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① 中国の脅威分析と日本の対中国基本戦略

2024.08.19 02:37

https://ippjapan.org/archives/1530 【中国の脅威分析と日本の対中国基本戦略】より

2019年6月27日 2020年7月31日 平和外交・安全保障

Ⅰ.はじめに

1.米中戦争時代の幕開け

(1)戦後米中関係の歩み

 アメリカと中国の関係は、“協調から対立”へと大きく変化した。その背景や問題の本質、そして対処方を論じる前に、まず第2次世界大戦以降の米中関係を概観したい。概ねそれは以下の3期に分けることができる。

 第1期:公然たる敵対関係の時代(共産中国の成立・朝鮮戦争~)

 第2期:米中和解と対ソ疑似同盟の時代(ニクソン訪中・米中国交正常化~ )

 第3期:冷戦後の「関与と拡大」の時代(ソ連の崩壊~ )

 現在:第1期から3期の時代を経て、現在、アメリカと中国の関係は再び対立の側面が強まり、協調から競争、さらに競争から敵対の段階へと様変わりの様相を見せている。いまや世界は、“米中戦争”という新たな時代に突入した。

公然たる敵対関係の時代

 中国共産党は、第2次世界大戦で連合国の一員であった中華民国との内戦に勝利して、1949年に中華人民共和国を建国した。その翌年には朝鮮戦争が勃発、中国は人民義勇軍としてこの戦争に参戦したため、以後、米中両国は公然たる敵対関係になった(公然たる敵対関係の時代)。

 しかし1960年代後半、ベトナム戦争の泥沼に陥ったアメリカのニクソン政権は、ベトナムからの“名誉ある撤退”の実現と、ソ連の軍備増強に歯止めをかけるため、当時、同じ社会主義国でありながらソ連と激しく敵対していた中国との関係改善に動いた。1972年にはニクソン大統領自ら現職の大統領として初めて中国を訪問、この電撃的な大統領の訪中が契機となり、米中の和解が実現した。中ソ対立を巧みに利用し、それまでの二極構造から米中ソのトライアングルな国際政治構造を作り出したことで、1970年代はデタントと呼ばれる緊張緩和の時代となった。

米中和解と疑似同盟の時代

 だが70年代も後半になると、中距離核戦力の増強や第三世界への進出を強めるなどソ連の脅威が再び増大するようになった。この事態に対処するため、カーター政権はソ連を牽制する目的で中国との関係を強化すべく(チャイナカードの活用)、1979年には中国と正式に国交を樹立した。以後、ソ連を共通の敵として米中両国は緊密に連携し、疑似同盟とも呼び得る関係へと発展していった。中国はこうした戦略環境を巧みに利用し、アメリカや日本などから経済や技術力等多大な支援を取り付けることに成功し、国家の近代化や経済の発展に邁進していく。

関与と拡大の時代

 1990年代に入りソ連が崩壊し冷戦が終焉すると、アメリカは一時期、日本の経済力に警戒感を高める。しかしバブルの崩壊で日本経済は失速し、対日脅威の意識は急速に低下、それと入れ替わるようにイスラム原理主義勢力のテロ攻撃がアメリカ最大の脅威となった。特に2001年の9.11事件以後、イスラム勢力との戦いは「対テロ戦争」と呼ばれ、南アジアや中東へのアメリカの軍事的関与は急速に拡大した。その間、アメリカは中国に対して「関与と拡大」の政策を採り、経済関係をさらに深めていった。

 アメリカや日本などが経済協力や資本の投下など経済的な関与を通じて中国を国際社会に取り込み、その発展を援助し続けていくことで、①中国に国際社会の重要なプレーヤーとしての自覚と責任を促し、国際ルールを受容遵守する「責任ある利害共有者(responsible stakeholder)」に育て上げる、②中国の民主自由化を実現することができると考えたためである。

 関与政策の前提には、西側諸国と同様、中国も経済が豊かになれば、自ずから政治の自由化や民主化が進むであろうとの強い期待感があった。天安門事件以降、持続的な経済発展を実現するため、中国が安定した国際関係の構築やアメリカはじめ主要国との良好な外交関係の維持に努めたこと、アメリカのビジネス界が中国との貿易・投資の拡大を求めたことも、比較的良好な米中関係が続いた要因であった。

(2)対中懸念の増大

 IS(イスラム国)が衰退し、イスラム過激派勢力の脅威が沈静化するに伴い、それと反比例して、アメリカの中国に対する警戒心が俄かに高まりを見せ始めた。国力が飛躍的に増大し大国としての地位を手に入れた中国が、「才能を隠して、内に力を蓄える」という鄧小平の遺訓である韜光養晦の戦略を捨て、覇権国家実現に向けて外交の舵を切り替えたからである。

 冷戦後、中国はロシアと連携し、米一極世界の阻止、牽制に動くようになった。それでもアメリカの資本や技術を最大限自国の発展に取り込む必要から、なお対米関係を最も重要な二国間関係と位置づけ、アメリカとの全面衝突は巧みに回避し続けてきた。だがその間、中国は一貫して軍事力の増強を続け、威圧的な手段で南シナ海や尖閣諸島等周辺地域への膨張政策を繰り返すようになった。また北朝鮮の核開発阻止に対する姿勢は曖昧で、中東問題でも、アメリカと対立するイランやシリア寄りの立場を変えようとしていない。2010年にGDPで日本を抜き去り世界第二位の経済大国となるなど、政治、軍事、経済のあらゆる面でアジアトップの座を掌中に収めたと判断した中国は、それまでの地域大国から世界大国への飛躍を目指し、より対等な関係をアメリカに対して求めるようになった。

