番線だった。
跨線橋を渡り、4-5番線ホームに下りてしばらく待っていると、「只見線ナイトトレイン」として運行される「風っこ」号が入線してきた。向かいの5番線には、会津鉄道の観光列車“お座トロ号”も入線し、折り返し運転の出発を待っていた。
「風っこ」号の出発が近づくと、会津若松駅の職員が続々とやってきて、『只見線ナイトトレイン 夜空の中、幻想的な奥会津を満喫ください!』と記された横断幕も広げられた。
13:49、「風っこ」号が会津若松を出発。
「只見線ナイトトレイン」が、名の通り“ナイトトレイン”となるのは復路。日中帯の往路はいつものトロッコ列車「風っこ」号として、まずは会津平野の田園地帯を駆け、客は吹き抜ける風を受けながら外の景色を楽しんだ
七折峠を越えて奥会津地域に入ると、列車が「第一」から「第四」の橋梁を渡り只見川と交差しながら進んだ。
各橋梁では“観光徐行”がなされ、沿線屈指観光スポット「第一只見川橋梁」では、橋上で1分以上停車した。車内では、ほとんどの客が上流側・下流側の車窓に移動し、スマホやカメラを構えシャッターを切っていた。
16:37、「風っこ」号が折返し駅となる会津川口に到着。ホームには地元の子ども達の他、橙色と赤色の着ぐるみも出迎えてくれた。
名物「赤かぼちゃ」を模した橙色の金山町のキャラクター「かぼまる」と、赤べこを模したJR東日本・会津若松エリアのキャラクター「ぽぽべぇ」だった。*参考:金山町「金山町公式キャラクター かぼまる」
出迎えが終わると「かぼまる」と「ぽぽべぇ」はホームから駅舎に移動した。ちょこちょこと歩く「ぽぽべぇ」の後ろ姿を見ると、しっぽが意外に大きく驚いた。通りすがりのちびっ子は、呆然とそのしっぽを見つめているようだった。
「ぽぽべぇ」は、スタッフに抱えられながら、バリアフリーされていない駅舎に入る階段を上っていた。
駅舎を抜けると、目の前の駐車場には青いテントが並び、多くの人で賑わっていた。
「只見線ナイトトレイン」の運行に合わた、“おもてなし企画”となる「かぼまるしぇ」だ。県立川口高校有志や町の観光物産協会などが飲食品のブースを出し、駅長帽子を被る記念撮影や“ストラックアウト”など地元の子ども達も楽しめるイベントも行われていた。
約1時間の「風っこ」号の停車時間の間、記念撮影などに応じながら移動する「かぼまる」と「ぽぽべぇ」の姿もあってか、場内は華やぎ賑わい続けた。
私は国道252号線を挟んだ向かい側にある加藤商店で冷えたビールを入手してから、渡部麹屋のブースで一品購入し「風っこ」号に戻る事にした。
駅頭には、初めて見るデザインの幟が立っていた。『乗ろう! 只見線』と記され、多くの方々に乗っていただかなければ只見線の未来はない、と改めて思った。
駅舎を抜けてホームに向かうと、「風っこ」号の手前の引き込み線にレール運搬車両が停車していた。
只見線は赤字路線だが、路線の保守は定期的に粛々と行われる。今回は乗り入れなかったが、「上下分離方式」で福島県が鉄道施設を保有する区間(会津川口~只見間の27.6km)も同様で、保守費用は県費を中心とする税金で賄われる。“Myレール”として、県民が列車に乗って下車して沿線におカネを落とし、“一本につながっている”只見線を守ってゆかなければ、と改めて思った。*下掲出処:福島県 只見線管理事務所「公共工事等契約結果の公表」会津蒲生外1駅待合室緊急復旧工事(令和5年10月4日) URL: https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/608934.pdf
ホームに上り、復路で正真正銘の「只見線ナイトトレイン」となる「風っこ」号を眺めた。1987(昭和62)年に製造されたキハ48形を改造して2000(平成12)年に「風っこ」号としてデビューしたが、耐用年数から“まもなく引退するのでは?”との噂が立っている。
列車に乗り込むが、復路は指定座席が変わり、1号車の窓際だった。往路と違った風景を楽しんでもらおうとする旅行会社の気の利いたサービスだと思った。
そして、しばらくすると旅行会社のスタッフが、廊下に電球色のライトが収められた円筒のランプシェードを配置した。車内の照明を落として走るため、足元を照らす必要があるのだろうが、“ナイトトレイン”の雰囲気が出て良いと思った。
車内では、「かぼまるしぇ」の渡部麹屋で購入した味噌田楽を食べた。濃く深い味の田舎味噌が、コンニャクにしっかりとしみ込み、旨かった。
指定座席を確認しながら席に着く客が増え始めると、ホームの前方に「かぼまる」と「ぽぽべぇ」をはじめ、会津川口駅を管轄する会津坂下駅の駅長など、列車を見送る方々が集まってきた。
17:40、多くの方々に見送られ、「只見線ナイトトレイン」が会津川口を出発。
