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いろはうたう

渡り鳥ノスタルジア

2024.08.21 10:00

 会社の窓から見える田んぼにデカい鳥が仁王立ちしている。

 ベテラン社員の出口さんが「やあ、珍しい。アオサギが来てるじゃないか」と言った。

 なるほど、あの鳥はアオサギというのか。それにしても動かない。あまりにも微動だにしないので、ちっちゃいハシビロコウかと思った。


「それにしても動きませんね」

 と僕の見たまんまの感想にも出口さんは嫌な顔一つすることなく、

「この辺りはね、うちの会社ができるまでは一面の田んぼが広がっていて、野鳥がよく飛んで来ていたんだ。その名残か今でもたまに珍しい野鳥が見られるんだよ。あのアオサギも昔の消しウキを懐かしんで立ち寄ったんじゃないかなあ」としみじみ出口さん。

 僕は、そんなことあるのかなあと疑わしく思ったのだけれど、わざわざ口には出さないでおいた。それくらいの分別はあるのだ。


 そのうちアオサギがこっちを向いた。鋭いくちばしにぎょろりとした目玉をしていて、なんだか怒っているようにも見えた。僕が思わず緊張して体を堅くしていると、出口さんは「いや、あれは睨んでるんじゃないんだよ」と教えてくれた。

「ほんとうはああやって動かないでいるのがいちばんエネルギーを使わないで済むんだよ。人間でいうなら寝て暮らすのが一番楽みたいな話でさ」

 僕はなんだか気が抜けて、へえそうなんですかあと間抜けな声を出してしまったのだけれども出口さんは気を悪くするふうもなく、むしろ親しみを込めた感じで、

「まあ世の中には飛び回ってないと落ち着かないって性分の鳥もいるからねえ」と教えてくれた。この人、奥さんが怒っていても、こんなふうに流してそうだな。


 出口さんが立ち去った後、僕はアオサギをじっくり観察した。直立不動のアオサギはよく見るとわずかに羽が動いているのがわかった。それがなかったら作り物のようにぴくりともしないので、きっとほんとうに彫像なんじゃないかと勘違いしていただろう。

 何分かに一度首をひねって遠くの方を見やり、それから思い出したように瞬きをする。それだけだった。本当にそれだけなのだけれども見ているとなんだか飽きなかった。

 いったいどこから飛んできたんだろう。海の方からだろうか。それとも山の方から? いずれにせよ空から来たのだろうけれど、と思ったところで、僕はそれ以上想像を働かせることができなくなって首を振った。アオサギはそんな僕の気持ちを見透かしたように、じっと大きな目玉でこちらを見据えてきた。


 この会社の窓から見える景色は、都心からそれほど離れていない場所であるにもかかわらず、けっこう緑が多い。家々のあいだに畑が点在していたりして、とてものどかな雰囲気だ。もっともそれも勤めはじめて間もないころまでしか知らなかったことだけれども。

 地方都市の風景というのは、だいたいどこも変わらないものなんだな。それが僕がここに住んでみて抱いた感想である。進学を機に実家を出てもう十五年以上になるけれども、それでもたまに故郷が懐かしくなることがあって、そんなときにはふっと郷里の景色が胸に浮かんでくるのだけれども、それは会社のあるこの辺りとそう変わり映えしないのだ。


 窓の外から見える田んぼは青々としていて、稲穂は垂れるほど実っていない。その向こうに鉄塔が立ち並んでいて空が四角く切り取られている。僕はそんな景色を写真に撮って、実家の母親に写メールを送った。

 母親は鉄塔がそんなに好きではないので(都市部はとにかく高い建物が多いし、そのうえ空はいつも霞んでいるのでうんざりするらしい)僕の撮った鉄塔の写真を見て、「やだねえ」と率直な感想を返してきた。それでも一応僕が元気でやっていることはわかってくれたようで、「体に気を付けてね」という返信があった。