Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Blue Lotus ありのままで 

非言語の幸せ

2018.12.19 07:21

かつて「無」と聞き、

何もない世界はつまらない。

と思っていた、なにも知らない頃。

シャーマニズムや瞑想やいろんなワークで、思いもよらず

そこへ近づくと躊躇した。

入り込めなかった。

入る私がそこにいた。

わたしは、わたしを解き放つことはできなかった。

そこには 「わたし」 は ないのに。

今では笑い話(笑)


瞬間瞬間 そこにある。

いのち の息吹

とでも言おうか

「それ 」

だけなのだ。


そこには 

浅いも深いも

深めるも

うまくいくも

ない


日常生活で いろんなことを知り、学び

 うまくいったり、

わかっているような気持ちになったり

わたしには 価値がある

わたしの人生には意味がある

という誰にでもある

自己表現と承認されたいという

人間の中にある本能の欲求


可笑しいことに

思考から離れるはずの瞑想をしても

書物や理論に惑わされ

わたしはわかった

深めている

などと

いかにできているか

あるいは

悟った

と言う

人さえいる

それも すべて が 思考の産物


そして多くの人が

あながち陥る罠 だ。


非言語の なにもないそれは

言葉にはならない


言葉で 例えるなら

生命の息吹

いや 例えることはできなかもしれない


触れる たびに

人間であるからこそ

現れる source の「表現」

それの 感覚 


知覚や気づきが起こる

人間であることを喜ばずにはいられない。