 こうした中国の対外政策の変化が顕著となったのが、2013年の習近平政権の誕生である。習近平は国家主席就任直後の同年6月、次いで2015年9月にも訪米してオバマ大統領と首脳会談を行い、米中が「新型大国関係」を築くべきであると強調した。「新型大国関係」とは、米中が互いの核心的利益を尊重しつつ協力分野を増やし、個別の対立を両国関係の全体には影響させない趣旨だと、中国は説明する。しかし、真の狙いは大国中国の存在をアメリカに受け容れさせ、米中二国による世界支配の構想に同意を取り付けることにあった。

 オバマ政権はこうした中国の動きを警戒し、中東から太平洋に米軍をシフトさせる「リバランス」政策を打ち出したものの、実際には南シナ海での一方的な島嶼の占拠など中国の横暴な行動に対して正面から対峙する姿勢を見せることはなかった。アメリカにとって中国は最大の国債引き受け国であり、投資先でもある。それ故中国をアメリカの「対等なパートナー」(フレッド・バーグステン)と位置づけ、米中の経済協力関係維持を重視する立場がなお力を得ていたからである(G2・Chimerica論)(1)。

 しかし、中国国内では人権活動家や改革派への弾圧が強まり、また反腐敗闘争の名の下に次々と政敵を粛清し、習近平の専制独裁体制が進んだ。対外面においても、南シナ海で不法占拠を続ける島嶼の軍事基地化や防空識別圏の一方的な設定など、中国による覇権的な行動はエスカレートしている。さらに習近平国家主席は、中国がアメリカを凌ぎ世界一の覇権大国となることを国家目標として公言するようになった。しかもこの目標を達成するため、中国は米企業の最先端技術や知的財産、さらには国家機密を盗取するなど、手段を択ばぬ違法な手口によりアメリカの国益に重大な損害を与えている。そのような状況の中で、トランプ政権が誕生したのである。

(3)ペンス演説:米中戦争の幕開け宣言

トランプ政権の対中脅威認識

 トランプ大統領は、2016年の大統領選挙戦当時から米中間の貿易不均衡や元の切り上げ問題などを取り上げ中国を「為替操作国」と痛罵するなどその経済政策を厳しく批判した。政権発足後の2018年3月には、中国の鉄鋼やアルミニウム製品に関税を付加して輸入を規制。同年7~9月には、知的財産権の侵害等を理由に中国に対して3次にわたり制裁関税を課し、アメリカの中国からの輸入総額の約半分にあたる2500億ドルが対象とされた。

 当初トランプ大統領の中国に対する関心や発言が専ら経済問題に集中したことから、米中間の貿易不均衡が解消されれば両国の対立は改善に向かうとの誤解があった。しかし、それが浅薄な捉え方であることは、アメリカの支配層や政府全体の動きを眺めれば明らかである。例えば18年8月に成立した国防権限法は、中国について「軍の近代化や強引な投資を通じて、国際秩序を覆そうとしている」と指摘したうえで、国防費を過去9年間で最大とすることや外国の対米投資を安全保障の観点から制限すること、中国のリムパック(環太平洋合同軍事演習)への参加禁止、さらに台湾への武器供与を推進する方針などが盛り込まれた。

 注目すべきことは、この法案が議会超党派の圧倒的多数で可決されたことである。既に対中脅威問題はトランプ大統領の個人的な経済的関心の域を超えて、米支配層の共通認識となっている。政府も議会も中国の行動を深刻視し、もはや事態を黙認し続けることはできないと判断、経済に留まらず中国の行動全体がアメリカの安全保障に対する重大な脅威であり、習近平体制下の中国は“アメリカの主敵”であると結論付けたのである。

 トランプ政権の中国に対する対決姿勢を方向付けたのが、2017年12月に策定された「国家安全保障戦略」である。国家安全保障戦略は、中国の自由主義化をもたらすとの信念に基づきアメリカは関与政策を採ってきたが、「我々の希望に反し、中国は他の主権国家を犠牲にその力を広げてきた」と指摘、クリミア半島を編入したロシアと並んで、中国を南シナ海の軍事拠点化を進めるなど戦後国際秩序の変更を試みる「修正主義勢力」と規定した。また「アメリカは不正や違反行為、経済的侵略を、これ以上看過しない」と述べ、中国が巨額の価値を持つ知的財産権を盗み取っていることを非難、一連の中国の行動は政治、経済、軍事などあらゆる面でアメリカと戦略的に競合するもので、その脅威に勝ち抜くためアメリカはその国力を結集させる必要があると強調している。

 これを受け、翌年1月に公表された「国家防衛戦略」では、アメリカの備えるべき脅威が“対テロ戦争”から中露との“大国間競争”に回帰したと述べ、中でも最も警戒すべきはロシアではなく中国だと断定した。さらに経済的、軍事的台頭を続ける中国は、挙国一致の長期的戦略の下でそのパワーを拡大し続けており、インド太平洋地域の覇権を追求、アメリカに代わって将来におけるグローバルな卓越性(global preeminence)を獲得しようと目論んでいると指摘するなど、中国の脅威を強く打ち出している。

