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一般社団法人 江戸町人文化芸術研究所

vol.67「江戸の夏」について

2024.08.09 21:53


いや〜暑い。まさに夏、真っ盛りであります。今回のテーマは江戸の「夏」ということで、この暑い季節を江戸っ子たちはどう乗り切っていたのか、まとめておきます。ネタが豊富なのでテンポ良くチャッチャカいきまっせー。



⚫︎ 打ち水

戦国から安土桃山時代を経て成立した「茶の湯」では、礼儀作法としての打ち水が行われます。江戸時代には「打ち水」が俳句に詠まれたり、浮世絵に描かれており、涼の手段として一般的であったと考えられます。打ち水の目的には、夏の暑さを和らげることに加えて、道の土埃をしずめる、客を招く時に玄関先や道に水を撒くことで心地よく迎える、お清めの意味、などがあったようです。


⚫︎ 簾(すだれ)葦簀(よしず)

すだれとよしずの違いは「素材の向き」と「使う場所」と「設置方法」です。すだれは、素材がヨコ向き・屋内や軒下で吊るして使います。よしずは、素材がタテ向き・屋外や軒先で立てかけて使います。下の画像では、左側がすだれ、右側がよしずです。

すだれは漢字で「簾」と書きます。昔は、「御簾(みす・ぎょれん)」と呼ばれ、細く綺麗に整えた竹を使って作られていたようです。貴族など高貴な人の邸宅の、部屋の間仕切り・目隠しとして使われる「吊るしの建具」だったそうで、確かに歴史の本の挿絵などで見たことがありますね。元々は屋内用の間仕切り・目隠しだったわけですが、手頃な価格なので毎年買い替えてもいいということで、屋外に近い位置で日よけとして使われるようになりました。

よしずは、すだれよりもサイズが大きいのが特徴です。葦は、全長2m以上にまで育つイネ科の植物なので大きいものはかなりの太さに育ちます。太いのでタテに使っても中折れしにくく、自立します。また、太いだけに耐久性もありますから、屋外に置く日よけとして使われるようになりました。


⚫︎ 蚊帳(かや)

江戸下町の庶民の住まいといえば長屋である。典型的な長屋の間取りは、入口を開けると土間で、奥に三畳、あるいは四畳半の部屋が1室あるだけ。部屋はたいがい裏庭に面している。こうした単純な造りの住まいだから、表戸と裏窓を開けておくだけで風通しがよく、けっこう涼しかった。直射日光はすだれやよしずで防いだ。暑い夜は一晩中でも開け放っているから、蚊に悩まされる。そこで蚊帳を吊って蚊の侵入を防いだり、蚊遣(かやり)といってカヤノキや杉、ヨモギなどの青葉を焚くことで蚊を追い払った。


⚫︎ 浴衣

現代でも夏ファッションの定番として人気の高い浴衣。浴衣は平安時代の「湯帷子(ゆかたびら)」が原型といわれ、儀式などで沐浴する際に着用しました。

木綿と入浴習慣が普及した江戸時代になると、浴衣は風呂上りのあとに羽織るバスローブのような使い方がされるようになり、さらに、銭湯(湯屋)の帰りや夕涼み、家でくつろぐ際にも着られるようになっていきました。ただし、あくまで浴衣の位置づけは「リラックスウェア」。近所や夏祭りなど“くだけた”場所はぎりぎりセーフでしたが、昼間に浴衣で町中を歩き回るのはNGだったようです。サラリとした肌触りで吸水性も高い木綿の浴衣は、夏を涼しく過ごすための必須アイテムでした。


⚫︎ 行水

由来は仏教用語。日本では神仏に祈ったり、神事・仏事を行う際に身を洗い清めることを言った。単に手を洗い、口をすすぐのみでも行水と称されることもあった。本来は体を清潔にするための行為であるが、同時に夏などに暑さをしのぎ涼を取るためにも行われたため、夏の季語になっている。江戸時代は火事を恐れていたため一般の家庭にはお風呂がなく『行水』が盛んに行われた。