まもなく、列車が上井草橋を潜り抜けると、前方に只見川に突き出た大志集落が見えた。只見川の水鏡は冴え、周囲を景色を対称に映し込んでいた。*只見川は東北電力㈱上田発電所・ダムのダム湖
会津中川を通過する頃に、加藤商店で手に入れたビールを呑んだ。冷えて、旨かった。
上田発電所の脇を通り過ぎると、国道252号線の線形改良工事で、電柱・電線地中化が行われた区間を通過した。短いが、見晴らしが良く、窓を外した列車からだと、その効果をより強く感じた。
国道252号線を潜り抜けた列車は、会津水沼手前で少し速度を落としながら「第四只見川橋梁」を渡った。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス「歴史的鋼橋検索」
下路式トラスの鋼材の間から上流側を見ると、上田ダムに近いということで、水流が見えていた。
早戸手前で金山町から三島町に入った列車は、「第三只見川橋梁」を渡った。只見川の水鏡は冴え、両右岸の木々の繁みや空模様をくっきりと映し込んでいた。ここでも列車はスピードを落とす“観光徐行”をしてくれた。*只見川は東北電力㈱宮下発電所の調整池・宮下ダムのダム湖
渡河後まもなく、列車は只見川の縁を駆けた。前方には宮下ダムの洪水吐ゲートが見え、ダム湖には周りの風景が映り込んでいた。
会津宮下に停車すると、小出行きの最終列車(会津若松17時発、小出21時26分着)と交換を行った。2両編成の車内は思いのほか多くの客が居た。日が長いこの時期は、最終列車といえども車窓から景色が見える時間が長いので、客は多いのだろうと思った。
会津宮下を出た列車は、会津西方手前で“観光徐行”をしながら「第二只見川橋梁」を渡った。上流側には「三坂山」(831.9m、会津百名山82座)の稜線が見え、眼下の只見川の水鏡は冴えて複雑な空模様を映していた。*只見川は東北電力㈱柳津発電所・柳津ダムのダム湖
この「三坂山」の北東に広がる美坂高原では、今日「ミサカノヨゾラ」というイベントが開催されている。“名物”の星空は期待できない空模様で残念だったが、雨は降らなそうで何よりだったと思った。
美坂高原は市街地や集落から離れているため光量が少なく、三島町は『高原の「暗さ」を強みとし、星空を観光資源として活用する取り組みを本格化させる』と昨夏に報じられた。「ダークスカイ・インターナショナル」による「星空保護区」への登録を目指し、作業を進めるという。*出処・下掲記事:福島民報 2023年7月21日付け紙面
私は2022年10月1日に、美坂高原の星空を見た事がある。確かに周囲は暗く、星空がよく見えた。
美坂高原は、最寄りは会津宮下駅と会津西方駅で距離は6kmほど離れているが、“星空の聖地”として滞在施設が整備されれば大きな観光資源になるだろうと思った。
この「第二」橋梁では、車内の客が車窓に目を向け、立ち上がるなどしてカメラやスマホのシャッターを切っていた。
会津桧原を出た列車が名入トンネルを抜けると、只見線内の橋で最も有名な「第一只見川橋梁」を渡った。
ここでは、他橋梁よりスピードを落として“観光徐行”が行われたので、両車窓の風景をよく見る事ができた。下流側の只見川の水鏡は、一部乱れていたが、まずまずの冴え具合だった。
上流側は、駒啼瀬の狭隘な渓谷で薄暗く、水鏡はかえって冴えていた。
そして、右岸上方の送電鉄塔の「第一只見川橋梁ビューポイント」にカメラのズームを合わせると、最上部のDポイントとその下のCポイントには、数名の姿が見え、それぞれカメラを構えているようだった。
郷戸を経てまもなく、列車は“Myビューっポイント”を通過した。「飯谷山」(783m、同86座)は雲に隠れる事なく、良く見えていた。
橋梁区間を終えて、写真撮影もひと段落したので、往路に引き続いて花春酒造㈱の「神指-夢の香 純米吟醸 火入れず-」を呑むことにした。
アテは、会津若松市内の「日々餡」で購入した「七福おはぎ」。あんこと日本酒は合うと聞いたことがあるので、試してみた。
こしあん、つぶあん、きなこ、ごま、ずんだ、さくら、そしてカボチャの「七福おはぎ」は並びが絶妙で華やかさを感じ、とてもおはぎとは思えなった。
つぶあんから食べ始め、「神指」を呑みながら、順番に食べていった。あんの甘さと純米吟醸酒の芳醇な香りとまろやかさが違和感なく味わえ、のど越しは爽やかだった。驚きの食感で、特につぶあんとずんだは、別格だった。また機会があれば、この日本酒とあんこのマリアージュを試してみたいと思った。
会津柳津に停車すると、多くの方々の出迎えを受けた。
会津坂下町に入り、貨車駅舎(待合室)に「キハちゃん」が描かれた会津坂本を通過。*参考:会津坂下町「只見線応援キャラクター誕生!!」(2015年3月13日) URL: https://www.town.aizubange.fukushima.jp/soshiki/2/3337.html / YouTube「キハちゃんねる」URL: https://www.youtube.com/channel/UChBGESkzNzqsYXqjMQmsgbg