チャーチル元首相の「鉄のカーテン演説」を彷彿

 こうしたトランプ政権の対中脅威認識をより鮮明にさせたのが、マイク・ペンス副大統領が2018年10月4日にワシントンのハドソン研究所で行った対中政策に関する演説である。40分にわたる演説でペンス副大統領は、具体的なエピソードを交え中国を痛烈に非難した。ペンス副大統領の中国批判は、政治、経済から軍事、台湾や尖閣諸島、南シナ海など西太平洋の安全保障問題、中国の人権弾圧や“監視国家化の恐怖”まで実に多方面に及び、中国がアメリカの内政に干渉し、大統領を代えようとしているとまで痛罵した(2)。

 それまでも米政府関係者や議員らが様々な場面で中国の政策を個別に批判することはあった。しかし、極めて包括的な対中批判を、しかも副大統領という政権最高幹部が行うのは極めて異例な事態であった。1946年3月、英国のチャーチル前首相はミズーリ州フルトンで、「いまやバルト海のシュテッティンからアドリア海のトリエステまで欧州大陸を横切る鉄のカーテンが降ろされた」と演説し、米ソ冷戦の幕開けを宣した。ペンス演説は、この「鉄のカーテン」演説を彷彿させるもので、まさに来るべき「米中戦争」の幕明けを世界に告げるものとなった。

 ペンス演説が“米中戦争”時代の幕開け宣言とすれば、アメリカの中国敵視政策が本気であることを内外に知らしめたのが、18年12月のカナダによる中国通信機器大手ファーウェイ(華為技術)CFOの逮捕劇であった。カナダ司法省はアメリカの要請を受け、対イラン制裁に違反した容疑でファーウェイの孟晩舟・最高財務責任者(CFO)をバンクーバーで逮捕した。孟氏はファーウェイの取締役会副会長で、創業者任正非氏の娘である。これに先立ち同年4月、米商務省は、中国通信機器大手ZTE(中興通訊)がイランや北朝鮮に違法に通信機器を輸出したとして、同社への米企業による部品輸出などを7年間禁止する処分を発表、更に12億ドルの罰金を課した。ZTEの収益は大きく落ち込んだが、ファーウェイの売り上げ規模はZTEの5倍に上っており、CEO逮捕が中国に与えるダメージは遥かに大きいものがある。

 孟氏が逮捕された12月1日は、米中首脳会談の当日であり、この逮捕劇がアメリカの中国に対する圧力であることは明らかである。米当局は、2016年からファーウェイの内定捜査を続けていたが、中国を代表する国際企業の経営者の逮捕に踏み切ったことは、アメリカの中国に対する宣戦布告に他ならない。しかも、ファーウェイを槍玉に挙げたことは、経済摩擦を巡る米中の対立の中でも、ハイテク分野の争いが最も重大であることを物語っている。2019年は米中が国交を正常化させて40年目にあたるが、この節目の年に、米中両大国は全面的な対決の時代に突入したのである。

2.中国の戦略目標と三つの行動原理

(1)中国が描く「覇権大国」実現への道筋

 アメリカはそれまでのライバル、競争相手から敵対国へと中国に対する評価を改め、その行動を重大な脅威と認識するようになった。それでは中国がめざす国家目標とは何であろうか。端的にいえばそれは、国内では共産党一党独裁体制を引き続き堅持しつつ、対外的には台湾を併合するとともに、アメリカを凌ぐ世界最強の覇権大国になることである。中国が描く「覇権大国」実現への筋書きは、

第1段階:日本の追い落とし

 同盟関係にある日米の離反や日本の国際社会における評価や存在感の低下を画策、さらに、途上国等に対し日本を上回る莫大な経済援助やPKO派遣を実施し、“アジアの代表国”という日本のナショナルブランディングを消し去り、中国がそれにとって代わること

第2段階:アジアからアメリカを排除し、中国が主導権を握る

 習近平国家主席は2014年、上海で開いたアジア信頼醸成措置会議で、「アジアの安全保障はアジアの構成国で守らなければならない」という「アジアの安全保障観」を提唱し、中国がアジア、ユーラシアの国際秩序構築に主導権を発揮する決意を語っている。彼の本意は、その圧倒的な軍事・経済力を梃子にアジア諸国を服属させ、アジアからアメリカの影響力を削ぎ落とすとともに、台湾の併合を実現することである(3)