⚫︎ 団扇(うちわ)

団扇の歴史は古く、古墳時代には中国から日本に伝来。当時は「翳(さしば・さしは)」といって涼をとるために「あおぐ」というより威厳を正すため貴人の顔を隠す、虫を追い払うというものだったそうです。室町時代に入ると竹と和紙を使って作られ、飛躍的に送風力が上がりました。江戸時代には庶民にも広まり、扇いで暑さをしのいだり、虫を捕まえたり、炊事の火起しなど日常の道具として身近なアイテムになります。

また、浮世絵や俳諧、和歌、漢詩などを印刷したものが作られ、芸術品として飾るという使い方も。芸術性の高さから観賞用にもなった「団扇絵」は歌川広重歌川国芳歌川豊国らといった超一流絵師が手がけました。


⚫︎ 手回し団扇

団扇を数枚使った「手回し団扇」。大奥や裕福な商人など一部の人々が使用していたそうです。


⚫︎ 金魚売り

江戸の町は「物売りの町」と呼ばれるほど、道を渡り歩いて物を売る行商人(振り売り)の数が大変多く、その業種も多種多様。桶を担いで金魚を売る「金魚売り」もそのひとつ。夏が近づいた江戸の町を「きんぎょ~」と独特の抑揚とともに売り歩いたそうです。

買った金魚の「お持ち帰り時」にガラス製の小さな器「金魚玉」に金魚を入れて持ち歩いたのだとか。小さな金魚が1匹入るのがやっと位のミニサイズの器で風鈴のような形をしていて、そのままぶら下げることも可能。とても涼しげで風流ですよね。(飼育面では全くよろしくないでしょうが)


⚫︎ 風鈴

風鈴をぶら下げて風の音に涼を感じる。もちろん実際に気温が下がるわけではないが、見た目に涼を呼びこむことで暑さをしのごうというのは江戸っ子の粋。

現代のようなガラスの風鈴が登場したのは江戸時代のことで、チリンチリンという涼しげな音色で耳から涼を感じました。ガラス風鈴が江戸に登場した当初、長崎のガラス職人がわざわざやってきてつくったそうで、ガラスが貴重品だったこともあり、お値段はなんと現代の金額で200万円以上もしたとか。

その後、江戸でもガラス細工が盛んになるとガラスの風鈴も手ごろな値段となり、夏には天秤棒に風鈴をぶら下げた風鈴売りが売り歩きました。素材としてはガラスのほか、金属製のものや陶器製のものもありました。


⚫︎ 釣りしのぶ

ちょっと聞きなれないこちらも、江戸時代に江戸で生まれた夏のインテリア。

釣りしのぶは、竹の棒などにコケを巻きつけ、その上にシダの一種である「しのぶ」をはわせ、屋形船や灯籠、筏などさまざまな形に仕立てたもので、軒下に吊るして楽しみました。

江戸時代の庭師が手慰みに始め、出入りの屋敷にプレゼントしたのが始まりといわれ、江戸時代末期には庶民にも広まったそう。夏の季語でもあり、江戸時代を代表する歌人・小林一茶も「水かけて 夜にしたりけり 釣荵(つりしのぶ)」と詠んでいます。


⚫︎夕涼み

暑くてたまらない!という時は気温が低い場所へ足を運んだ。これが「夕涼み」だ。江戸は街中を縦横に運河や水路がめぐる川の町。水温は気温より低いため、水の上を渡って吹いてくる風は確実に涼しい。水辺で涼むだけでなく、船に乗って川の上で過ごすことも行なわれた。いわゆる納涼船(すずみぶね)だ。隅田川など船で遊覧し、仕出し料理や酒肴を楽しむ。現代でいう「屋形船」だ。江戸時代は「屋根船」と呼ぶ船が多かった。船上で感じる川風は一層涼しく、ぜいたくではあるが庶民にも手が届く楽しみだった。

