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白い蓮の花の教え

2024.08.10 11:43

https://naginote.atelier-nagino.com/archives/1718 【白い蓮の花の教え】より

鎌倉行ってきました。今年は梅雨が長くって、7月はずっと雨ばかり。そんな中、希少な晴れ間が!県内・近場・人少ないの三拍子で鎌倉、鶴岡八幡宮へ。ナギノートは東京のサイトですが、アトリエは在神奈川なのです。

お手水も感染症対策で、竹からチョロチョロのお水で。

以前のお手水は青葉を浮かべて使用禁止に。この対応、風流だなぁ。

広がる源平池の蓮。花に間に合いました。ここの池は、源氏と平氏の色にちなんで、紅白の蓮が分けて栽培されているのですが、圧倒的に写真撮ってる人が多いのは紅のピンクの蓮。白はあまり人がいません。…源氏が白なんだけどな;

白い蓮といえば、賢治さんがハマっていた法華経のお題目「南無妙法蓮華経」、「白い蓮の花の教え」っていう意味なんですよ。ホウレンソウは関係ないよ。

原語のサンスクリット語で「ナム(=南無)・サッダルマ(=妙法)・プンダリーカ(=蓮華)・スートラ(=経)」。「プンダリーカ」が白い蓮の花のことなのです。

泥の中から出てきて、泥に染まらず白く輝いているのが教えを象徴しているのだそうですが、初めてその意味を知った時に「へぇ!」って感動したんですよね。他宗派は、誰かに依存するような印象を受ける表現なのに、法華経は花なんだ!と。

お寺の装飾の蓮は金色キンキラリンですが、強い日差しの中で本物の蓮も輝いてますよ~!


Facebook斉藤 一治さん投稿記事  南無妙法蓮華経

浄土宗では阿弥陀仏に南無を付けて南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と称えています。

時宗では南無阿弥陀仏(なもあみだぶ)と唱えますと往生できるという。

日蓮宗では南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)と唱えます。

南無とは南がなく北だけです。北は前向きポジティブです。

『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』(梵: सद्धर्मपुण्डरीक सूत्र, Saddharma Puṇḍarīka Sūtra「正しい教えである白い蓮の花の経典」)を羅什が中国語に訳したのが「 妙法蓮華経 」です。

「 法 」は「仏」であり「 仏のはたらき 」です。

この上もなく尊いので「 妙 」と形容しています。

「 蓮華 」とは蓮の花であり、インドでは、この世では最も美しいものとされています。

人間は俗世( 泥 )の中で生活をしながらでも、それに染まることなく美しい生活、自由自在な生活ができます。

「 経 」とは縦糸で、尊い仏の教えを一筋の系統にまとめたものです。

これらをまとめますと「 妙法蓮華経 」とは、

人間が現世に生活しながら、迷いに囚われない美しい生活ができることを説いた、この上もなく尊い教えです。

斉藤家は宗派仏教では曹洞宗ですが斉藤は、お釈迦様の教え生活哲学を実践しようと精進しています。「 南無妙法蓮華経 」と唱えます。


Facebook池谷  啓さん投稿記事

日本で有名なお経は『般若心経」と『法華経』だ。『般若心経』は、短くて読誦しやすい。写経されるお経の代表格だ。

『法華経』は、いわば日本仏教の基礎となっている。比叡山において密教と融合して本覚法門(凡夫はもともと悟っている)の土壌を形成した。

鎌倉時代の祖師たち(法然、親鸞、日蓮、栄西、道元など)も、そこから生まれた。

戦後の新興宗教(霊友会、立正佼成会、創価学会など)も、『法華経』の教えを実践の基軸においている。

このように日本の文化に大きく影響を与えたのが『法華経』といえる。

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ここで、『法華経』の内容を説明しようというとき、ややこしい。

たとえば『法華経』のなかに『法華経』が出てくる。『法華経』のなかで、『法華経』を褒め讃えている。どういうことか。

文字として伝えられた『法華経』とは別に、文字に伝えられない『法華経』があるともいえる。

釈迦の生まれる以前に、『法華経』は説かれてきた。異次元の数多の仏菩薩によって『法華経』が説かれてきた。そう『法華経』に書かれている。

すなわち『法華経』は、たくさんあることになる。

大きくいうと『法華経』は2つ。

1)現実世界の『法華経』

2)現実世界を超えた『法華経』

現実世界の『法華経』は、釈迦によって説かれたとされる『妙法蓮華経』(1部8巻28品:『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』)。

現実世界を超えた『法華経』は、文字によって表されない天文学的で膨大な量の教え。

いかに膨大な教えか。たとえば、「日月燈明仏」が説いた。この仏は二万仏もいたという。妙光菩薩が説いた。大通智勝仏が説いた。その息子の十六王子が説いた。阿私仙人(釈迦の過去世の師匠)が説いた。威音王仏が説いた。不軽菩薩が説いた。

そのように『法華経』に説かれているのだ。

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それらは別々の教えなのかというと、どうもそうじゃないらしい。

そんなにたくさんの『法華経』があっても、それらはすべて「無量義・教菩薩法・仏所護念」と表現される。計り知れない深い意味があり、悟りを求める者のために説かれ、仏が守護している教えという。

では、そんなにありがたい『法華経』とは、いったいどういう教えなのか。どこがどうすごいのか。これが、いくら読み込んでも、どうにもわかりにくい。

そのあたりを詳しく論じようと思うけれど、えらく長くなるので、また別の機会に。

まとめると、

①『法華経』は日本文化に大きな影響を与えてきた。

②鎌倉仏教の祖師たちは、『法華経』を学んだ。

③新興宗教の多くは『法華経』をたいせつにしている。

④『法華経』には現実世界の『法華経』と現実世界を越えた『法華経』がある。

⑤それらはすべて、仏によって守られている。

俳句つづけている。今日一日というテーマでひねってみた。

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けふ一日 なるにまかせよ 白蓮華

けふ一日 浮力にまかせ 生きてゆこ

けふがまだ 明るいうちに 旅支度

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白蓮華は、夏の季語だろうけど、お経のサッダルマ・プンダリーカ・スートラ(妙法蓮華経=白い蓮の話の教え)からの連想。

浮力に任せきれず。重たくしずみそうだけど。

三つ目は、終活みたいな句になってしまった。足元の明るいうちに、やっておかなくちゃいけないこと、たくさんありすぎ……。