Pianist由美子UNO が綴るショパンの情景

私の教科書とショパン

2018.12.18 16:01

私は○○○といつまでも言われる。皆と話が合わない。

だからうわべだけの友達が出来ても友情がない。

転校生の私は「よそもの」と呼ばれるときもある。

皆は小さなときから気心が知れた仲間で共通の思い出話を

いつもしている。

そこへ私の別の話をしても受け入れてはくれない。だから黙っているしかないのだ。

それは、国語の授業があった日のことだ。私の発音は標準語である。

しかし、それが違うと国語の朗読の時、何度も何度も繰り返しクラスの全員で声をそろえて

はやし立てられた。それをB先生は止めさせるどころか、生徒達と一緒になってしつこく私を責めた。

私は同じ単語を何回も何回も言うよう強要された。私は起立したまま両手に持つ国語の教科書にとうとう涙が落ちた。

すると、もういいだろうという空気が漂い、終業のチャイムが鳴り授業は終わった。

その後、学年も変わり先生が変わったが、私は国語の授業で無視されている。

A先生のお気に入りの生徒の朗読で授業は進められる。

私は、A先生のお気に入りの生徒の朗読を聞くのが苦痛だった。

私には間違って聞こえるからである。

今日も楽しいことはなかったな。そういうときは、

早く帰ってムジ(愛犬)の頭を撫でてあげよう。

ムジは私の友達だ。

ムジは賢くて私の気持ちを知っているのだ。

どこかへ行ってしまいたいなと毎日思っていた。

私にはピアノがある。

演奏しているときは音楽の景色や物語の中を歩いている。それを外へ向かって表現できる。

その瞬間のために私は生きる。

ショパンの音楽も孤独の中から生まれたのだから。