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potsura.

やりたいこととシガラミ

2014.11.16 23:54

デザフェスギャラリーへの搬出をしに今電車に乗るところである。


つまり今日は展示。


今回の展示はあまり、人を呼びたくなかった。わたしの展示に対するパトスも低い為だ。

もう一つの理由は、

「自分は何をやりたいのか?」

「向いているのか?」

という考えを脳内で進めていく内に、やりたいことが割と明確になってしまい、それと今回の展示が比例していない為である。


今回の展示は絵・洋服・雑貨なのだが、わたしのやりたいことは、

《詩をアートして生かすこと》だった。


映像にする、写真と詩の本を作る、詩にメロディーをつける、それに伴う映像および舞台のコンディションだったりする。そんなことだった。


なぜ今になって判明したかといえば、

思えば小学6年生位から椎名林檎を聴きだし、歌詞の可能性を知り、それからちょくちょく詩を書きはじめていた。

それは今も同じで、何か嬉しいことや儚さを感じた瞬間、または辛いことがあると、こっそり詩の世界へ身を潜めたりしていた。


絵の方のアーティストになるという固定概念がいままで親や友人や、もちろんわたしにあったから、ずっと絵を描いていた。

というか、描いていたふりをしていた。

…のだと思う。


小さい頃からわたしが絵を描いているというだけで、才能があるかのように周りがちやほやするし、絵の道具を買い与えてくれる。その固定概念からによる期待に応えたいが為に、絵を描いていた。だけど何故かしっくりこないし、そこまで絵を描きたいっていう情熱もなかった。

だけど、わたしにはそれしかなかった。わからなかった。

ピアノもバレエもそろばんもギターもすべてすぐに飽きた。

それしかできそうになかったからやって来てただけで、絵の他になにか可能性はないだろうかと見つける為に、専門学校へ入学するに至った。


そこで救いだったのが、アートを学べる学科であることだった。


とにかく、そんな風に自分のやりたい事が判明した今、絵を描くのも割と嫌になって来た所であるし、こんなに中途半端な展示もほんとうはしたくなかった。わたしの意に反するが、もうお金は払ってしまったし、辞退するのもやはり意に反する。


なにか得るものはあるだろうと、最後の気力を振り絞って足を一歩踏み入れた所だ。