愛と哀しみの傑作(マスターピース)オペラ「ポーギーとベス」
ジョージ・ガーシュウィン
オペラ「ポーギーとベス」
ポピュラー、クラシック、二つの世界でアメリカを代表する作曲家となったジョージ・ガーシュウィン。1926年10月、ガーシュウィンは南部の黒人の世界を描いた小説「ポーギー」と出会い、オペラ化を思い立ちます。不実な女を一途に愛する報われない男の物語です。彼は原作者エドワード・ヘイワードへの手紙に書いています。「『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の美と『カルメン』のドラマとロマンを合体したオペラを作りたい」と。
構想から9年後の1935年10月10日、ガーシュウィンの本格的オペラ「ポーギーとベス」はブロードウェイのアルヴィン劇場で正式に初演されます。当時、黒人キャストのみの公演は、メトロポリタン歌劇場では上演不可能でした。作品はジャズ、ブルース、ゴスペルといった黒人音楽を大胆に取り入れた画期的なもので、彼はフォークオペラと名付けています。評判は上々で、124回の連続上演となり、翌年1936年にはフィラデルフィア、ピッツバーグ、シカゴ、ワシントンを巡業しました。
しかし、評論家の意見は芳しくありませんでした。「彼は真面目な作曲家になるための必要なことを学ばなかった」。「気はきいているが、そこから先がない」。「ある時はオペラ、ある時はオペレッタ、あるいはブロードウェイのショーになる」などなど。批判的な評論があふれる中、友人がガーシュウィンを慰めます。「『カルメン』は当初ひどい評価しか受けなかった。でも、その後どうなったかを知っているでしょ」。この言葉はガーシュウィンを元気づけました。しかし、「カルメン」を作曲したビゼーがその後どうなったかは話しませんでした。ビゼーは初演から3か月後、「カルメン」の成功を見ることなく、36歳の若さで亡くなったのです。
巡業が終わって一年余の1937年7月11日、ガーシュウィンは38歳の若さでこの世を去ります。脳腫瘍でした。現在では「ポーギーとベス」はアメリカ・オペラの金字塔として評価されています。
ジョージ・ガーシュウィン George Gershwin(1898〜1937)
アメリカの作曲家。アメリカ音楽を創ったといわれる国民的音楽家。代表作は「スワニー」、「アイ・ガット・リズム」などポピュラーソングや管弦楽曲の「ラプソディー・イン・ブルー」、「パリのアメリカ人」など。オペラ「ポーギーとベス」の挿入歌「サマータイム」はポピュラーソングとしても人気。
イラスト:遠藤裕喜奈