第2話 静かな侵略
「記憶はあるのか。まあいいや。話せばわかるか」
目覚めた中で最後まで起きていた男が最初に話すには適任だと思って話しかける。
「なあ、お前は俺をどう思っている」
「どう、か……」
その男は自嘲気味に笑うと、正直に答えた。
「怖いと思っているよ。尊敬や信仰っていう物は俺には無い。神にも親にも見放された俺には信じられるものは俺しかない。仲間だって最後は利用する道具程度のつもりだった。だけどよ」
そいつは狼のような鋭い目で俺を見てこう言った。
「信じられないんだよ。お前がいる限り、俺の絶対の勝利が、揺るがない確証が得られない。だからお前が俺は怖い」
「ふふ、良いな。決めた。お前は絶対に俺の手駒として強くしてやる」
俺はそう言って、他の奴らをもう一度見まわす。
「他の奴らも同じだ。出来る限り俺に尽くせば、俺の出来る範囲で皆の願いを叶えられるようにしてやる。俺が叶えるんじゃない。お前達が自分で叶えるんだ。どんな弱者にも、その機会が、力がある」
安っぽい言葉だな。そう思った。そもそも俺だって大した実力は無いどころか、何者かに力を与えられるのを邪魔されていたみたいなのに。
それでも。
「うをおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ああ!」
「主よ」
そう言って何人もの攫われた少女が、盗賊の雑魚たちが俺を囲って雄たけびと歓声を上げる。
「よし、まずは準備を始めよう」
それから俺は「神に与えられるはずの能力」を分け与えた。
「凄い。女の私が狩猟で来ている。集落のオス共はこの程度でいきっていたのか」
「やったぞ! また鹿を捕まえたぞ!」
ゴブリン娘と狼娘の奴隷には狩猟の力を与えた。と言っても、あくまでも今の俺自身の力も弱いようで、精々与えられるのは与えられても弱い権能として、適度に小さな村なら重宝される程度の権能である。
しかし、与えられたのは奴隷の少女たちである。
能力に目覚めることが無かったからこそ、惨めな思いを受けるしか道の無かった少女たち。そんな奴隷の少女たちにとってそれは麻薬のように侵食する新たな光である。
「私も見つけたんだ! 大きいんだ!」
「太陽の方よりちょっと右です」
空を飛ぶ能力を与えられた鳥少女によって、道案内の能力によって迷うことなく得物を探せる兎少女は既に最強の戦力に数えられていた。
「お帰り! 無事だったのね!」
「ごめんなさい、私。助けることが出来なくて」
「良いの。あなたが助かっただけでも……」
僧侶の少女は村にある教会に向かった。
「要するに、盗賊の塒から移動しようとするすきを見て二人だけで逃亡。もう既にあそこには誰もいないと」
「はい。冒険者なのに……こんな失態……」
「ギルドとしてはあまりいたくないが、クエスト失敗と貸し出し装備の紛失。すまないがペナルティは付くよ」
「はい」
冒険者の少女はギルドに説明に向かっていた。
奴隷の内の二人、正確には冒険者として働いていた二人は巡礼途中のトラブルとクエストの失敗を経験しながらも村に帰って来た。
そんな偽のストーリーをカモフラージュに村に偵察に来ていた。
「成功だね」
「誰もスパイだなんて疑っていないね」
盗賊に捕まれば普通はそのまま奴隷になって見ず知らずの場所でひどい扱いを受ける。それが普通だから、彼女達もそうなるはずだった。だから、まさか盗賊どころかそれよりも上の立場の男の指示で村の調査に来ているだなんて誰も思わなかった。
「でも、本当にあの方がいなくなっていても村は変わらないんだね」
「良いのです。信じる者が最初は少なくても。まずはあの方がそう言うなら信じましょう」
そう言って、二人は村の中で工作活動を始めるのである。
冒険の能力を与えられた少女と信徒の能力を与えられた少女の二人が。
「お前ら! 何をしていやがる!」
「催眠の能力。あらら。気持ちよさそうね」
奴隷の少女、その中のきのこ人間と呼ばれる少女の力は幻覚を見せる方に強くなった。その結果どうなるのか。
「男と女が盗賊の塒でやる事。それはもう決まっているでしょう」
「お前ら! 絶対に殺してやる! ギルドに言えばお前らなんか!」
一緒に同行していた女の冒険者が盗賊たちの慰み者になるのを、男は怒りと涙によって見つめる事しか出来なかった。
「ふふ、無様ね」
「あなたも次はああなるのに」
「! どういう意味だ」
「じゃあ、新しい扉」
「あ、開けましょう……楽しい事、しようね」
「その子たちは雪女と淫魔だよ。二人とも娼婦の能力に目覚めた二人だから、搾り取られるともう忘れられなくなるよ」
「や……止めろ!」
「!」
何か、嫌な夢を見ていた気がする。突然何者かに頭を殴られて……。
「! お金がない!」
「あれ! 私」
「リサ! 無事か!」
「う、うん。私」
「とりあえずクエストを終えよう。お金も無くなっているし、何か嫌な予感がする」
「え! お金ないの! どうして」
二人はそれから急いでクエストを終えて村に帰るのだった。何が起きたのかを忘れたまま。
「能力って言うのは強いですね。俺如きでもこうして冒険者を一人で攫ってこいつらを楽しませてやれる」
「洞窟生活でこれからあまり表に出られなくなる。表に出られるようになるまでは何とかしないとな」
「でも、戦力としては既に申し分ないですよ」
剣の能力、槍の能力、斧の能力、弓の能力、そして拳の能力。それぞれが違う力に目覚めた盗賊が全員それぞれ近くを通った冒険者から金品を盗んでいた。流石に防具などは足が付くとやばいため、お金だけにするようにしている。
それでも、俺の力で「記憶を消す」ことが可能なので(やってみて出来ると知った)先ずは発散をさせてからではあるのだが。
「お待たせ」
「料理道具やその他消耗品買ってきましたよ」
「狩りも大成功だぞ」
「こんな大きな猪どうするんだよ」
「頑張ったのだ」
「です」
街にスパイに行っていた奴らも、近場で狩猟していた奴らも大成功のようである。
「解体は冒険者のお前が出来るな」
「はい」
「じゃあまずは」
「あなたへのご奉仕。じゃないかしら」
そのきのこ娘の言葉に、女どもの視線が一斉に集まる。
「はは、人気者だな。じゃあ俺達はどこかに行っているから。また明日な」
「あ、おい」
それから俺は、九人も相手にすることになったのである。