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小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 9

2024.06.30 03:00

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 9

「安斎君か」

 ドイツビールのイベントと、その後ろの舞台では地下アイドルのコンサートをコラボして行ていたために、日比谷公園は非常に多くの人にあふれていた。ましてや、ちょうど秋の風が吹いて外に出るのにも気持ちのよい季節である。そのような気候の後押しもあって、非常に多くの人でにぎわっている。ビールフェスなので、皆手に手にビールをもち、そしてもう一方の手でつまみになるフランクフルトなどをもっていた。

「殿下もビールですか」

 安斎武は、東御堂信仁の隣にいる荒川に、簡単に目で会釈をしたのちに、荒川御横をすり抜けて、東御堂の後ろに背中合わせで座った。ちょうど、サマービーチの海の家のように、いくつかのテーブルが並べられ、何人かが座れるように長椅子が点けられていた。円形のテーブルにしなかったのは、円形にしてしまうと一つのテーブルに一つのグループしか座れないが、長テーブルに長椅子というようにした場合は、少し離れて座れば、いくつかのグループが使うことができる。イベント主催者はそのようなことを考えて長椅子と長テーブルを並べたのであろう。そのことが幸いして、同じグループではないようにしながら、安斎と東御堂は会話をすることができた。

「普段はあまり飲まないのだがな」

「そうですね。殿下がビールを飲む姿は、あまり見かけないです」

「君とそんなに飲んだことはなかったと記憶しているが」

「そうでしたでしょうか。」

 安斎は、東御堂に背中を向けたまま静かに話をした。

 人が多いということは、その人々はみな自分の仲間と一緒に来ていて、そちらの会話に忙しいということを意味している。つまり、東御堂と安斎の会話などは全く気にしていないということなのである。このような環境の中では、一緒のグループとして話をしていてもよいのかもしれないが、しかし、東御堂も荒川も、そして安斎も、用心することを常としている人物であるだけに、このような場合でもお互いが親しいということを全く出さないようにしていた

「ところで、依頼がある」

「依頼ですか」

「正確に言えば、陛下からだ」

 東御堂は、自分でも気が付かないうちに軽く頭を下げていた。皇族の人々にとっては、陛下という言葉を言うときに敬う仕草、それが必ずしも軽く頭を下げるだけではないが、そのような行動をとることは自然なものであった。

「国がらみですな」

「ああ、既に荒川君から聞いていると思うが」

「はい、情報の提供もしています」

「それを止める」

 東御堂は、ビールを飲みながら言った。このようなときは決意をしっかりと伝えるような口調になるというイメージはあるが、東御堂は、陛下の命令であるから当然のことであるというような感覚でモノを言った。

「要するに、中国が『死の双子』を日本でばら撒けないようにするということですね」

「そうだ」

「手段は」

「特に手段は選ばない」

「既に日本にあるものは」

「それも廃棄する」

「わかりました。なんとかかんがてえ見ましょう」

 安斎、少し困惑したように言った。異常なのどの渇きは、ビールがすでにすく悪なっていることを見てもわかるとおりだ。普段の依頼ならば、このように言われたときにはだいたいの解法が見えている。しかし、今回はその内容が全くわからないということなのだ。

「考えるのではだめだ。確実に実行してほしい」

「殿下は、相変わらず・・・」

「やらなければ日本が滅びる」

 東御堂は、他になるべき聞こえないように、それでも最も威厳のこもった言葉でその様に命じた。

「後は、荒川君と連絡するように」

「承知」

 安斎は、すぐに席を立つと、ゴミ箱に今まで飲んでいたプラスチックカップを捨てて、そのうえで新たなビールの為に、今度はベルギービールの列に並んだ。

 少し考えてみれば当たり前のことだが、東御堂い言われるまでもなく、例えばここに「死の双子」が有ったらどのようになるのか。例えば、このビールのタンク一つに、またはウインナーにウイルスが混ざっていた場合、ここにいる人が見な次々と血を吐いて倒れてゆくことになる。

 安斎にはそのような地獄絵図が、一瞬見えた気がした。列に並びながら慌てて首を振り、その地獄絵図を頭から振り払おうとした。幸い、ビールフェスであるために、少し酔ってしまって、頭を振ったり、何か不可解な行動をとる人は少なくない。しかし、一方でこれだけ人がいれば、この中に中国人が入っている可能性もあり、その中国人が大使館の命令を受けてウイルスをばらまく機会をうかがっているかもしれないのだ。

 ふと、元居た場所を見ると、既に東御堂と荒川はいなくなっている。もう魁皇を後にしたのか、あるいは、自分と同じようにビールやつまみを買いに行ったのであろうか。いずれにせよ、要件が終わったのであるから、それほど長くこのような場にいるはずがない。そもそも東御堂はビールがあまり好きではないのであるから、ビールフェスの会場を選んだこと自体がおかしな話なのである。

「まあ、いいか」

 ベルギービールを手にして、安斎はもう少し会場で様子を見ていた。

「あれは」

 安斎は、ビールフェスの中に大沢三郎がいるのを見つけた。普段はスーツ姿で威厳に満ちた動きなので、このような場所で一般の人にまぎれて私腹を着ている姿を見ても「まさか」と思って大沢であるとはなかなか認識できない。それも、普段はなかなか笑顔などを見ないので、このような場所で笑顔を見せていると、とても同一人物には見えないのである。

「一緒にいるのは」

 一緒にいるのは若い女である。大沢は女好きなので、若い女が一緒ならば笑顔でいるのもうなずけないではないが・・・

「山崎瞳、ということは大津や松原も近くにいるのか」

 大沢と一緒にビールを持って歩いているのは、京都の事件の黒幕である山崎瞳である。関西の極左暴力集団の首魁、大津伊佐治の娘である。

「まさかここでテロを起こすようなことはないよな」

 安斎は、遠くから二人の行動を見守った。長椅子や長テーブルとは別に、日比谷公園には噴水やベンチがもともとある。そのベンチに座っていれば、全く目立つことはない。多分、自分の目の前を二人が通っても、お互いが気が付かないこともあるだろう。「木は森に隠せ」という言葉があるが、人は人ごみに紛れてしまうとわからないものなのである。

「しかし、山崎がわざわざ東京に来ているのか」

 安斎は、二人を見守った。