第3段階:アメリカに代わり中国が新たな覇権国家となる

 アヘン戦争以来の民族の汚辱を晴らすとともに世界最強の大国として君臨する

という、3段階のプロセスからなる。

(2)長期的な視点と発想のもとに行動

 この国家目標を実現するため中国は種々の戦略を講じているが、その行動原理には①長期性、②総合性、それに③非対称性という三つの特徴が伴っている。

 まず長期性であるが、共産党一党独裁の政治システムを採る中国の場合、民主主義諸国のように議会の動きや世論の動向、マスメディアの報道ぶり等に左右されることが少ない。このため政権は短期的な成果に一喜一憂する必要が無く、長期的な視点と発想の下に行動できる。その代表例が、鄧小平が語った「韜光養晦」である。未だ西欧諸国や日本に到底国力で叶わない中国が世界の大国となるまでには相当の時間がかかること、また野心があることを疑われれば必ず覇権国に潰されるという春秋戦国時代の史訓から、当分の間、忍耐強く辛抱し、自分たちを常に実力より低く見せ決して他国の脅威とならず、警戒感や敵愾心を相手に植え付けてはならないという戒めである。鄧小平の示したこの政策指針は、江沢民、胡錦涛と歴代の国家主席によって30年以上にわたり維持継承されてきた。マイケル・ピルズベリーが“100年マラソン戦略”と呼んだこの戦略指針を守って、中国は見事に経済大国の座を獲得したのである。

(3)国家と民間が一体となり、経済・技術、軍事、外交による複合的総合戦を展開

 次に、政策遂行手段の行使が極めて総合的である。このことも中国の行動原理の大きな特徴をなしている。国家は対外的な影響力行使の手段として経済・技術力、軍事力、政治外交の力を持っているが、それぞれの力を単発、個別に用いるのではなく、先に挙げた長期的な指針の下で、各手段を複合総合的に行使し、相乗的な効果が得られるように努めている。

 軍事力を例にとれば、物理的な破壊力としての用法に専心するのではなく、その非物理的使用や他の手段との連携、相乗による効果の発揮が常に意識されている。中国軍部は「軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律等の分野の闘争と密接に呼応させる」方針を掲げ、「三戦」と呼ばれる「輿論戦」「心理戦」及び「法律戦」を軍の政治工作の項目に加えている(4)。孫子の「戦わずして勝つ」戦略を継承しているといえよう。軍事力を自ら封印し、経済力のみで国益の達成を図るのが善と信じ、影響力行使に大きな偏りのあるわが国とは対照的である。

 国家と民間が一体となって影響力を行使するという点でも、中国の手段行使は総合的である。必要があれば国家が民間の経済活動に介入するのは日常茶飯事で、民間の技術を吸い上げて軍事用に提供させたりしている。また莫大な補助金や優遇措置を企業に施し、国際商戦を有利に展開できるよう支援したうえで、その利得を国家や共産党が収奪する構造になっている。電気自動車への転換を国の補助金を使って強力に推進し、後発の中国メーカーの世界的な競争力を引き上げているのもその一例だが、同様の手法を用いて、世界のAI市場を制覇することを中国は目標に据えている。

 そもそも自動車や鉄鋼など主要な産業に関わる企業のほとんどが党や国家の統制下にある国有企業である。私企業であっても、すべての企業に共産党の組織を置くことが義務付けられており、事実上共産党が支配しているため国有企業と大差がない。ファーウェイの創業者任正非は、純然たるビジネスマンではなく元人民解放軍の軍人であり、設立当初からファーウェイは人民解放軍のダミー、別働隊と言われてきた。改革開放政策で資本主義化が進んだとはいいながら、官民一体となって国策を遂行する中国は、企業資本主義ではなく国家資本主義の国なのである。

 国策遂行のため、時間・空間の両軸を巧みに利用することにも中国は長けている。空間軸では、サイバー戦や電脳の積極的な活用がその代表である。南京虐殺や靖国問題などいわゆる歴史認識を対日政策の重要な宣伝手段に据えるなど、歴史問題も影響力行使の有効な手段として用いている。都合の良いように過去を書き換えることも頻繁に行われている。日中戦争当時、毛沢東が日本軍に国民党や蒋介石の情報を高く売りつけていた事実や、中国共産党が日本軍との戦いを徹底的に回避し、日本と国民党の共倒れを導き漁夫の利を得ていた実態は巧妙に伏せる一方で、中国共産党が勇敢に日本軍と戦い、抗日戦勝利を勝ち取ったとか、国連の創設に寄与したなどねつ造の歴史教育で共産党の正当性を国民に植え付けている(5)。

(4)非対称的国際潮流(グローバリズムと国家主義)の使い分け

 国益実現に向けた中国の行動原理の第三の特徴は、グローバリズムと国家主義(自国中心主義)という対称的な国際政治潮流を巧みに使い分ける手法にある。冷戦後の世界ではグローバル化の進展が顕著で、企業の活動や情報が国境を超えて世界中に拡散している。その一方、国家の独立と至高性を原理とする主権国家制度が依然として国際社会の基本構造をなしていることも事実だ。

 中国はグローバル化の波を最大限利用し、自由主義諸国の市場、ソフト、技術に積極的にアクセスし、自国製品の輸出など貿易の拡大や最新技術の盗み出しに総力を挙げている。資本主義に背を向けたソ連とは異なり、貪欲に自由貿易システムに参入したことが急速な発展を可能にした。

 だがそれと同時に、外部から中国に向かう流れにはファイアウォールを築き、他国の関与を排除、国内市場を開かず、民主主義や開放自由に関する情報を徹底的に遮断途絶させる閉鎖主義を堅持している。海外の企業にはソースコードの開示をビジネスの対価として求めながら、中国国内で得たデータはインターネット安全法を盾にその海外持ち出しを禁じているのはその一例だ。またWTO(世界貿易機関)への加盟を認められ自由貿易の恩恵を得ながら、加盟の条件であった国有企業への政府関与の禁止や変動相場制への以降は果たそうとしていない。

