スペインの赤ワインにおけるオーク樽の容量別の抽出成分の挙動の違い
スペインのムルシア大学での2003年の赤ワインの樽熟成による成分抽出の違いについての研究です。
研究の背景と目的
ワインのオーク樽での熟成は、ワインの色合い、安定性、香りを向上させるために一般的に用いられている製法である。特にオーク樽から抽出される揮発性成分は、ワインのアロマに複雑さを与える。消費者はオーク樽熟成によるワインの特有の香りと味わいを好むため、異なる樽の種類や容量がワインの品質に与える影響を理解することは重要である。本研究では、異なる容量のオーク樽(220L、500L、1000L)で熟成されたワイン中の揮発性化合物の抽出および生成速度、さらにボトル保管中の挙動を調査した。
研究の方法
オーク樽はアメリカンオーク製の220L、500L、1000Lの樽を使用。それぞれの樽はスペインの同製造所で製造された。また一度モナストレルの赤ワインの熟成に使用された。用いられたワインはボデガス・サン・イシドロ(日本ではヌーヴェル・セレクションがインポート)で生産されたモナストレル(アルコール度数13.85%、pH 3.6)の赤ワインで樽内にて9ヶ月間熟成され、その後1年間ボトルで保管された。化合物の分析は溶媒抽出とガスクロマトグラフィー質量分析法を使用して測定した。
結果と考察
ラクトン類の抽出速度は、樽の容量と密接に相関した。樽の容量が小さいほど、ラクトンの抽出速度が速くなり、最終的な濃度が高くなる。シス-ラクトンは初期の抽出速度が速く、270日後には220Lの樽で最も高い濃度に達した。トランス-ラクトンはシス-ラクトンと同様の動態を示したが、最終的には1000Lの樽での濃度が500Lの樽を上回った。
シス-オークラクトン (cis-β-メチル-γ-オクタラクトン)
香りの特徴: シス-オークラクトンは、「ココナッツ」や「ウッディ(木の香り)」と表現される甘い香りを持っています。この香りは、樽熟成されたワインやウイスキーにおいて重要な役割を果たします。
感知しやすさ: 一般的にシス-オークラクトンは人間の嗅覚に対して感知しやすく、少量でも顕著に香りを感じることができます。トランス-オークラクトン (trans-β-メチル-γ-オクタラクトン):
香りの特徴: トランス-オークラクトンは、シス-オークラクトンに比べて「スパイシー」や「樹皮」のような香りを持っています。シス-オークラクトンほど甘くはなく、より複雑な香りを提供します。
感知しやすさ: トランス-オークラクトンは、シス-オークラクトンよりも感知しにくいとされています。つまり、同じ濃度であっても香りの強さはシス-オークラクトンよりも弱く感じられます。
ヴァニリンは初期の抽出速度が遅く、熟成が進むにつれてその濃度が増加する。特に90日以降の抽出速度が顕著に増加する。
グアイアコールと4-メチルグアイアコールは、樽のトーストによって形成される化合物であり、熟成初期に急速に抽出される。しかし、これらの化合物は濃度が低く、ワインの香りに与える影響は限定的である。
フルフリルアルデヒドは220Lの樽で最も速く抽出された。220Lおよび500Lの樽で180日後に最大値に達し1000Lの樽では270日後に達した。フルフリルアルコールは、フルフリルアルデヒドの微生物分解によって形成され、その濃度は熟成期間中に増加する。
フルフリルアルデヒドの特徴
香りの特徴:フルフリルアルデヒドは、特有の「ナッツ」「カラメル」「焦げた」香りを持ちます。この香りは、樽熟成において複雑さと深みを与えます。また、トーストされたパンや焙煎されたコーヒー、キャラメルのような風味が感じられることがあります。
生成プロセス:フルフリルアルデヒドは、セルロースやヘミセルロースから熱分解や酸性条件下で生成されます。これは主に木材のトーストや焼き焦げた食品から発生します。ワインやウイスキーなどの樽熟成のプロセスでは、オーク材中のリグニンやセルロースの分解によって生成されます。
揮発性フェノールである4-エチルグアイアコールと4-エチルフェノールは、熟成開始後90日以降に大量に生成された。これらの化合物は微生物活動によって生成され、温度の上昇と蒸発が進む春の終わりから夏の初めにかけて促進された。これらの化合物の大量生成はワインの香りに大きなな影響を与えるため、微生物管理が重要であることを示唆している。
ワイン熟成中の化合物の挙動
ボトル保管中、いくつかの化合物の濃度は減少するが、ラクトン類、フルフラール、4-エチルグアイアコール、4-エチルフェノールの濃度は増加した。この増加は、ボトル内での化学反応や揮発性化合物の変化によるものであり、醸造者がワインの保管計画を立てる際に重要な知見となる。
(私見)
赤ワイン醸造には様々なオーク樽による熟成がほぼ行われていますが、その容器のサイズによる違いは消費者にとって曖昧でした。今回の研究でそれぞれの容器による熟成による成分の抽出の違いが明確になり参考になります。特に樽のトーストによるグアイアコールと4-メチルグアイアコールの抽出の速さ、ヴァニリンなどの成分の抽出は一定時間が必要であることは、ワインの香り表現を行う際に大変参考になると思いました。例えばシガー、コーヒー、焙煎といった香りとヴァニラの香りの表現に容器による違いを示唆するなどの使い分けなどができそうです。
Reference:
Pérez-Prieto, L. J., López-Roca, J. M., Martínez-Cutillas, A., Pardo-Mínguez, F., & Gómez-Plaza, E. (2003). Extraction and formation dynamic of oak-related volatile compounds from different volume barrels to wine and their behavior during bottle storage. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 51(18), 5444-5449. https://doi.org/10.1021/jf0345292