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Nozomi Matsuda

【小説】過去の僕から届いた手紙

2019.01.01 14:17

拝啓

ゆっくりと瞼を開けると、心地よく揺れる列車の中にいた。向かい合わせの四人席の向かいには、いつから座っていたのか幼い少女とその祖母のような女性が、互いの手を握って眠っている姿があった。

窓の桟にある、ちょっとした小物を置ける幅の狭いテーブルに肘をついて寝ていた僕は、ふと窓の外に目をやった。

工事中の建物、公園で走り回る子供達、灰色の電柱、青々とした葉をつけている常緑の街路樹が次々に現れては消えていく。

そんな、平凡な景色をぼんやり見ていると、向かいの席に座って眠っていた少女が目を覚まし声を発した。

「おにいちゃん、おはよ。」幼い少女が、見知らぬ僕に、そう声をかけた。

「お、おはよう。」突然のことで、つい返事をしてしまった。

昔から、人見知りで他人と会話することも、挨拶をすることもできなかった。

二十四歳になった今も、人見知りは治っていなくて、今日もアルバイトをクビになった。

自分自身のコンプレックスを克服したくて、二年前に九州の大分県から上京してきた。

二年たった今も、克服できていない。

僕自身が少女の挨拶に、返事をしたことは僕自身が一番驚いていた。

「おにいちゃんは、どこへゆくの?」と慣れない言葉を使ったのだろう。僕は、慣れない笑顔で「よこはまだよ。」と答えると少女は首を傾げながら「よこはまぁ?」と言った。

僕はスマートフォンを取り出し、写真を見せながら話した。

「よこはまっていうのは、こーんな大きな海があって、大きな観覧車があるいいところだよ。」僕の手は震えていた。

少女を目の前にしても、人見知りの僕は緊張して手が震えた。

子供に説明するならもっとわかりやすい説明があったのかもしれないが、僕にはこれが精一杯だった。

後悔していると少女が話しだした。

「かのんはね、お兄ちゃんのところにいくの。」少女は、息を大きく吸いながら、ハキハキと言う。羨ましかった。

「そうなんだ。お兄ちゃんのことは好き?」とつい、変なことを聞いてしまった。

しかし、少女は、満面の笑みで「うん!」と答えた後続けた。

「はるにいは、かっこよくて、やさしくて、かのんといつもあそんでくれて、つよくて…よわい。」最後の単語だけ、小さな声でつぶやくように言った。

僕は、幼い少女に矛盾があることに違和感を覚えた。

「強いのに、弱いの?」と尋ねた。

「うん。つよいけどよわいの。はるにいは、おけがしてにういんしてるの。」と答えた。

僕は、かける言葉を失ってしまった。

「お、お兄ちゃんは、入院しているんだね。怪我しちゃったのか。怪我は治るよきっと。」幼い少女に希望を持たせる言葉を放ってしまったのだが、不安が頭をよぎった。

もし、絶対に治らない怪我だったらどうしようと。焦りを隠せなかった僕は、指先で下唇を触りながら、窓の外に目をやった。

窓の外は、高い建物が立ち並ぶ「都会」に姿を変えていた。

二年前はまだ、大分にいたっけ。海沿いの日当たりが良い高台に住んでいた頃の話だ。

潮風が気持ちのいい自室のベランダで、白波を立てて砂浜に打ち上げている波を見るのが好きだった。

平凡で、のんびり過ごせる自分の空間。

しかし、僕のコンプレックスはこのままでは克服できないと気づき、上京を決意した。

僕が高校生の時、大好きな漁師の父は、台風が直撃している豪雨のなか、船が心配だからと家を出て言った父の背中を見送ってしまったのが最後だった。

父と再会したのは、冷たくなった父だった。

母は、父の死を受け入れられず、自ら父の亡くなった海へと入り、亡くなった。

ふと、そんなことを思いながら流れ行く窓に描かれる景色を見ていた。

