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つねに多くのことを学びつつ年をとる―勝又泰洋の学問日記―

パンフィーリ宮殿の『アエネーイス』

2018.12.24 13:26

今日、朝日カルチャーセンターの講座で、ウェルギリウス『アエネーイス』のいくつかの名場面を描くピエトロ・ダ・コルトーナ(1596~1669)の連作絵画の話をした。Rowlandの論文(下記【参考文献】欄に詳細あり)を参考にしながら、その興味深い点をここにメモしておきたい。

 1651年から1654年にかけて制作されたこの壮大な天井のフレスコ画(下に画像あり)は、ローマのナヴォーナ広場にあるパンフィーリ宮殿で見ることができる。ここはもともと、当時教皇を輩出するほど力をもっていたパンフィーリ家の宮殿だったが、いまは、カラヴァッジョやティツィアーノといった有名画家の作品を多数おさめる美術館となっている。

 ここで注目したいのは、ピエトロ・ダ・コルトーナの素材が『アエネーイス』であることの意味である。結論からいえば、『アエネーイス』の物語は、当時(17世紀)のローマ・カトリックの威厳を取り戻すために利用された、とみなすことができる。周知のように、16世紀の宗教改革におけるプロテスタントの登場により、人々のカトリックへの信頼度は相対的に下がることとなったわけだが、パンフィーリ家はなんとかこの状況を打破し、「新しいローマ」をつくる必要に迫られた。そこで持ち出されたのが『アエネーイス』であり、これほどちょうど良い素材は他になかっただろう。というのも、本作は、一度弱体化(というより滅亡)したトロイアーが、この国の敗残兵アエネーアースの手により、「新しいトロイアー」として生まれ変わる様子を描いたものだからである。もちろんこの「新しいトロイアー」とは、のちのローマのことであり、まさにアエネーアースは「ローマの再生」のシンボルなのだ。

 もうひとつ、当時ウェルギリウスが「イエスの誕生を予言した人物」としてイメージされていた点も忘れてはならないだろう。有名な『牧歌』第4歌において、この詩人は、世界を救う赤子について神秘的な仕方で語っている。『アエネーイス』の作者は、キリスト教の伝道師でもあるわけだ。キリスト教の立て直しをはかるパンフィーリ家が、たとえば絵画の材料提供者としてたいへんな人気を博していたオウィディウスではなく、あえてウェルギリウスを利用したのもじゅうぶんうなずける。

 この絵画作品については語るべきことがまだ数多くあるが、今回はこれで終わりにしたい(個別の図像のことはまた別の記事で取り上げるかもしれない)。

【参考文献】

Ingrid Rowland, 'Vergil and the Pamphili Family in Piazza Navona, Rome' in Joseph Farrell and Michael C. J. Putnam eds., A Companion to Vergil's Aeneid and Its Tradition (Malden, 2014), 253-269.