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小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 10

2024.07.07 03:00

小説 No Exist Man 2 (影の存在)

第二章 深淵 10

「なかなか、あの話が出てこないではないか」

 中国共産党の中央政治局常務委員会、いわゆる中国全体の政治的な動きをすべて決める7人の会議は、原則として週一回行われる。そのトップが、国家主席である周毅来である。次席で国務院の総理で、序列2位の李剣勝がいた。しかし、この李剣勝は日本のイベント、「日本古代建物博覧会」で起きたテロ事件に巻き込まれて死亡している。このテロ事件は、周毅頼が同じ常務委員の孔洋信など人民解放軍参謀本部と企画をしたものであった。ようするに、常務委員7人のうち、自分に反対する対抗派閥のトップである李剣勝を暗殺するということが、一つの計画の目玉であり、日本の大沢三郎などは甘い言葉に騙されて、その計画に乗せられているということになる。

 実際に、大沢三郎は自分が日本を支配できるものと思って、在日華僑の陳文敏と図り、また極左病力集団である日本紅旗革命団の松原隆志などを誘い込んだ。野党とは言え国会議員が、日本の政権を滅ぼすために在日華僑や極左暴力集団を誘い込んでテロを起こすなどは、とても考えられない内容であろう。日本の刑法には、「外観誘致罪」という日本政府を転覆させる行為に対する刑法罪があるが、戦後適用されたことはない。大沢などはこの罪になると思われるが、その証拠はないのである。

 そのテロで大沢が何のお咎めもないのは、この企画が途中で、関西の極左集団である大津伊佐治と山崎瞳の親子に引き継がれ、結局この二人が首謀者となったことからであろう。しかし、そのようなことをしてしまったことから、大沢三郎も陳文敏も、中国からも日本の国内でも、信頼が失われていた。

 周毅頼は、京都のテロの「失敗」、正確に言えば天皇を暗殺する、阿川首相を暗殺する、李剣勝中国国務院総理を暗殺する、そして日本を支配するという四つの目的のうち、一つは成功しているのであるが、その失敗の責任をすべて陳文敏と大沢三郎によるものであると考えていた。そのことから、今回は人民解放軍が直接行うということを中心に考えており林唐や楊普傑を中心に組み立てているのである。

 しかし、中国人が日本で工作をするというのは、時間がかかる。

 それにしても遅いというのが、周毅頼のこの会議中の言葉である。

「人民解放軍の参謀本部が日本国内にはありませんので、仕方がありません」

 孔洋信は、そのように言った。

 対立派閥である「共産党青年団」のトップである李剣勝はいなくなった。しかし、王瑞環のような青年団の派閥に属するものはまだいるし、中立といいながら何を考えているかわからない、地方官僚出身の胡英華もこの場にはいるのである。ここで信頼できるのは、経済の専門家である徐平と周毅頼の秘書から引き上げた張延くらいであろうか。しかし、この不規則発言に対しても、王瑞環や胡英華は何も言わないで座っている。この中国共産党の世界では「沈黙は金」どころか反応することをしないということが重要なのである。

「あとで日本から戻った楊普傑の報告を」

「かしこまりました」

 王瑞環は、怪訝な顔を一瞬見せたが、慌ててまた無表情な顔に戻した。実際にその内容を他の誰も悟られることはなかった。

 常務委員会は、他の話題に移った。会議が終わった後の執務室には、楊普傑を連れた孔洋信が訪れていた。

 一方王瑞環の個人オフィスには、胡英華が訪れていた。

「周主席は何を考えているのだ。胡同志は何か知っているか」

 王瑞環は、実際に何も知らなかった。噂話では京都のテロで李が暗殺されたことに関して、在日華人の陳文敏が深くかかわっていることと、そして、そのテロを企画したのが中国であるということはなんとなくわかっていた。そもそも、戦争に近い爆発物を使い、日本の天皇も、首相も、そして中国の国務院総理もすべて殺してしまうなどという大胆なことは、日本人の規模では考えられるものではない。そのように考えれば、中国側の考え方で一堂に会した時に、その会場ごと破壊してしまって残党狩りを行うというのは、よくわかる。問題は、それが周毅来が行ったことなのか、あるいは、人民解放軍の参謀本部が企画したものなのか、あるいは、在日華人が日本の政治家や誰かから頼まれたのか、または中国とは全く関係なく、北朝鮮などが交錯したものであるのかは全くわからない。どれも可能性があり、どれもあり得る話だ。実際に北朝鮮系の日本の活動家が逮捕されている。

「いや、何も」

 胡英華は、目の前に出されたお茶を、蓋を一度開いて中身を確認したのちに、その蓋を再度締めて少しずらして口をつけた。蓋を開いた中には、ジャスミンの花が見事につぼみから開きかけている状態であり、最もお茶が「活きている」時である。このような接待の仕方はさすがに常務委員の事務所である。

 ちなみに、日本のお茶は急須を使い、急須の中でお茶をしっかりと出した後に湯呑に入れて出す。これは、一つの瓶から同じ液体が出るということで、主従が同じものを飲むという事でもありまた、同じ濃さでお茶を皆がのむということを意味する。茶道の影響で、同じ器から皆がのむという感覚の延長線上であり、お茶の前ではみな平等であり、無礼講で物事を自由に発言できるということが一つの日本の文化になっているのである。

 しかし、中国では身分が全く異なるから、一人一人の湯飲みの中に、お茶の葉を入れ、そのお茶葉の入った湯のみの中にお湯を注ぐ。それを二をしてしっかりと保温してお茶を出すことによって、一人一人自分の好みのお茶を飲めるばかりか、自分の好みの濃さでお茶を飲むことができるようになる。しかし、同時に「お茶」が異なるということは、お茶葉の中に毒を仕込み、一人だけ毒を飲ませる問いことができるのである。一方でお茶の葉が中に入っているということから、お茶の葉の開くさまを見せるということで、一つの視覚的な接待にもつながる。しかし、それではお茶の葉が口の中に入ってしまうので、蓋をずらし、葉を茶碗の中に残すようにして飲むのが中国の風習なのだ。

「本当に何も知らないのか」

「知っていたとしても話すことはよくない。他人にそれを話すということは、知っているということを示し、誰かが私に教えたということを意味するが、同時に、そのことを知った人からまたさまざまな動きが出てしまい、私にもまた私に教えてくれた人にも迷惑がかかる。関係ないことは関係ないのだから、知らない方がよい。」

「それは知っているといっているのと同じだな。胡同志」

「まあ、そうかもしれない。それならば知っていたが忘れたといえばよいかな」

 胡英華は、静かにもう一口お茶を飲んだ。

「李剣勝同志が死んでいるのに、いや殺されているのに、そのようなことでよいのか」

「死んでしまったのだから、仕方がない。いまさら何か変えることもできないであろう。生き返らせることは不可能だ。」

「そんなことはわかっている」

「ならば、どうする。周主席と事を構えるのか、それともあのテロは周主席が企画したと日本にでも教えるか」

 胡の口調は、非常に穏やかで、普通に話をしているようなものでしかない。しかし、その説得力は、王を黙らせてしまった。