少女も同じように窓の外を見ていた。

幅の狭いテーブルに顎を乗せて、静かに景色を見ていた。

すると、少女の隣に座っていた女性が目を覚ました。

「あ!おばあちゃん、おはよう!」少女は、嬉しそうに声をあげた。

「かのんは起きてたのかい?」ゆっくりとした口調で少女に尋ねた。

「うん!おにいちゃんとおはなししてたの!」と答えた。

「そうかい。おにいさん、すまんねぇ。うちのかのんが。お名前は?」と尋ねられたので、僕は焦って答えた。

「いえ、楽しかったですよ。」焦りを隠せなかった。

「あ、名前は、星川 大和(ほしかわ やまと)と言います。」スラスラ答えた。

「かのんね、おにいちゃんに、おにいちゃんのおはなししたの!」と伝えた。

「お兄さん、かのんはまだ四歳で受け答えもできない子ですが、人一倍感受性が強くて…。かのんには、お兄ちゃんの本当のことを知らないんです。」と恐れていたことを言われた。

「あ、あの…お兄さんって…。」僕は恐る恐る開けてはならないパンドラの箱を開けてしまった。

「かのんのお兄ちゃんは、十七歳の高校二年生です。バスケットボール部に所属していて、学校のエースとも呼ばれていたんです。でも、先日から体がうまく動かないと言い出したかと思ったら、何もないところで転ぶようになって、病院に行ったらしいんです。そしたら、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という、筋肉がだんだん衰えて、いづれは自分で呼吸することもできなくなる病気になってしまったんです。でも、かのんにはまだ伝えられないし、本人にもまだ…はるとは…お兄ちゃんは、治ると信じて、リハビリを続けています。今日は、家族全員が揃って、病気のことを本人やかのんにも伝えるために横浜の病院に向かう途中なんです。」と少しずつ少しずつうつむいていく女性の姿が、とても辛そうで苦しそうで。

少女は楽しそうに電車に乗っている。去りゆく街並みを指差しては笑いを繰り返している。

通路を挟んで隣の座席には、生まれて間もない赤ちゃんを抱きかかえ、時折顔を覗き込んで微笑んでいる。

その向かいには、ノートパソコンを膝の上に乗せ、キーボードを叩いている。

僕が乗っているのは横浜駅に向かう相鉄線。

横浜駅に着くと、少女と女性に別れを告げ、歩き出す。

黒の上着のポケットに手を入れ足を前に出す。

横浜駅からのんびりと歩きながら、赤レンガ倉庫へと向かう。

足取りはどんどん軽くなり、自分に自身がついた。

さっき話した少女のおかげで「話す」ということに自身がついたのかもしれない。

今まで話そうとしなかっただけで、話してしまえば、怖いものはないのかもしれない。

四歳の少女に、二十四年のコンプレックスを克服してもらった。

嬉しいような、恥ずかしいような。

それでも、二十四年の悩みをあっさり解決してしまった四歳の幼い少女は、素晴らしい能力を持っている。

コミュニケーションを取ること、それは相手を知ること、相手の気持ちを理解すること。

僕は今日、相鉄線でコンプレックスを克服し、コミュニケーションの取り方を学んだ。

二十四年の悩みでさえ、解決してしまうなんて思いもしなかった。

少女にも、女性にも、ノートパソコンのキーボードを叩いていた男性にも、赤ちゃんを抱いた女性にも、この相鉄線にも、流れて行った景色にも感謝。

今日も相鉄線は、乗客と乗客の気持ちを乗せ、安らぎと希望を車内に、沿線に振りまきながら海老名と横浜を行き来する。

ありがとう、相鉄線。

敬具

コンプレックスを克服できた未来の僕へ

過去の僕より 星川大和


この作品は、高校2年生の時「鉄道小説コンクール」のためだけに書き下ろした作品です。

相鉄線沿線を舞台に、ジャンルを問わずに募集のあったコンクールです。