Ride in Kyushu Day 9 (24/12/18) Kurume Castle Ruins 久留米城 / Akitsuki Castle Ruins 秋月城跡
Kurume Castle Ruins 久留米城跡
Akitsuki Castle Ruins 秋月城跡
今日は先に訪れた大野城と同じく太宰府政庁を防備していた基肄城に登ろうと思って、登り口を調べていたらこの間の豪雨で道が被害にあい、未だ復旧しておらず立ち入り禁止になっている事がわかった。急遽、予定を変え久留米城跡と秋月城跡に行くことにした。今年は災害が多かった。未だ正常化していないところに旅の途中で出会う事が数々あった。
久留米城 Kurume Castle Ruins
鳥栖から久留米に向かう。7kmの距離。佐賀県から福岡県に戻る。ここら辺は県境でこの数日行ったり来たり。佐賀県の有明海もそれ程の距離ではない。福岡から佐賀へは内陸部の国道3号線が走っているがきつい坂が無くほぼ平坦なので走りやすい。数日前に訪れた太宰府はこの中間にあり北の福岡からの道と有明海からの道が奈良時代から開かれていた。このルート近辺には多くの古墳群がある。九州の中でも歴史のある地域だ。
この久留米城は江戸時代には久留米藩の藩庁が置かれ、摂津有馬氏の居城であった。城の始まりはもっとさかのぼり、室町時代後期の永正年間(1504年 - 1521年)にこの地の土豪が篠原城と称した砦。豊臣秀吉の九州平定で、大友宗麟の娘婿の毛利秀包入城。秀包は関ヶ原の戦いで西軍側で戦後改易。この後、筑後国に封じられた田中吉政が柳川城(本城)の支城とし、二男の吉信を城主とした。田中氏は嗣子なく没し改易となった。田中氏のあとは有馬豊氏が21万石久留米藩主になり、有馬氏体制が明治まで続いた。
城跡がはっきりと残っているのは本丸だけだ。本丸を囲んである石垣は大体昔のままだ。それ程大きな本丸ではない。本丸の解説板があり、簡潔に説明がなされてあった。
(1) 本丸御殿 [現在は篠山神社の本殿・拝殿] (2) 蜜柑丸(みかんまる)(3) 冠木御門(かぶきごもん)(4) 巽櫓
(5) 月見櫓 (6) 艮櫓(うしとらやぐら)(7) 乾櫓 (8/9) 西下櫓 / 坤櫓(ひつじさるやぐら)
(10) 太鼓櫓 (11) 井戸 (12) 井戸 (13) 東郷記念館 [東京麹町にあった東郷平八郎邸の書斎を移築。東郷平八郎は久留米出身 初めて知った]
(14) 千松庵 [ブリジストンの創始者の石橋正二郎が寄贈した茶室] ブリジストン社はこの久留米から始まっている。久留米工場が二の丸と三の丸にまたがって建っている。工場の前の道路はブリジストン通りと名前がついてある。久留米にとってブリジストンは誇りなのだろう。正門を入ったところに巨大なタイヤが飾ってある。鉱山用巨大トラック940E用だ。北陸の小松市を訪れた際にコマツ工場で見て感動した。
駅前にも巨大タイヤがあるとブリジストンの守衛さんに聞いたので行ってみた。立派な駅だ久留米はゴム製品工場で発展した。ブリジストンの他に正二郎の兄の石橋徳次郎が創業したアサヒシューズ (兄弟だけあり、工場も隣同士だ)、ムーンスターがそうだ。シューズ会社は厳し状況下でリストラを経て再生中。
城の横をながれる筑後川にはサイクリングロードがあり、川に沿って暫く走る。この九州の旅も今日で9日になるが、初めて雨が降らず(今のところだが)快晴で熱くシャツ一枚で十分。
川沿いのショッピングモールで昼食。やはり長浜ラーメンが美味しい。福岡はラーメンは多くが豚骨スープで細麺だ。東京でも長浜ラーメンはあるが、なぜかここ地元の長浜ラーメンの方が美味と思える。
秋月城 Akitsuki Castle Ruins
福岡藩主黒田長政の遺命で、三男長興に夜須五万石が分与され、福岡藩の支藩として秋月藩が成立。この時に秀吉の九州征伐以降廃城となっていた戦国時代の秋月氏の館跡を利用して築かれた平城で、陣屋形式であった。以降、明治時代の廃城令まで、12代続いた。現在跡地には、黒田長興を祀った垂裕神社や小学校が建っている。堀、石垣、長屋門、黒門が現存している。一直線の石垣に沿って走る道にはぎっしりと茶屋や土産屋があるのだが、祝日だからか殆ど営業していない。祝日はかきいれどきのはず。平日には人は来ないと思う。祝日なのにと言い直した方がいいのかもしれない。
もう5時を過ぎた。今日はこれで打ち止め。じっくり見ると1日2つぐらいが適当かもしれない。福岡方面に戻る明日は唐津に行く予定だ。