小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第二章 深淵 14
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第二章 深淵 14
「協力といっても何を」
ハリフの言葉に、最も驚いたのは、荒川であった。孤立無援で中国に行かなければならないと思っていたが、まずは安斎のおかげで中国の共産党の内部の情報が入ってきた。安斎自身も中国に行くという。もちろん安斎は危険なことなどはしないし、そもそも父親が警察関係であるということから、当然に中国政府は目をつけているであろう。つまり、安斎はあまり使えないし、一緒に行動することもできないということだ。
中国というのは、すべてが監視社会になっている。監視カメラだけではなく、街の中に普通に中国共産党のスパイや官憲が見張っている。すべての企業の中に共産党員があり、組合を作るような表立った行動をしなくても、必ず監視の目がある。ホテルには、中国の場合法律で登庁することが義務付けられており、場合によってはカメラも多数配置されていて、プライバシーなどは全くない。そのような状態で、警察と関係する安斎と行動を共にするのは難しい。連絡方法は、何か決めなければならない。
そのほかにも荒川の個人的な友人もいるが、さすがに友人を巻き込むわけにもいかないし、また、中国人の友人たちは、実際にどこまで共産党と敵対することを望むかわからない。実際に、いざとなったら裏切られてしまう例はたくさんある。要するに、中国と敵対しているときに、中国人を信用することはできないということになる。もちろん、そんなことは、相手が中国でなくても同じであり、金のために一時的に裏切ったり、何かあったりするが、しかし、家族や親族が母国にいれば、当然にそちらに流されてしまうものであろう。
そのように考えれば、このハリフという男も信じられるものではない。今は日本にいて、今田陽子につられてここにいるから協力を申し出ているかもしれないが、基本的には、中国人であることには変わりがないのである。
「共産党を倒します」
「本当に」
荒川は、簡単に共産党を倒すなどという人を信用できるとは思っていなかった。
「すでに戦いっています。東トルキスタンは、もともとは独立国でしたが、毛沢東が騙して国をつぶしてしまいました。我々は独立したいと願っています」
「なるほど。それならば……。」
それならば協力させられるのは日本の方ではないか、と言いたかったが、途中で言葉を飲み込んだ。さすがに今田のメンツもあるし、またいたずらに敵を作る必要もない。
「荒川君は、かなり用心深いので、ハリフさんは気になさらないようにね」
「はい、疑われて当然です。中国共産党は、いたるところにスパイがいます。私も荒川さんを完全に信用できるとも思っていません。しかし、私たちは独立のために一人でも多くの力が必要です。共産党は強いし、大きい。だから、私たちは多くの見方が必要なのです。」
「ハリフさん、信用できない場合、相手とはどのように付き合うのですか」
荒川はハリフに聞いた。
「私たちに味方するという人はすくん悪ありません。しかし、その中には、当然に共産党のスパイも少なくありません。もっともよく戦う人、そして、最も優秀な人がスパイであることの方が多いです。」
「そういう事か。確かにそうだな」
荒川も頼んだ水割りに口をつけた。
「その場合は、スパイを観察します。スパイというのははじめのうちは、信用してもらいたいので、様々な働きをします。しかし、だいたいの場合、我々も持っていない情報をもっていて、かなり手際よく仕事をするのです」
「なるほど、確かにそういうものかもしれない」
今田陽子は、ハリフと荒川の間に挟まった形であるが、それで、何かわかっているかのように何となく笑っている。
「優秀な人材は、ある意味で危ない可能性があります。日本の場合は、そのようなことを心配しなくてよいかもしれません。しかし、日本にも共産党のスパイはたくさんいます。日本人の中にも共産党のスパイはたくさんいます。荒川さん、あなたもスパイかもしれない。私そう思っています」
「今田官房参与の紹介であるにもかかわらずか」
「はい、優秀なスパイならば日本の政府を騙すことくらいは簡単です」
なるほどなと、荒川は思った。
「さて、荒川君、そういうことで、ウイグルの皆さんに協力を仰いではいかがかしら」
今田は、話がひと段落ついたところで口をはさんだ。少し飲んだのか、頬が少し赤くなっている。
「そうですね。しかし、今のハリフさんの話であれば、そのウイグルの中にも中国共産党のスパイがいるという事でしょう」
「ハリフさんどうなの」
「はい、その通りです。どこにいるかわかりません。しかし、そのスパイもうまく使わなければ、前に進めません。仲間を信じることは重要ですが、信じすぎないということも重要なのです」
確かにその通りだ。
「で、どうしたらよい」
「北京についたら、ルフトハンザホテルのロビーで会いましょう。必ず私の仲間がいるようにします。その場で、そのものが私に電話をして、その電話で我々の仲間であることを確認しましょう」
「簡単な見分けはできんないのか」
「簡単に見分けるのはこれです」
ハリフは左の袖をまくった。左の手首の内側に、番号が入れ墨してある。
「ここに12からスタートする入れ墨はすべてウイグルの政治収容所のものです」
「政治収容所」
「荒川君は知らないかも。ウイグルの人は共産主義に染まるように政治収容上に入れられて、拷問を受ける。その拷問を受けて思想を強制され共産党に服従させられる。そのうえこのように番号を入れ墨されるのです。」
「ではこの数字があるのは、信用できるウイグル人という事でしょうか」
「必ずしもそうではないです。」
ハリフが口をはさんだ。
「漢民族が共産党の命令でウイグルに侵入して、技とウイグルの政治収容所に入ってきてウイグル人のふりをするのです。そのようにすれば、ウイグルの中にウイグル人に信用されるスパイが出来上がります。」
「なるほど」
「それだけではなく、拷問に耐え切れずに、共産党のスパイになってしまうウイグル人もいるのです」
「ウイグル人の中に裏切り者が」
荒川にとっては、聞いてはいたが、ハリフから聞くと、より信ぴょう性が増す。ある意味で都市伝説が本当であったというような感じになるのである。
「拷問に耐え切れないというのはなんとなくわかるわ」
今田がそういうことを言い始めた。
「それらはどうやって見分けるのだ」
「私にもわかりません」
ハリフは、そういって笑った。