第8話 オファルオリゴル
「魔王様!」
「五月蠅いから止めてくれないかな。もう王冠を持った魔王は外に出ているのに、いまだに気が付いていないようだし」
魔女が呆れながらそう聞き返すと、俺は出来るだけ大きな声で叫んだ。
「おい!」
「む! この声!」
そこで、そいつも気が付いたようである。そして、俺の方を巨体ながらも見つめてきて気が付いたと思った瞬間に大きな声を上げて来た!
「貴様! どうしてこの場所でお前と出会うのだ!」
「お前はそう言えば倒していないから知らないはずだよな。俺は!」
「お前は知らずとも俺は知っている! かの魔王様を倒した存在など! この私が直々に倒して!」
そう言って足で踏みつぶそうとしてきた。しかし。
「む! これは!」
「意外だな。まさかオファルオリゴルの攻撃を俺が受け止められるとは思わなかった」
「お前! その力は魔王様の配下の! お前が魔王様の配下だと!」
巨大な亀は俺が止めた魔法を見て何を思ったのか足で踏みつぶそうとするのを止めた。そしてさらに聞いて来る。
「どういうことだ! 何故魔王様の証である王冠の能力が働くのだ! 王冠の信頼した配下の能力を上昇させる力が働くのだ!」
「今の魔王がお前の知っている魔王じゃない。だからだろう!」
「何だと!」
「オファルオリゴル。息災か」
魔王が一歩前に出て顔を見せる。すると、巨大な亀は嬉しそうに顔をほころばせたように見える。
「おお! 娘様ではございませんか! 元気そうで何よりです! しかしどうされたのですか。何故魔王様の王冠をあなたが持っておられるのです」
「それは」
言いにくそうにしている。多分オファルオリゴルの中ではいまだに魔王というのは先代の魔王のことなのだろう。だが、彼女は言った。
「私が、今の魔王だからだ」
それにオファルオリゴルは何を思ったのか。だが、彼は静かに話を聞き終えると何処かに向かい始めた。
「城までは案内をする。だが、そこから先はお前達で道を見つけなさい。少なくとも、私は今はお前達に力を貸すことはできない」
城までの道は大分安全に進めるようになった。オファルオリゴルの巨体に乗っての移動のおかげで、安全も確保された楽な道のりである。そして、やって来た魔王城を見て……皆は何を思ったのだろうか。
「良いか、これが今の魔王城だ」
そこには、外観はもはや城どころか集合住宅と言った方が納得できる粗末な何かがあった。とてもじゃないがこれを魔王城だと思う人はいない何かである。
「魔王城とは、魔王として君臨する主の力、権威、統率力、威光、その物だ。多数の魔物を従えるに値するほどの強さを持っていれば自ずと大きくなり、足りなければ小さくなる。従えている臣下は何人だ」
俺に、アナー、ガベテナ、ジャシュカ……魔女に至っては、名前すらいまだに名乗ってもらえないし、俺に従うとしか言質を貰っていない。
「片手で数えるほどの人数。だな」
「はい」
「では問うぞ。そのような『軍団』の実力はいかほどの物か」
皆無だ。そう言える。はっきり言ってこんなの軍団どころか小隊でもやって行けるのか不安としか言えない。
「無茶だな。間違いなく何時か困難に見舞われる」
「だろうな。私は、少なくとも先代魔王様に見つけていただいた恩はある。その恩に報いて力を貸したいのはやまやまだ」
「でも、出来ない」
「ああ、魔王様が死なれた今は拠り所がいない。ならば他の魔王に従い力をつけるべきだろうというのが普通だが、それでも私にとってはただ一人の心のよりどころたる主なのだ」
大した忠誠心だ。本当にそう思う。魔物の中でこれほど強い忠誠心を持つ存在がいるなんて。
「だからこそ、魔王様が認めて戴冠したのではない主は認められない。ちゃんと実力をつけて、あのお方の正統な後継者だと認めるに足りる存在であれば再び認めよう。オグルミオを支える家臣として」
そう言って、オファルオリゴルはどこかに行ってしまった。
「狭いね」
「ああ、これなら私は塔にいた方が何倍も研究環境は良かったな」
ジャシュカと魔女は言いたい放題好きに言っているが、それをアナーとガベテナは複雑そうに見ていた。
「部屋は一応全員分あるんだね。寝床もあるし、これでやってゆっくり体を休ませられるのに」
「一先ず今日は休んで明日からの活動に備えましょう」
そう言って全員の前で声を出すガベテナに対して、魔王が一歩前に出てこう話した。
「皆に言いたいことがある」
「何だ」
「私は、弱い。正直このままではいるだけで足手まといなのに、何もできない存在だ」
「このままどころか今でも十分そうだけれどね」
魔女が皮肉気味にそう言うのをねめつけると、魔王は続ける。
「だから、私も明日から少しは働けないか頑張ってみようと思う。大した事は出来ないかもしれないが、それでも少しは役に立ちたいんだ。よろしく頼む」
俺はその様子に、単純に感動していた。
「成長したな、魔王」
「へ」
「お前と最初に洞窟で出会った時、お前は言葉通りに何も知らなくて。そして逃げ出した」
「おい! それは」
「そして、痛い目を見て少しは考えるようになった。偉いじゃないか」
「だって、あのままだと私は死んでいたはずなのに」
「そう思えるのが偉い。責任転嫁しないで自分の罪だと、自分の弱さだと、そう認められて上に立つ者としての教示を見せた。それが偉い」
「で、出来ているのか」
「そのうち気が付くさ」
俺はそう言うと、次に方針について話始める。
「しかし、魔王に働いてもらうよりもやらないといけない事はある。まずは足りない集団を統治するための手段の勉強。そして、そのために必要な人材の確保だ。当分の労働力はガベテナやアナー、ジャシュカや魔女のゴーレムにやってもらいつつ、あちこちで優秀そうな人材を見つけたらこの城の仲間に引き込む必要が出てくる」
「それ同時にやるの?」
「大変ですな」
「頑張る」
「私は研究がはかどるなら何でもいいよ」
「じゃあ、新しい魔王軍の出発を祝って」
全員で拳を突き上げるのだった。