【熊倉千砂都】VOL.③ 日本の伝統工芸「江戸切子」を伝承する3代目後継が辿り着いた運命を受け入れ生きる道
前回記事はコチラ → 「真面目さの否定から、環境を変えれば人は変わると知る」
いろいろな価値観の人に出会い、チャンスを広げていきたい
ー温かいエピソードを聞いて、改めて日本橋のコミュニティの世界観が少し伺えた気がしました。
以前は「江戸切子の世界で一番ならなきゃ!」と強く思っていましたが、そうではなく、助け合っていくことの大切さを知ったことで「自分が、自分が」という姿勢が日常でもなくなりました。
それに、子どものことを地域のみんなで見てくれてるという、昔の日本が大切にしていたことが、そのまま残っています。誰の子だからではなく、どの子どもに対しても、地域で優しく見守る目があって、お互いの子どもを大事にしようという《つながり》があるんです。
ー古き良き日本の姿ですね。環境って大事ですね。
本当に、周りのおかげです。周りの良い影響で、いつも引っ張っていただいています。今も、ありがたいことに、また別の環境で、世界を視野に入れて活動されている方々と出会い刺激を受けています。
その人たちはパワフルで、エネルギーに溢れていて「もっと職人はリスペクトされる存在なのに、なんでそんなに縮こまってるの?」と平気で言われます(笑)。今、ヨーロッパでお仕事をしていて、「もっと堂々と世界に出していこう、日本で小さくなっていてはダメだよ」とも言われます。
《いろいろな価値観の人に出会って、まだまだチャンスを広げていきたい》と思っています。それは、自分の中の目標というか、生きる目的みたいな感覚なんです。
ー千砂都さんの生きる実感って、やっぱり《そこ》にあるんでしょうか。
そうですね。《そこ》にあると思います。もちろん苦手な人もいますが、なんで苦手なんだろうと考えるのも嫌いではないので、うん。そこにありますね。見たことのない世界が、まだまだいっぱいあるのだろうなと思うと楽しいですね。
そこがね、あきこさんと形は違っても似ていますよね。
ーうんうん。光栄です。私もいろんな価値観に触れたいと思うから。
真面目を日本人の良さとして肯定したい
ー日本人の良さって、たくさんあると思うのですが、海外から日本を見た時に何か感じられることはありますか?
うん。以前、イギリスから来た方がうちの品物を見た時、「すごく誠実で真面目な作品ですね」と言われたんです。「日本人の性格が出てますよね」って。確かに繊細で、手も抜いてないし、日本人って真面目だと思うんですね。
国民的に、そういうものを真面目に伝えていきたいという想いがある。わたしも、真面目を否定された経験から、それを肯定したいという想いが奥底にあるんですよね。そういう人って多いんじゃないかと思っています。
日本人の真面目さを肯定できずに、その良さを出せないところがあるんじゃないのかなと。だから、それが惜しみなく出せたら、世界レベルで素晴らしい話だよなと思っています。
《良さをなくそうとするのはやめようよ》って。だったら、自分がやれることをまずやっていこうと思っています。
ーそれはもう「真面目さ」のネガティブイメージの大払拭ですね。
うんうん。本当に。
ー真面目が繊細さともなる。アートを通してみんなが感じやすいし、日本という文化の素晴らしい表現ですよね。
そんな風になれるといいなって思います。友人がね、「自然との距離感が曖昧というかきっちり分かれないところにバランスとるのが、日本のアートだ。」と話していたんです。「触れた時の感覚とかを大事にしてるのは、日本人だよね」と言ってました。
感性が自然から離れない。大きいプラスチック板材を使わないところが工芸にはあるよねという話をしていて、納得したんです。
ーやっぱりこだわるものがある。
はい。うちの商品も、《持つもの》なので、やっぱり触れた時に、感触が良いものにすごくこだわっています。江戸切子の世界でも、技で表現するって、人によっては「見た目で良ければ良し」となると、手触りは気にしない。
だから、カットを入れて触った時に、痛いものもあったりするんです。でも、うちは、そんなことが絶対ないようにこだわっています。
ー工芸品としての質、他者視点が必ず入るということですね。
そうなんです。最近は、自分を主張するための工芸になりつつある。でも、そうじゃない。工芸品は使う人がいて、初めて成立するんです。アートでもそうですけれど、見た時、触った時にという相手がいての物。
自己満足は良くないと私は思っています。特に《日本の工芸品は、他者視点がある》と思うんですよね。それを西洋化していくことで、失われてしまいそうになるのかなって。
日本人の精神性を伝えていく
ー千砂都さんのあり方にも、その核がありますよね。
そうなんだ。《他者あっての自分》で、《工芸品をつくっているんだ》とずっと当たり前のことと思ってきたので、それが自然と生き方にもつながってきてるんだろうと、今気が付きました。皮膚の奥まで浸透してる様な感じです。
だから、社会科の先生とかっていうのもやっぱり違うでしょうね。向かなかったでしょうね。今考えると、途中で辞めていたと思います。でも、他者視点があるというのは、日本橋も含めて、周りの人がとても素晴らしい方が多いので、そのおかげだと思います。
私がどうっていうより、そうなんですよ。
ーなるべくしてなる、ですね。土台にやっぱり自己信頼があるように感じます。今ご自身のことを、どんな風に見ておられますか。
そうですね。今は、人生も半分以上過ぎてるんだから、思うがままにやればいい!という感じです。
ーうんうん。千砂都さんが、次世代、日本というものに残していきたいものって?