 さらにこの「閉鎖」戦略によって中国は、アメリカのプラットフォーマーの活動を制限しつつ中国版GAFAと呼べる強大なプラットフォーマー「BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)」を育て挙げ、アメリカを超えるネット社会を作り上げた。利益奪取のためにはグローバル化の恩恵を最大限に享受しながら、利益防護のためには国家主義に徹する二面性、これが中国の実像である。

Ⅱ.中国脅威の構造分析:チャイナプロファイリング

 覇権大国を目指し習近平政権が進める対外政策は、アメリカだけではなく周辺諸国や世界全体にとって大きな脅威となっている。脅威は経済にとどまらず、政治、軍事、科学技術、さらには文化や学術などあらゆる分野に及んでいる。中国の脅威は、質量面における軍事力の拡大を基盤としながら、サイバー空間や宇宙への進出、情報戦、一帯一路の外交・経済戦略、ハイテク戦などあらゆる分野に及んでいる。その特徴は、脅威が包括的かつ総合的だということである。

 ペンス副大統領は先の演説において中国の問題ある多くの行動を列挙し批判した。中国の行動は国際関係を流動不安定化させ、かつ日本を含む世界各国の中国に対する不信感や警戒心を募らせ、さらに脅威認識を高めている。その具体的実情は、巻末の補足資料「すべての分野で高まりを見せる中国の脅威」で詳細に論じているので、ここでは中国脅威の構造分析を試みたい。

1.21世紀の米中覇権闘争:過去との異相

 アメリカの世界支配に中国が挑む現代世界の構図は、ポルトガルの躍進で幕が開いた大航海時代以来繰り返されているグローバルな覇権争奪戦の延長線上の動きといえよう。そうであれば、覇権国家の座がポルトガルからスペインを経てオランダに、そのオランダから英国へ、さらに英国からアメリカへと遷移したように、仮に将来アメリカに代わって中国が新たな覇権国家になった場合も、そうした権力の変遷を冷静に受けとめ、各国はパクスシニカの下で新たな繁栄の途を探ればよいのであろうか。

 近代日本は、明治期には英国、戦後はアメリカと、その時々の覇権国家の世界秩序を所与のものとして受け容れ、その枠組みの下で戦前は近代化と富国強兵、戦後は復興から経済大国へと発展を遂げた。それゆえ、過去と同様、中国の隣国である日本は今後、中国的世界秩序の中でその生存と繁栄の途を探るのが最善の解であるようにも見える。

 だが、中国の脅威が持つ重大性や事態の深刻さを正しく理解するならば、中国を過去の西欧の覇権国家と同一視することには大きな危険が潜んでいる。そこで、中国の思考や行動様式等を時間・空間の両軸から構造的立体的に把握し、中国の脅威の本質を解析し、それが成熟した民主主義国家にとって如何に危険を帯びたものであるかを眺めていきたい。

 アメリカが中国を主敵と認識するようになったのは、世界を左右するほどの巨大な経済力や軍事力の著しい増強、さらにはアメリカに追いつき追い越そうとしている先端技術やハイテクノロジー分野における台頭といった可視的計量的な側面だけではない。中国を自由世界に対する脅威と考える背景には、欧米や日本等先進民主主義諸国の間で共有されているものとは極めて異質な中国の政治意識や国際秩序観が影響している。

 その一つが、復古的覇権膨張主義と呼び得る行動原理の存在である。これは中国の歴史や民族的伝統に由来する。第二は、共産党一党独裁という現代中国の政治システムが生み出す抑圧の脅威である。ここでは、“ハイテク全体主義”と名付けたい。三番目は、これまで世界の覇権を握り、あるいはそれに挑戦した西欧諸国とは大きく異なる中国の特異性だ。

2.復古的覇権膨張主義

(1)中国の行動原理の背景にある三つの歴史的要因

 そもそも政治の在り方や国際社会に対する認識、及び国際感覚は、各民族の伝統や国民性、宗教、歴史体験等によって左右され影響を受ける。なかでも四大文明の発祥地の一つであり、長きにわたりアジアの大国として君臨し、またその歴史に矜持の意識を持つ中国では、他国以上にその政治意識や国際秩序観は民族の歴史や体験などの史的要因に強く規定されることになる。現代中国の行動原理を探りその脅威の本質を解析するにあたって、改革開放政策で影響力が後退したマルキシズムよりも、そうした史的要因に注意を向けることにより、国際秩序や世界の平和と安定に対する幾つかの危険因子の存在を指摘することが出来る。

 その一つは、古代から繰り広げられてきた遊牧民族と農耕民族の凄まじい戦いや中国内部の権力闘争の激烈さから生まれた、徹底した権力主義の政治観である。第二は、自国を世界の中心とみなす中華思想の存在だ。それは、華夷秩序あるいは冊封システムと呼ばれる独自の国際秩序感を形作ってきた。思考的に近代主権国家システムとは相容れないが、中国はこの伝統的な中国中心主義の国際秩序の再興を目指しているように思える。

