文民統制
岸田自民党総裁は、「緊急事態条項と併せて、自衛隊明記も国民の判断をいただくことが重要だ」と述べたそうだ。総論は賛成だ。
この自衛隊明記に関連して、英国の常備軍について少しお話しようと思う。
このブログでも触れたことがあるが、もともと英国には常備軍がなかった。戦争があると徴集され戦争が終わると解散する軍隊と、地方ごとの民兵から成り立っており、いずれも州長官(治安判事)などの地方の有力者が組織・運営を担当していた。
ところが、1645年、クロムウェルがピューリタン革命(「革命」ではなく、「内乱」と捉えるのが正しいが、ここでは議論しない。)を確たるものにせんと1万2千人の常備軍を創設し、軍事独裁体制を敷いた結果、国王チャールズ1世は処刑されるわ、貴族院(上院)は廃止されるわ、カトリック信者が住むアイルランドを征服し、残虐の限りを尽くして略奪するなどしたため、常備軍に対する強烈な拒否感・嫌悪感が生まれた。
そのため、1660年の王政復古によりこの常備軍は、いったん解散させられた。
ただし、1661年のthe Mihtia Act民兵団法 は、民兵団及び海陸のすべての軍隊の command統帥・disposition編成、つまりsole supreme government唯一の最 高指揮権が国王の 権限である、と宣言した。
そして、この国王大権(現在では議会に責任を負う大臣によって行
使される)は、当該法律がすでに
廃止されてしまっている現代においても、裁判所において確認されている。つまり、以前述べたように、英国軍は、国王(女王)陛下の軍隊なのだ。
さて、王政復古を果たした国王は、たびたび常備軍を創設しようとして議会と対立し、その都度議会により阻止された。
しかし、国王ジェームズ2世は、議会の同意なく平時において常備軍を募り、維持し、法に反して兵士の宿営を行なった。
そこで、Glorious Revolution「名誉革命(偉大なる革命)」により、ジェームズ2世は追放され、オレンジ公ウィリアム3世が国王に即位し、1689年12月、Bill of Rights権利章典と呼ばれるAn Act Declaring the Rights and Liberties of the Subject and Settling the Succession of the Crown.「臣民の権利と自由を宣言し,王位の継承を定めるための法」が発布された。
この権利章典は、過去の遺物ではなく、不文憲法の内容を構成するものとして現在も効力を有することに留意する必要がある。
※ 権利章典は、友清理士氏の訳による。
まず、この権利章典は、「(その父祖たちが同様な場合に通例なしたように)古来からの権利と自由を擁護し,主張するために宣言」されたものだ。
人間が動物扱いされないというだけの低級な「人権」ではなく、良き古き法(慣習法)に基づいて父祖から子孫へと継承されてきた「古来からの権利と自由」という高級な「臣民権」であることに留意する必要がある。
国王には国王の特権が、貴族には貴族の特権が、ギルドにはギルドの特権が、農奴にすら家族がバラバラで売られないという特権がある。あらゆる人々が特権をもっていて、親から子へと相続された。
これら良き古き法(慣習法)により守られた特権(国民権)のうち、国王の特権を除いた臣民の特権を「臣民権」と呼ぶわけだ。
次に、権利章典には、「六.議会の同意なくして王国内に平時に常備軍を募り,維持することは違法である」と明記され、原則として常備軍が禁止された。「臣民権」を擁護するためだ。
権利章典と同じ年に制定されたthe Mutiny Act反乱法でも、国軍は議会の承認に基づくことが明記された。
このように、「臣民権」を擁護するため、原則として常備軍が禁止され、軍隊は、議会の制定法に基づくものと位置付けられたことにより、国王大権は、議会のコントロール下に置かれたのだが、これは同時に、議会の合意形成に時間を要するため、軍事的空白状態(無防備状態)をもたらすおそれがあり、フランスなどの外国からの侵略に対する英国の安全保障を脅やかすものでもあった。
そこで、議会は、常備軍の創設に同意する代わりに、常備軍を1年間に限って存続するものとし、毎年、反乱法を制定する形で同意を与えて、「臣民権」と国防との調整を図った。
現代においては、1955年the Army Act陸軍法、1955年the Air Force(Constitution)Act空軍法、1957年the Naval Disciphne Act海軍統 制法に基づいて、陸・海・空軍が設置されている。これらの法律は、5年ごとに制定される軍隊法に依存している。
つまり、現代の英国軍は、常備軍だが、存続期間は5年で、5年ごとに軍隊法を制定するという形の議会の同意が必要なのだ。
英国は、国連安保理の常任理事国であり、2024年Global Firepowerの世界国別軍事力ランキング第6位の軍事大国なのだが、実は英国軍は、1689年の権利章典の「議会の同意なくして王国内に平時に常備軍を募り,維持することは違法である」という法的拘束を受け続けているのだ。
我が国と英国は、国の成り立ちや歴史・国柄が異なるので、軍事に関して一概に英国を見習えとは言えないけれども、自民党憲法改正草案第9条の2第2項の「国 防 軍 は 、 前 項 の 規 定 に よ る 任 務 を 遂 行 す る 際 は 、 法 律 の 定 め る と こ ろ に よ り 、 国 会 の 承 認 そ の 他 の 統 制 に 服 す る 。」という規定は、英国と比べると、曖昧ではないかと思うのだが、如何であろうか。
憲法第9条を改正すると言うと、気が狂わんばかりに猛反対する連中がいるが、世界の厳しい軍事情勢を踏まえて、如何にcivilian control of the military文民統制を有効に機能させつつ、国を守るかという地に足をつけた現実的な議論を国会でしてほしいものだ。