かすたどんの謎 Vol.2
この横丁にはお菓子づくりへの
思いがぎっしりとつまっている。
菓々子横丁は店舗というより、
昔懐かしい路地の空気でいっぱいだ。
入り口付近をウロウロ。
私はここよ、と囁かれたように視線を移すと、いたいた。
かすたどん。
木製のばんじゅうに
上品な包装で一個ずつ並んでいる。
お好きなだけどうぞ、といわれているようだ。
もちろん進物用に箱買いもできるけれど、
食べきれる分だけ買ってもらいたい、
味が落ちるまで残ることがないように、
そんなお店側の心遣いも見て取れる。
そっとつかみ上げるとふわりとした感触。
その手がもう喜んでいる。
なぜ「どん」とつけたのか
この菓々子横丁やかすたどんの生みの親、
薩摩蒸氣屋・社長の山口学さんにお会いできた。
もともと鹿児島を代表する銘菓・かるかんなどを
手がけてきた山口さんは、
和菓子職人の道を歩んで60年になるのだそう。
さっそく、ストレートに聞いてみた。
なぜ、お菓子に「どん」とつけたのでしょう?
「実は、昭和の終わり頃は、かるかんの売れ行きがひどく落ち込んだんです。
洋菓子の方が売れるようになったこともあってね。
県内でも廃業する菓子屋もでてきた。
なんとしても、かるかんをしのぐ新しい銘菓をつくりたかった。
子どもから、歯のないお年寄りまで食べられるお菓子をね。
どうせつくるなら〝殿様〟をつくろう。
それで『どん』とつけたんです。
『どん』は、いちばん尊敬され親しまれるものにつけますからね」。
高級すぎず、素朴すぎず、たくさんの人に食べてもらえる。
それが山口さんのめざした、
かすたどんの山頂だった。
カスタードの「かすた」と鹿児島っぽい「どん」を
組み合わせただけのネーミングなのかな、
正直そう思っていた自分をちょっぴり恥じた。
たくさんの目
一徹な職人の雰囲気もある山口さん。
お話をうかがう間、横丁に入ってくるお客さんに、
さりげなく目礼する姿が印象的だ。
85歳になるというが、そうは見えない。
「若くないですよ。ホントは99歳」と
冗談を交えるときの笑顔がやっぱり若い。
語られるのは大好きな花や旅や歴史の話から経済・政治の話題まで、
たくさんの目がついているのかと思うほど幅広い。
そこには胸を刺すようなリアリティーがあり、
思わず吹き出してしまうような開けっぴろげなユーモアもあった。
ぜひ一度、かすたどんの製造現場を見てみたい。
その思いを山口さんに伝えると、
熱意が通じてか一般の人はめったに入れないという
工場見学を快諾してくださった。
「まずはこの横丁を味わってみてください。
お菓子は、歴史と、文化と、自然の美でできている。
それが少しでもわかるといいです」。
横丁内の光は穏やかで、
屋根裏のような二階への階段を上る足音は、
縁側の床のきしみのように耳に心地よい。
落ち着いた空間で人々は好きなお菓子を選んだり、
食べたりして和んでいる。
自分も木の長椅子に腰掛け、かすたどんを頬張った。
やっぱり、うまい。
その秘密を探るための工場見学ができるのだーそう思うと、
少しずつ胸が高鳴ってきた。
菓々子横丁
〒892-0842 鹿児島市東千石町13-14
Tel.099-222-0648
営業時間 [1F] 8:30~21:00 [2F茶房] 10:00~18:30