 第三は、偉大な中国でありながら、近世に入り西欧列強に支配され屈辱を味わされた忌むべき歴史の存在である。民族としての栄光や誇りが強ければ強い程、この屈辱は耐え難いものであり、この恥辱を如何に晴らすかが現代中国にとって民族的な悲願であり、また中華帝国再興という使命感を生み出す原動力ともなっている。4千年に及ぶ中国史を通して形成された、政治や外交・国際関係に関わるこの三つの意識が、今日の中国の政治やその対外行動を西欧的な民主主義諸国のそれとは大きく異なったものと為さしめているのである。

(2)徹底した権力主義の伝統

国家を絶対視し、国際機構や国際法を軽視

 中国の政治意識は、「以夷制夷」や「合従連衡」、「遠交近攻」の政略などに代表される。それは近世ではマキャベリ、近代国際政治学の理論に当てはめれば、国際関係を「力と力の絶えざる闘争」と捉え、「自国の国益の実現」のためには、「力の獲得」を最も重視するハンス・モーゲンソー流の古典的現実主義の主張に類似した権力主義の発想といえる。

 毛沢東は、日中戦争の際、敵(国民党)の敵(日本は)は味方とばかり日本軍と水面下で協調し、また日本軍と国民党軍の共倒れを煽り、漁夫の利を得ようとした。中ソ対立が激しかった当時も、敵(ソ連)の敵(アメリカ)に接近し米中和解に動いた。いずれも彼の著した『矛盾論』を実践した政略といえるが、矛盾論はまさに「以夷制夷」を継承するもので、今日の中国外交にもこの考えは生き続けている。

 こうした徹底した権力主義、パワーポリティクスの思考は、国益と国際公共益の調和やグローバルガバナンス、地球規模問題への貢献などを重視する民主主義国の国際政治理論と比べれば数世代も前の遺物であり、相当の違和感が伴うことは否めない。

 欧米や日本などの成熟した民主主義諸国では、パワーとしての軍事力を絶対視せず、経済力やソフトウェアなどの力を重視する。また主権国家以外のアクターの重要性を認める多元主義的な国際認識が主流をなすが、中国はこうした捉え方を採らず、国家を絶対視(国家中心主義)する。国家絶対の意識は、国際組織や国際法の軽視に通じる。中国は国際司法裁判所の強制管轄受諾の宣言国ではなく、国際司法裁判所の裁定自体を認めないという立場を堅持している。南シナ海の島嶼不法占拠に関する国際仲裁裁判所の判決を完全に無視した姿勢も、このような伝統から生まれくるものだ。

他国に対し武力を行使した頻度で中国は世界最多

 「法の支配」よりも「力の支配」の論理の信奉者である中国は、力の中でも軍事力の価値を最も高く評価し、国益実現のためなら軍事力の行使に躊躇しない国柄である。中国は力の空白が生じれば、その間隙をついて暴力的手段によって自らの勢力圏を拡大させてきた過去を持つ。

 近現代に限っても、そうした史例は枚挙に尽きない。「武力の威嚇や武力の行使」は国連憲章で明確に禁止されているにも拘わらず、戦後の国際関係の歴史で、他国に対し武力を行使した頻度で中国は世界最多であり、国際問題の解決や領土獲得のために軍事の選択肢を選ぶ可能性の高いことが歴史的に立証されている(9)。しかも中国には、現代の国際関係を古代中国の戦国時代と重ね合わせて捉える傾向があり、軍事力の行使に踏み切るハードルがこの国は非常に低いという極めて危険な事実を決して忘れてはならない。

 以上纏めれば、中国の政治観とは、①国家主権や領土保全の絶対視、②国家の正統性、面子への強い拘り、③内政不干渉原則の堅持国家主義やナショナリズム重視、⑤パワーの中で軍事力を最重視するものであり、多様な価値観や国際協調を受け入れ難い国家となさしめている。 

(3)中国中心の国際秩序認識∙冊封システム

中国を世界の中心とみなす伝統的国際体系

 現代の国際社会は、17世紀にヨーロッパで生まれた主権国家を中心とする西欧国際システム(ウェストファリアシステム)が基本になっている。しかし、帝国主義を背景にヨーロッパ諸国が世界を席巻し、西欧的な世界秩序がグロ-バル化する以前、世界には他の国際体系が存在した。「戦争の家」と「イスラムの家」を峻別するイスラム教的世界秩序もその一つである。現代における「イスラムの家」再興を掲げているのがイスラム国である。

 一方東アジアでは、中国を常に世界の中心と考える華夷秩序とそれを受けた冊封システムが存在していた。イスラム原理主義勢力と同様に、中国もアメリカに代わる新たな覇権国家として君臨した暁には、ウェストファリアシステムを排斥し、華夷秩序の再実現を志している可能性が高い。

 では、中国が復興を企図している華夷秩序や冊封の国際システムとはどのようなものであろうか。

 東アジアの伝統的な国際体系は、中国を世界の中心とみなす中華思想を前提とした、中国とその周辺の野蛮な民族・国家との朝貢・冊封の関係から形成されていた。高い文化・文明が真夏の花の如く咲き薫る世界の中心(華夏)が中国であり、この中華世界の周辺の辺鄙な地域に住んでいる人々は、まだ中華文明の恩恵と影響を受けていない野蛮人(化外の民)であり、東夷・西戎・南蛮・北狄と呼ばれた。

