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テマヒマ

支度

2024.08.07 09:26

おはようございます。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食

に関する古書のセレクトショップ、お味噌や

発酵食品中心のカフェ、テマヒマ

プロデューサー、バイヤーの太田 準です。


飛騨高山にある「やわい屋」朝倉圭一さんに

よる「わからないままの民藝」やっと読了し

ました。別の本と平行して読んでいた上、総

ページ260というボリュームだったので時間

がかかってしまいました。


朝倉さんは年齢的には一回り下ですが、お店

を始めたのは2016年4月 1日とテマヒマより

2年半先輩。この本が出ると聞いた時、真っ先に朝倉さんにご連絡して出版社に繋いで頂き

お取り扱いに至りました。


民藝「を」語る部分もありますが、どちらか

と言えば民藝「で」語るところが大きく、テマヒマは民藝と発酵を「モノサシ」にと言っ

てるだけあって共感するところも多かったです。


第二章の飛騨高山と観光と民藝運動は、飛騨

高山に居を構えてるからこその視点と語りで

すが、飛騨の民藝運動の中心人物である日下

部礼一氏(高山市長、飛騨民藝協会設立、飛騨

産業社長など)が観光と産業振興に力を入れつ

つも、「俗化」することを嫌ったというのは

時を経て「ローカル」ということがよく言わ

れるものの(例えば東京のデザイン会社や広告

代理店が入ったりして)どこも似たり寄ったり

になってしまうというのに対して示唆的であ

る気がします。


やはり第三章の、工藝品「やわい屋」の物語

が思索とともにご自身の実体験を多く含んで

いるからか一番引き込まれましたし、実は最

初にここから読み始めました。


やわい屋のやわいは飛騨の言葉で「支度」だ

そうです。今さらながらに知りました。。。

日常は支度と仕舞いの繰り返しだ。(略)
そもそも人生そのものが、受けとったバトンを次の誰かに手渡すための準備であるとも言える。

元々誰かに何かを伝えることを意識する僕ですが、次の誰かへのバトン、という意識を持

つようになったのは50を越え、人生の後半を

感じるようになってから。日常は支度と仕舞

いの繰り返し、確かにそうですね。支度も仕

舞いもあまり上手じゃないけど。。


やわいには、「備える」という意味を込めて

使っていると仰っていて、

「備え」は同時に「供え」でもあった。生活に関わるほぼ全てのものが自然からの恵みであり、(略)食物も信仰も社会システムもすべては土地の条件に由来していた。

第一章の民藝の百年を遡る、の中でも発酵と

祈りの国という項がありましたが、備える為

の発酵食品、その発酵の現象に対して、科学

的なことが分からない時代であれば、きっと

神秘的なもの、信仰的なものを感じていたの

は間違い無いですし、暮らしと祈りは不可分

だったのだろうと思います。備え=供えとい

うのはなるほどだなぁと思います。


タイトルにあるように、この本を読めば、民藝というものが分かるというものではありま

せん。わからないまま、それがいいんじゃな

!とみうらじゅんさんならきっと言いそう

ですが、答えを出そうとせずに読みたい、そ

したまた読み返したくなる一冊です。民藝に

ご興味ある方もそうで無い方もよろしければ


思えば、朝倉さんとは折りに触れてやりとり

はあったものの、2018年4月にやわい屋さん

にお邪魔してから6年以上お会いして無いこと

に気付き愕然としました。でもきっといつか

どこかでまたお会いすることと思います。そ

の日が来るのを楽しみにしてます。


昨日今日と定休日でしたが、明日からの「沖縄で学んだ作り手の今」特集の準備いや支度

をしていました。なかなか楽しい売場が出来

たと思います。明日8/8(木)11時オープンで

皆様のお越しをお待ちしております。

それでは明日も好いモノ、好いコト、好いト

キをテマヒマで。

今日もお疲れ様でした!好い夜をお過ごし下さい。


全然関係無いのですが、やわいという言葉と

語感は似ていて、でも全く違う「あわい」と

いう言葉が今気になっています。漢字で書く

と「間」かな。お恥ずかしながら知ったのは

結構最近のことですけど。