日が高いうちに湯屋(銭湯)へ行って汗を流してしまうのも、江戸ならではの習慣。さっぱりしたところで湯上りの夕涼みとしゃれ込むのは、現代人の感覚からすると最高の贅沢、といった気もする。


● 心太(ところてん)

お次は夏の涼味として人気のところてん。奈良時代にはあったといわれ、江戸時代になると夏を知らせる庶民の味として人気を集めました。初夏ともなればところてん売りが「ところてんやァ、てんやァ」という独特の呼び声で町を売り歩きました。

味付けは砂糖やきなこをまぶして食すのが一般的だったそうですが、江戸では醤油が普及すると醤油をかけ、芥子(からし)をつけることも。値段は1~2文(約25~50円)とお手軽プライスで、庶民の夏のおやつとして大人も子どもも大好きでした。


● 冷水売り(ひやみずうり)

こちらも初夏になると登場する夏の風物詩。「ひゃっこい、ひゃっこい」の売り声で町を歩きました。湧き水などの清水に砂糖を加え、白玉を浮かべお客に出します。器にはより冷たさを感じられるように真鍮(しんちゅう)や錫(すず)といった金属の椀を使うことも。

値段は1杯4文(約100円)ですが、追加料金を払えば砂糖を増量してもらうこともできました。冷蔵庫も保冷容器もない時代ですから、「ひゃっこい」といってもどれほど冷たいかは疑問ですが、暑い夏に飲む甘い1杯はさぞかしおいしかったでしょう。


● 甘酒

実は、江戸時代の夏の飲み物として定番だったのが甘酒です。今だとむしろ冬の飲み物というイメージがありますが、“飲む点滴”ともいわれるほど栄養豊富な甘酒を江戸っ子たちは夏バテ防止、疲労回復の栄養ドリンクとして飲んでいました。俳句の世界でも甘酒は夏の季語になっています。初夏ともなれば甘酒売りが町を売り歩き、そのお値段は1杯4文(約100円)でした。


● 冷し○○

夏の食べ物には名前に「冷」がつくものがたくさんあります。たとえば、冷奴、冷麦、冷そうめん……などなど。これらは江戸っ子の夏の涼味でもあり、江戸時代中期には現代とほぼ同じような食べられ方をしていました。

そうめんは、白く細長い見た目が糸に似ていることから裁縫上達を祈願し、七夕にはお供え物とされ、庶民も七夕にそうめんを食しました。ちなみに、半分に割った竹にそうめんを流す「流しそうめん」の最も古い記録は、江戸時代の琉球(現・沖縄県)にあるんだとか(諸説あり)。


⚫︎ 滝浴み(たきあみ)

こちらも水辺の夏の遊び。水しぶきをあげて落下する滝を眺めて楽しんだり、滝の近くでお弁当を食べたり、もちろん滝に打たれたり。涼を求め、江戸っ子たちは江戸近郊の滝の名所に足を伸ばしました。江戸っ子もマイナスイオンを浴びていたんですね~。

滝浴みのメッカとしてにぎわったのが、現在の東京都北区の王子界隈。俗に「王子七滝」と呼ばれるように滝が多く、特に「不動の滝」はダントツ人気を誇りました。



以上、他にも「怪談」とか「蛍狩り」とかありますが、それらは前にも書いたので今回は割愛っす。それでも、なかなか色々な知恵があって面白かったですね。想像するだけでも気持ちが涼しくなりますし、風情があって良いですわあ。

個人的には「心太」が気に入りまして、セブンで売ってたの食べたら美味くて大ハマり中です。本当に冷えてますしね。冷蔵庫は偉い。クーラーも偉大!(←今回のテーマ台無し)



参考
https://youtu.be/PKk2PQ_SKFk?si=Lh1FT5Xpij0nHa5nhttps://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_00380/https://edo-g.com/blog/2016/06/summer.html