海外の人から、「日本人ってすごく本当に手を抜かないし、徹底してやり抜こう、もっと極めたいって精神があるよね。」って言われたんですね。そんな《日本の精神性》というものについて、あまり考える機会がなかった。
でも、これからいろんな分野で必要なのではないかと思っています。今、たまたまオンラインの読書会で出会った人とのご縁で、思わぬ形で日本人の精神性についてのお話が広がってきているので、場を作って残していくことができればと考えています。
ーすごく興味深いです。どんな形になっていくのか、とても楽しみです。
「運命は自分で切り開く」という言葉から、今ある運命を変えていこうとする人が多いのではないだろうか。でも、他者の言葉をきっかけに、彼女は継ぎたくない家業を、今自分にある恵まれた環境だと観るようになり、運命を受け入れた。疑いながらも、少しずつ歩み寄り、運命を直視することで新しい創造の道を切り開いた。
何よりも自分への信頼があるからこそ、まだ見ぬ世界に挑戦していこうとする素敵な女性だ。読んでいただいて分かるように、生き方そのものが魅力を放つ。お客様のことを誠実に考え抜く彼女の人間性に触れて、足を運びたくなる方も多いだろう。わたしもその一人だ。東京に行けば、お店に立ち寄りたくなる。
彼女はお客様だけではなく、スタッフ一人ひとりを大事にしてるからこそ、お店の空間も心地良く、活気があり皆温かいのだ。コミュニティで助け合うことへの喜びと感謝を、肌で感じている彼女だからこそのマネジメントが華硝にはある。
軽く、早いこと、それがこれから価値となっていきつつある時代。その良さは革新として迎えいれながらも、周りと助け合い粘り強く考え抜く、底力をもつ日本人としての本質を残していきたいと思う。西洋文化に追従しているばかりでは見えない、日本という国に在る大切なものを見据えていくことが必要なのではないだろうか。
この彼女の記事が、日本の伝統や文化を残していくために何ができるかを考えるきっかけになると嬉しい。
PLOFILE
熊倉千砂都 (Chisato Kumakura)
株式会社江戸切子の店・華硝
取締役
大学卒業後、中学高校で日本史の教員として勤務。また、大学院修士課程で教育学の研究を修了し、国内外で幅広く活動するフリーの講師となる。
31歳で教師を辞め、家業である江戸切子の店華硝に入職。職人である弟と共に3代目として後継となる。
その後、日本初の江戸切子スクールを開校したり、2016年には江戸切子発祥の地日本橋に店舗を再建したりと経営企画を主に行う。また、政府の委員も務めたり、東京都のプロジェクトにも参加たりと、未来の伝統工芸のビジネスについて試行錯誤を続けている。
現在は、大学院博士課程にて、「日本橋の老舗の研究」に注力しながら、華硝×日本橋の老舗とのコラボ商品を作るなど、日本橋にあるコミュニティに貢献するべく活動を続けている。
江戸切子の店・華硝
住所 :〒103-0023
東京都中央区日本橋本町3-6-5
電話 :03-6661-2781
営業時間:10:30〜18:00
(土日祝は11:30〜17:00)
定休日 : 不定休
URL : https://www.edokiriko.co.jp/
1946年、亀戸に大手ガラスメーカーの下請けとして江戸切子工房開店した。1990年代には、直販店「江戸切子の店華硝」を設立。華硝の独自の紋様を考案し、芸術性と独創性を掛け合わせた作品を次々と発表した。
2008年、ルーブル美術館にて、日本とフランスの交流150周年を記念した展示会に出展。同年には北海道G8洞爺湖サミットで、また2023年、日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議で、国賓への贈呈品に採用された。2024年には、華硝二代日 熊倉隆一が旭日単光章を受賞。日本の伝統工芸の継承に貢献している。
取材・ライター
はぎのあきこ(Akiko Hagino)
フリーライター / ウェルビーイング思想家
自分とまわりの環境とのつながりの中で、安寧を感じ幸福な状態を指すspiritual well-being思想を基軸として、「わたしたちはどう生きたいのか、どう死にたいのか」という正解のない問いを探究するため、独自のスタイルで取材・執筆をしながら、タッチケアやエネルギーワーク、ヒーリングを行うセラピストとして活動中。
保健師および看護師、教員として人の生死に触れ、「いのち」に直面してきた経験や最愛の祖母の死からの学びから自分の生き方、在り方を見つめ直すことが今の活動を始めるきっかけとなっている。「自分を知る」をテーマに生きる力を育み、体感して考える講義を得意としている。
取材や発信のテーマは、十人十色の「自分」という存在の美しさ、「いのち」がある今の喜びを伝えている。 情熱をもって「いのち」を尊重し生きている人への取材を2024年より自身のウェブサイトにて掲載スタート。
《主な講義》
2021年〜生命倫理・看護学原論の一部講義
2024年〜人間関係論担当
セルフマネジメント
メンタルヘルス
ウェルビーイング
他者とかかわり生きる
自他理解とは
倫理と道徳
生命倫理
環境と相互作用
関係性の発達理論
「触れる」を感じ観る
「聞く」をはじめる
生きるとはたらく
キャリアマネジメント など
《主な研究実績》
2005年 臨地実習フィールドと大学の連携システムの構築(共同研究)/ 訪問看護ステーションにおける災害対策マニュアル作成の取り組み(共同研究)/ 地域で生活する障害児・者の自律を支援する看護プログラムの開発(共同研究)
2017年 「死に場所難民」到来に備えて在宅医療・在宅看取りの問題点を探る(共同研究)
2024年 コロナ禍における訪問看護師のmental/spiritual well-being(修士論文)