 彼らは中華世界の頂点に立つ「天子」としての皇帝の高い「徳」を以てはじめて教化され、文明国へと導かれるのであり、皇帝は周辺諸民族を文明へと導く大いなる使命を負っているという考え方であった。こうした国際秩序観が華夷秩序と呼ばれたものである。そして、野蛮な周辺の民族・国家は中華世界の頂点に位置する中国皇帝に対して貢物を献上して臣従の礼を尽くし(朝貢)、これに対して皇帝は彼らに回賜と呼ばれる返礼の印を授け、彼らを各地域の王に任命する(冊封)。中華思想に基づいたこの制度は、冊封システムと呼ばれた。

冊封秩序の復活をめざしていると思えるケースが多発

 中国のこの国際秩序観においては、中心となる国家は唯一中国だけで、中華以外の周辺地域の東夷・西戎・南蛮・北狄と意識された四夷との関係は対等平等ではなく上下の関係となる。即ち、中国と周辺諸国の関係は君臣の関係に擬制され、常に中華である中国が上位を占め、周辺諸国は夷であり続ける固定的な上下の論理に基づく極めて不平等な国際関係であった。これは、主権国家平等のルールを根本原理とする西欧国際秩序とは全く相容れない発想である。

 中国の周辺国は中国の皇帝や王朝が交代するたびに競い合うかのように新たな皇帝や王朝に朝貢し、中国の属国となることによってその地位が担保された(10)。そうした朝貢国の代表が百済や新羅、高麗などの朝鮮半島の国々であり、この伝統は、横並びの国家平等の意識よりも上下の秩序観で国家関係を捉えがちになるなど現代の外交政策にも微妙に影を落としている。中国に対しては融和的な政策を採りながら(事大主義)、日本(倭国)に対しては自らの優位をしきりに誇示したがる韓国の外交はまさにその例といえよう。

 これとは対照的に、東アジア諸国の中で冊封秩序に加わることが最も少なかったのが日本である。日・中間で冊封の関係が明確な形をとったのは、「親魏倭王」の称を受けた卑弥呼、中国南朝の諸国に入貢した倭の五王、足利義満以下の室町政権の将軍等に限られている。

 近年の中国の行動パターンを見ると、中国が冊封秩序の復活をめざしていると思えるケースが多発している。もっとも、華夷秩序本来の伝統に沿えば、周辺諸国が中国の属国となりその支配を受け容れれば、中国から回賜の提供を受け、第三国から侵略を受けた際の軍事支援も期待できた。中国の優越と恒久固定的な支配-服従の関係を甘受さえすれば、周辺諸国は経済的利得と安定した国際関係の恩恵を享受し得たのである。しかし、現代強まりを見せている中国の自国中心的な外交姿勢には、周辺諸国の領土簒奪や侵略行為等主権国家の独立と自尊を武力によって脅かし、奪い取ろうとする危険な側面が伴っている。そのような行動に預かっているのが以下に見る第三の要因であり、中国周辺諸国の安全保障に死活的な影響を与えているのである。

(4)中華民族の偉大な復興

最大の支配領域を誇った清帝国の復興が目標

 我が国は、既存の国際秩序や大国が規定したルールを所与のものとし、その受容に全力を挙げることで一等国の仲間入りを果たそうとするキャッチアップ志向が強い。しかし、アジアの大国としての長い歴史的伝統と誇りを持つ中国の場合、自国の制度や伝統、システムこそが世界一であり、他国のモデルの受容には強い抵抗感が伴ってきた。西欧列強による進出侵略の波が押し寄せた19世紀半ば、日本は夷狄と呼んだ国々のルールを積極的に導入することで、短期間にアジア第一の近代国家へと変身を遂げた。他方、あくまで自らの国の優位を信じて疑わず、三跪九叩頭の礼を西欧に強要し続けた中国は、近代化の波に乗り遅れ、列強の支配を強いられる民族的屈辱を蒙ることになったのである。

 かように西欧列強の搾取、支配を甘受させられた中国も、改革開放政策の成功でいまや世界第二の経済大国となり、アメリカを追い抜こうとする勢いである。国力の回復が成った中国では、過去数世紀にわたった民族の屈辱を晴らし中華帝国を再興すべき時期が到来したという高揚感が生まれている。また自らの支配体制を維持する目的で、共産党がそうした意識を殊更に国民に煽ってもいる。

 歴代の中華帝国の中で、最大の支配領域を誇ったのが清である。中華民国も中華人民共和国も、自分たちは清の版図を継承すべき国家と捉えており、清帝国の再興こそが新たなる中華帝国の国家目標とされている。それをスローガンに掲げたのが、「中華民族の偉大な復興」と名付けた「中国の夢」である。「中国の夢」は2012年に習近平が発表した思想で、第18回中国共産党全国代表大会以来、中国共産党の指導理念となっている。

 習近平は中国共産党総書記に選出された半月後の2012年11月29日に中国国家博物館を視察した際に、「私は中華民族の偉大な復興の実現が、近代以降の中華民族の最も偉大な夢だと思う。この夢には数世代の中国人の宿願が凝集され、中華民族と中国人民全体の利益が具体的に現れており、中華民族一人ひとりが共通して待ち望んでいる」と発言。さらに国家主席に選出された後の13年3月17日の第12期全国人民代表大会第一回会議の閉幕式で「小康社会の全面完成、富強・民主・文明・調和の社会主義現代化国家の完成」こそが中華民族の偉大な復興という夢の実現であると述べている。

