兼題「夏の海」
https://www.nhk.jp/p/gyuttoshikoku/ts/7MXVZZ52K3/blog/bl/pKyjJXApJB/bp/p8xJBwm5k0/ 【兼題「夏の海」】より
▼兼題「夏の海」の解説
太平洋と瀬戸内海に囲まれ、さまざまな海の風景を楽しめる四国。夏の海はひときわ開放的で明るく、力強い。夏のレジャー先として身近に感じる人も多いでしょう。大きく広い光景だけでなく、近くに寄ったり水に入ったり、幅広い描き方のできる季語。波音などの聴覚、潮風などの嗅覚、その他、五感に訴える要素を複合的に持つ。
▼ギュッと!特選
浮き島を飛び立つこむら夏の海/夏湖乃
〔選句ポイント〕焦点の絞り方
[解説]「浮き島」とは海水浴場に浮かぶ飛び込み用の設備だそう。波の上で不安定な足場に踏ん張り、夏の海へと飛び込む瞬間。飛び立つためにグッと収縮するこむら(ふくらはぎ)に焦点を絞ることで描写の精度が格段に上がっている。視点の位置が低いのもポイント。海面から頭だけを出して見ているようなアングル。必然、飛び立つ人の姿の向こうには空も見えているでしょう。海原も見えているでしょう。次の瞬間には飛沫(まつ)が強く上がり、悲鳴のような笑い声が聞こえてくるに違いない。
▼放送で紹介した《秀作》
パレオから香るココナツ夏の海/オキザリス
[解説]具体的な言葉の選択が成功のカギ。水着ではなく「パレオ」。ジュースやシロップではなく「ココナツ」。よりどんなモノかを絞り込む言葉を重ねることで、映像もシチュエーションも具体的になっていく。ココナツが実るような南国のリゾートが想像されてくる。
夏海や鳥のとまれる献血車/げばげば
[解説]イベントなどに献血車が出張している場面を目にする。医療体制構築のために大事な献血であるが、暑い日には献血中に涼を得られる環境が(不謹慎ながら)ありがたいもの。静かに海沿いに停まった献血車の上には、海鳥などが羽根を休めにきている。「夏海や」と力強い詠嘆から一転、静物スケッチのような何気ない描写が魅力。
夏の海あいつミスチル歌うのか/赤尾双葉
[解説]ぶっきらぼうな三人称「あいつ」が絶妙な距離感。海辺で口ずさむのか、移動の車の中か。意外な曲を歌い出す姿に驚きつつ、その姿を新鮮な喜びと共に見つめる目線が青春でありますなあ。きっかけを与えてくれる舞台として「夏の海」が必然性を持つ。
夏海をソース焼きそば五百食/天雅
[解説]なんといっても「五百食」という数詞の持つ迫力がこの句の見所。大きな数でインパクトを与えると同時に、作者の立ち位置を示す効果もある。「五百食」ともなれば、明らかに食べる側ではなく、作る側。ぎらつく夏海を尻目に、ソースの匂い立ちこめる鉄板に立ち向かっている。
▼放送で紹介した《佳作》
橋駆ける右も左も夏の海/しまなみ純二
[解説]「駆ける」からして自転車と詠んだ。四国と本州の間にかかるしまなみ海道は全国のサイクリストからも人気のスポット。橋を駆け抜ける左右には視界を塞ぐものもなく、瀬戸内海の眺望が広がる。上五中七下五、全てのパーツが開放的なトーンで統一されて気持ちが良い。
夏の海俳都に挑む高校生/マレット
[解説]愛媛県松山市は俳句の都「俳都」を名乗っている。毎年八月に開催される全国高等学校俳句選手権大会(通称、俳句甲子園)には全国から高校生が夢の舞台、俳都松山へ集まる。空路、海路、陸路、様々なルートで四国へ渡る最中、瀬戸内海を見て歓声をあげる高校生がいるかもしれないと想像すると、四国に住む者としてうれしくなる。期待に満ちた「夏の海」が明るい。
流されてるのかはしゃいでるのか夏の海/平山仄海
[解説]八・七・五のリズムで構成された字余りの句。上五の部分を八音と大きく字余りしたものの、中七下五で韻文としてのリズムを取り戻している。あまりにも率直な内容に笑っていいのか心配すべきなのか…。体験による実感なんだろうなあ。遠くなる声を夏の海がかき消して。
▼正人のもったいない
『語順を推こうしよう』
祖父は何も言わず溺れ夏の浜/となりの天然石
[解説]「夏の浜」を「夏の海」の傍題として扱う歳時記もある。語順が誤解を生むのがもったいない。溺れているのはいったい誰か?この句を読んだ読者の多くは「祖父が溺れた」と解釈するのではないかと思う。普通、読者は上五から順番に意味を理解しようとするから。作者のコメントを確認すると、事実は「溺れたのは作者。助けられたのをみても、祖父は何も言わなかった」ということらしい。作者の本来表現したかった内容に合わせて語順を入れ替え・微調整してみましょう。
[推こう例]溺れたる夏浜何も言わぬ祖父
句またがりの形にはなるが、「夏浜」で切れを作ることで、2つの場面を作り出す。
舟白き突き立つ楊枝夏の海/鈍亀
[解説]「舟」の紛らわしさがもったいない。作者のコメントによると「タコ焼きの白い舟皿」とのことだが、「夏の海」と一句の中で同居すると、海に浮かぶ「舟」を連想してしまうんじゃないだろうか。その場合、なぜ楊枝(ようじ)が?と疑問も浮かびはしますが…。作者の意図通り、船舶ではなく、タコ焼きの舟皿であることがわかるように推こうを試みましょう。舟皿=手に持っていることがわかれば問題の大部分は解決できるはず。各単語の重要度を考えると、季語である「夏の海」、「舟(皿)」と「楊枝」は映像の軸になるパーツ、さらに楊枝の描写である「突き立つ」も外しにくい…となると、優先順位では「白き」が最も低いと考えられる。「白き」を外して浮いた三音分で推こうしてみると、こんな感じ。
[推こう例]掌(て)の舟に突き立つ楊枝夏の海
俳句ではてのひらを意味する「掌」を「て」と慣用的に読む場合がある。…とはいえ、これはあくまで推こう案のひとつに過ぎません。作者にとって一番しっくりくる形を作者自身で探してみるのが推こうの楽しみ。ぜひ挑戦してみてくださいね。