多重債務問題の変遷
最近、また自己破産事件が若干増加しているような気がしている。
自己破産事件は、20世紀の最後の頃に一貫して増加し続け、最盛期(1999(平成11)年ころだったか)には、さいたま本庁でも年間4000件程度に達していたような記憶(支部と合計でか?・・いやそんなことはないように思う。)。それが、その後過払い金返還事件が隆盛となり(2004(平成16)年あたりの最高裁判決がきっかけ)、自己破産にならずに済むケースが増えたり、またバブル崩壊の膿が相当程度でてしまう等で、いったん件数は落ち着いていった(さいたま本庁で年間1000件台か。他方でこのころヤミ金(当時は店舗を構えていたりした。東京都知事(1)のおびただしい数の業者)の跳梁跋扈が隆盛を極めた。事務所に頼んでいないピザやそばが配達されたり、消防車が来てしまったこともあった。)。
昨今は、過払いバブルもほぼ終焉を迎え、過払い金返還での多重債務の圧縮は困難となった(と思う。相変わらず過払い金返還のCMはラジオとかでやられているが、そんなに多額に戻るのか?調査費用で稼いでないか?)。一連の過払いバブルの中で多くのサラ金や街金が淘汰され、サラ金は大手の数社と、なぜか生き残っている自己破産した者にも貸すいくつかの業者、それにこちらも形態を変えた「ソフトヤミ金」と言われるようなものとか、SNSを通じて釣り餌を撒く(ヤミ金の貸付というのは、本来的な貸付ではなく、高利をむさぼるための釣りの餌だと考えている。そういえば「給与ファクタリング」というのも一時出たが、すぐに淘汰されたな。)ものが相変わらず相当程度残っている(大半は特殊詐欺の方にシフトしたと思うのだが、まだしつこく残っているよう)。さらに、銀行等が消費者金融に相当程度参入し(銀行系カード)、また新興のカード会社(大半の自己破産・債務整理事件で登場する「楽天銀行」「楽天カード」等々)、バーコード決済系やその他小口貸しのところも参入して、新たな様相を見せてきている。
昨今の自己破産事件の特徴として見られるのは、免責不許可事由がそこそこある事案。言い換えれば、浪費が多重債務を招いたというケースが目立つ。20世紀最後の頃のように、バブル崩壊後ひたすら右下がりの時代とは違い、最近は景気が良くなったという体感はないものの、際だって悪くなったという体感も比較的少ない(物価高はあるが)。かつてだと、浪費はほとんどないのに破綻してしまったというケースも少なくなかったが、昨今は、新興のところ等が頻繁な宣伝アピールでどんどん顧客を増やし、手軽に借入をして破綻に至る、というパターンも多いように思われる。
現実には、浪費があれば免責が取れない、ということでは必ずしもないのだが、やはりそれなりに裁判所には説明を求められたりすることもあり、中には免責決定を出していいかの調査をさせるために、破産管財人が選任されるケースもある。このようなケースだと、さいたま地裁だと予納金として20万円を貯めないと、破産決定すら出してはもらえない(免責不許可の問題がないケースだと、予納金や印紙代を含めてもせいぜい2万円前後である)。その積立がなかなかできず、長く塩漬けとなってしまうケースもある(他方、積立はできたのだが、その積立の期間に本人の方の状況が変わったことをこちらが把握し切れておらず、新たな借入や浪費が判明する等して大変な思いをしたこともあった。大きな汚点であり反省ケース。)。
ギャンブル等の浪費には、アディクションという面もあり、治療が必要な場合もあるわけだが、いずれにしても、浪費の誘惑というものに負けてしまう人というのはいつの時代もいて、そしてそこにつけ込む商売人(「なんとかカードマーン!」とかいって)も、大口小口といつになってもいなくはならないだろう。
個人的には,新型コロナ禍以降、自己破産事件で、裁判所へ一度も当事者が出頭せずに書面審理で終わるケースが増えている点が、どうなんだろうと思うところがある。行かないで済むのは楽なのだけれども、当事者はそもそも自己破産ということの重みをろくに感じずに終わってしまうのではないかと思う。話は違うが、刑事手続で即決手続という、執行猶予付判決が約束された簡易な手続がしばらく前に導入されたが、今はほとんど運用されていない。これも結局のところ、刑事被告人にとっての感銘力がほとんどないという手続はどうなのだろう、という検察庁の判断が働いているのだろうと思う。即決手続については刑事弁護命、の方々の中にはもっと活用されるべき、と言う意見もあるのかも知れないが、個人的にはしかたないのかな、と思う。そして、自己破産手続についても、ケースにも拠るけれども、あまりにも簡略化されてしまうのは債務者本人のその後にとってどうなのか、という疑問を抱かざるを得ない。