「クリスマスと聖書」④「羊飼いの礼拝」
マリアとヨセフはナザレに住んでいたが、イエスが生まれたのはナザレではない。ベツレヘムだ(ナザレからベツレヘムまでは約120km)。それは、そのころ皇帝アウグストゥス(ローマ帝国の初代皇帝【在位:紀元前27年~紀元14年】)から住民登録の勅令が出たため、人々は「自分の町」(ヨセフはダビデの子孫であったため、「自分の町」はダビデの町ベツレヘム)で登録する必要があったからである。身ごもっていたマリアは、ベツレヘムにいるうちに月が満ちてイエスを産み、「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(「ルカによる福音書」2章7節)
このイエスを最初に拝みに来たのはどんな人物だったか?羊飼いたちである。では彼らはどうやってイエスの誕生を知ったのか?それは、野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていたとき天使が現れ、こう告げたからである。
「わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。」(「ルカによる福音書」2章10節~12節)
それを聞いた羊飼いたちはどうしたか?すぐに天使の言葉を信じたのか?信じたのだ。そしてイエスのもとへ急いで出かけ「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子」を探し当て、その幼子について天使が話したことを人々に知らせた。
神はなぜ、イエス誕生について羊飼いたちに最初に知らせたのか?マリアが神の子の胎に選ばれたのと同じ理由だろう。その羊飼いたちが神の言葉を信じる、信仰篤い人々だったからだろう。聖書は短い文だがこう記している(「ルカによる福音書」2章20節)。
「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」
ところでイエスはいつ生まれたのか?西暦は、イエスの誕生をもとにしているから、紀元1年と考えられそうだがそうではない。「マタイによる福音書」2章1節にこうある。
「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。」
このヘロデ王、。亡くなったのが紀元前4年。とすると、イエスの生誕は紀元前4年より後ということはありえない。また、12月25日の誕生日も違う。野宿しながら、夜通し羊の群れの番をしていた羊飼いに天使が現れて、彼らはイエスの誕生を知ったのだが、当時も羊飼いたちは寒い冬の時期は羊の群れを屋根の下で過ごさせていたという。したがって、12月25日はありえない。おそらく秋だったろう。まあ、イエス生誕が何年何月何日かということを正確に知ることはできないだろうし、教義上重要な問題でもないだろう。いずれにせよ、地球上で太陽の力が最も弱まり再び強くなる冬至の時期をイエスの生誕日に選んだのは、イエスをメシア(救世主)とするイメージにはぴったりだとは思うが。
(ヘラルト・ファン・ホントホルスト「羊飼いの礼拝」ポンメルン州立美術館)
(マティアス・ストーメル「羊飼いの礼拝」ノース・カロライナ美術館)
(ムーリリョ「羊飼いの礼拝」プラド美術館)
(ジョルジュ・ドゥ・ラ・トゥール「羊飼いの礼拝」ルーヴル美術館)
(ピエロ・デッラ・フランチェスカ「出産の聖母」マドンナ・デル・パルト美術館 トスカーナ州 モンテルキ) 妊婦姿のマリアを描いた作品は珍しい
(ピーテル・ブリューゲル「ベツレヘムの人口調査」ベルギー王立美術館)
画面下に、ロバに乗ったマリアが描かれている
(ジェームス・ティソ「ベツレヘムで宿を探すヨセフ」ブルックリン美術館)