列車が奥会津と会津平野を隔てる七折峠に入ると、『これより車内の照明を消して走行します』との車内放送が流れた。ようやく、「風っこ」号が「只見線ナイトトレイン」になった。
まだ、日暮れてはいないため、照明を落とした直後は車内は明るかったが、周囲を木々に覆われた七折峠に入ると、「ナイトトレイン」らしい雰囲気が出てきた。
塔寺を通過すると、木々の間から会津平野の様子が見られた。
“七折越え”を終えると、前方には会津平野の田園が広がり、その先には「磐梯山」(1,816.2m、同18座)がうっすらと見えた。
市街地駅となる会津坂下の手前で室内灯が付けられたが、出発し右に大きく曲がり田園の間を南進すると、再び車内灯が落とされ「ナイトトレイン」となった。
若宮を通過し、両側の田園の先には、会津を代表する山々も見られた。
右には、西部山地の南端に会津総鎮守・伊佐須美神社の最終山岳遷座地「明神ヶ岳」(1,074m、同61座)の稜線が浮かんでいた。
左の車窓からは、「磐梯山」が先ほどより大きく見えた。
日は徐々に暮れ、通路に置かれたランプシェードと、左右のテーブルに交互に置かれたミニライトに灯された車内は、良い雰囲気になった。
会津美里町に入り、新鶴、根岸を通過し、“高田 大カーブ”に差し掛かる手前で、車内灯は点き、“ナイトトレイン”は終了となった。
今回の「只見線ナイトトレイン」は、会津坂下駅前後で一時照明を点灯したものの、会津坂本~会津高田間の18.4km、約30分の走行が“ナイトトレイン”だった。
「只見線ナイトトレイン」は面白い企画列車だったが、今回は日暮れ前に室内灯を落とし走行したということで物足りなさを感じたのも事実だった。「鉄旅オブザイヤー」で表彰された9月や、第1回開催の5月ならば日暮れは早く、外の闇が深くなり“ナイトトレイン”の名に違わず、より多くの満足を得られるのではないかと思った。
また、これは「風っこ」号の運行にも共通するのだが、窓枠を外した走行の場合、一部区間でもよいのでスピードを落とした運行が必要ではないかとも感じた。狭隘部を走行時など風圧がかなり強く、ゆったりと景色を眺めるどころではなく、テーブルに置いたものが飛ばされることもあり、旅気分までも吹き飛んでしまう懸念がある。只見線の列車本数は少なく、低速運転を実施した場合のダイヤ設定は可能だと思った。
車内灯を点けた列車は東進し、会津高田、直前で会津若松市入りし会津本郷と通過した。外は、一気に暗くなり『この雰囲気が“ナイトトレイン”だ』と思ってしまった。
列車が、下り列車との交換のため西若松に停車すると、ツアーの添乗スタッフが小さな紙片の案内を配った。今年4月にデビューした観光列車「SATONO」号が只見線に乗り入れるツアーの案内だった。*参考:東日本旅客鉄道㈱ のってたのしい列車「SATONO(さとの)」
*下掲出処:JR東日本びゅうツーリズム&セールス「日本の旅、鉄道の旅」 URL: https://www.jrview-travel.com/reserve/travelItem/detail?courseNo=24H2566
19:55、西若松出発後、七日町を通過した列車は終点の会津若松の3番線ホームに到着。トロッコ列車「風っこ」号による「只見線ナイトトレイン」ツアーが終わった。
ホームに降りた客は、半数ほどが磐越西線の郡山行きの列車に乗り換えていた。私は、一旦改札を抜けて、駅前駐輪場に停めておいた自転車をピックアップしたのち、その列車の乗り込んだ。
磐越西線の列車は、無事に郡山に到着。「只見線ナイトトレイン」の東京発着コースのツアー客は、ここで新幹線・やまびこ68号に乗り換える。大宮22時55分着、東京23時20分着ということで、かなりの“弾丸ツアー”になっている。
過去3回の「只見線ナイトトレイン」ツアーには、東京発着の日帰りコースは設定されていなかった。今回は客の要望があったのか、試験的に設定されたのかは不明だが、東京発着のコースには宿泊を組み込むことが良いのではと感じた。
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・東日本旅客鉄道株式会社:「只見線について」(PDF)(2013年5月22日)/「只見線(会津川口~只見間)の鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」の締結について(PDF)(2017年6月19日)
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、宜しくお願い申し上げます。