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つかたむのimakoko🌝ロシア🇷🇺

標準化への道?!涙😂

2018.12.19 00:57


今まで、彼女にとっての「音楽」は

身体を使って、音を楽しみ、

それを自分の好きな表現で踊ることだった


それがいつのまにか

音楽とは、

「椅子に座って聞くもの」

に変わっていた。


日頃のデイケアでの様子が写真や動画で見れるんですが 、その動画でこのことに気づいて、なんだかちとショックw


いや、もちろん普通にプラスに捉えれば、「他の子と同様に、やっとお行儀よく座れるようになったね♫」

的感想な訳で。

※あくまで先生がたはそれを目標にやっているのだから、あちらさんには何の非もありません。これはあくまでも私側の問題/気づきですw


彼女以外の社会(ここで言うデイケア)に属するということは、そこで他の人々と“共に”生活していく上での“ルール”や、いわゆる“協調性”などを学んでいくということ。

これは社会に属する人として、学んでいくものだし、いわゆる「学校」は、その個人を社会に出すに当たって、様々なトレーニングが積まれる場所でもあるとおもう。


だから、良いこと。

良いことなはずなんだけど、、、

同時にこうやって、人はある意味

“とんがった”部分が

“標準化/平均化”されていくのだなと。。。


いや、こういうところに送り出した以上覚悟しとくべきことなんだし、例えもしモンテッソーリ系行ってたらまた違うのかもだけども遅かれ早かれこのようなことは経験することだし。

そうんなんだけど、

そうなんだけど、、、、


なんだか考えさせられました。🧐うーん



楽器一つひとつの音に

「うわぁ♫」と

驚きを持って興味を示し、

興味があるから身を乗り出してそれをまじかで見ようとし、

知ろうとする。


それがいつのまにか

「お利口さんに椅子にちょこんと座る」に。


ひとつの出来事に対するリアクションが変わっただけ。

しかも、まぁじゃあそのオリジナルの行動形態/様式を彼女に教えたのは(見せたのは)だれかというと、近くにいる私になっちゃうんですけどw

そう考えると、純粋に120%彼女からのものじゃなんでしょうけどww

でもやっぱ、私が行う行動で彼女が取り入れる部分と取り入れない部分があって、

それがまた彼女の「個」を作り出していくひとつの要素となっているということは、やっぱその行動様式は彼女のものなんだとも。

いやしかし、でもそうすると、じゃあ今回変わっちゃった部分は、結局彼女にとってそれが取り入れ可能な部分であったわけで、とするとそれがもう彼女の個の一部なんだとも。


とかなんとかごちゃごちゃ考えちゃいますけど笑笑

お話戻しまして、

とりあえず言えることは、


社会性を身につけてほしいと思い子をこういう場に送ると言っていた自分の言葉のもたらす意味を、そして彼女への影響を深く考えれていなかったなというのが一点。

(こういう課題は後で直面するんでしょーけど、でもまさかこんな入って数ヶ月ですぐ考えさせられることになるとはー😅小学校とかの話だと思ってた。。)


そして、

何回も同じことを繰り返していくうちに、

「周りを見て」周囲の動きに基づいて

彼女が判断して、座った。

彼女が判断して、「びっくり音を出さず、ダンスをせず、鑑賞」した。

自分が今までやっていたことを、

他の子がやってないから、

彼女なりに“違う”“よくない”って思ったのかもしれない。

どう考えて、そういう決断に至ったのかはわからないけど、

今後彼女が人々と共に生活していくにつれ(社会)、“恐れ”が決断軸になるのでは無く、

周囲の方に対する配慮(愛)によってその行動を選択できてほしいな♫

というのが二点目。


さらに、

今後、周りの人と合わせて生活することも身につけてほしいけど、それと同様に、(いや、それ以上に?)、良い意味での“彼女らしさ”を持ちつつ素敵な大人になってほしいと思った!

というのが三点目です。



以上、本日の気づきでした(o^^o)