「二つの百年」の目標時期を前倒し

 冷戦がソ連の崩壊によって終焉し、社会主義のイデオロギーはその存在感を失った。また経済的な豊かさを手にした現在の中国で、毛沢東思想やマルクスレーニン主義に、国民の意思を一つに収斂させ、国家の凝集力を高める機能を期待することは不可能である。そこで中国は、イデオロギーに代わりナショナリズム(愛国主義)を国家発揚の起爆剤として用いる手法を採った。過去数世紀にわたり蒙ってきた民族としての“屈辱”を思い起こさせ、その遺恨を晴らすべく中国を虐げてきた西欧諸国を国力で凌駕圧倒し、先人の無念と怨念を晴らす、そのための国家的プロジェクトこそが、中華民族の偉大な復興だと喧伝しているのである。

 中国共産党はこの夢の実現に向けたタイムスケジュールとして、①中国共産党の創設100周年となる2021年までに「小康社会(ややゆとりのある社会)の全面的な建設」を達成すること、②中華人民共和国の建国100周年となる2049年までに「富強・民主・文明・和諧の社会主義現代化国家」を実現すること、の二つを党の目標としてきた(「二つの百年」)。

 さらに近年、習近平政権はこの「二つの百年」の目標達成時期を前倒しする動きを見せている。2017年10月18日に開幕した中国共産党第19回全国代表大会の初日、習近平総書記は「小康社会の全面的完成の決戦に勝利し、新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利を勝ち取ろう」と題する政治報告を行った。この演説の中で習近平は「長期にわたる努力を経て、中国の特色ある社会主義は新時代に入った」と宣言し、一つ目の目標である小康社会の全面的な建設は達成されると自信を示したうえで、2020年から21世紀半ば(新中国成立100周年は2049年)までの30年間を2段階に分けて、新たな目標を提起した。

新たに「社会主義現代化強国」の建設を国家目標に

 まず2020年から2035年までを第一段階とし、「社会主義現代化を基本的に実現する」ことが目標とされた。具体的には、以下の6点が挙げられている。

 ①経済力・科学技術力が大幅に向上し、イノベーション型国家の上位に上り詰めている

 ②人民の平等な参加・発展の権利が十分に保障され、法治国家・政府・社会が基本的に構築され、様々な制度が一層充実し、国家統治システム・能力の現代化が基本的に実現している

 ③社会の文明度が新たなレベルまで高まり、国の文化的ソフトパワーが著しく補強され、中華文化に、より広く深い影響力が備わっている

 ④人民の生活がより豊かになり、中所得層の割合が顕著に高まり、都市・農村間、地域間の発展格差や住民の生活水準格差が著しく縮小し、基本公共サービスの均等化が基本的に実現し、全人民の共同富裕が堅実なスタートを切っている

 ⑤現代的社会統治の枠組みが基本的にできあがり、社会に活気が満ち溢れ調和と秩序も備わっている

 ⑥生態(エコ)環境が根本的に改善し、「美しい中国」の目標が基本的に達成されている

 第2段階は2035年から21世紀半ば(2049年)とされ、中国を「富強・民主・文明・和諧・美麗の社会主義現代化強国」に築き上げることが目標とされている。その将来像として習近平は、

 ①物質文明・政治文明・精神文明・社会文明・生態文明が全面的に向上し、

 ②国家統治システム・能力の現代化を実現し、

 ③総合国力と国際的影響力で世界の先頭に立つ国となり、

 ④全人民の共同富裕が基本的に実現し、人民がより幸せで安心な生活を送り、

 ⑤中華民族はますます溌剌として世界の諸民族の中にそびえ立っている

ことを掲げた。

 即ち、習近平は二つ目の目標であった「社会主義現代化」の実現時期を15年も前倒しするとともに、新たに「社会主義現代化強国」の建設を国家目標に掲げたのである。彼が掲げる将来像は抽象的だが、最も注意を払うべきは、中国が「社会主義現代化強国」として「総合国力と国際的影響力で世界の先頭に立つ」ことを国内外に明確に示したことにある。要するにこの新目標は、20世紀半ばまでに中国がアメリカを凌いで世界一の覇権国家になることを宣言したに等しいものである。ちなみに習近平は「200年」という数字も持ち出している。これは中国の屈辱の歴史が始まったアヘン戦争(1840~42年)からほぼ200年後に現代化強国を打ち立て、悲願である民族の屈辱を晴らそうというのである。

 復古的覇権膨張主義の本質は次のように纏めることができる。

 ①中国の政治は、権力主義の伝統から権謀術数を操り、買収や宣伝など様々な手段を駆使することに長けていること

 ②その対外政策には中華思想が色濃く影響し、西欧的な主権国家平等の認識が薄く、自国のみが世界の中心であり、他の国家は常に中国に従属すべきとの発想が存在すること

 ③現代の中国の対外政策には、既に中華思想の復活ともみられる側面が散見され、水平対等ではなく、朝貢外交の再来かと思われるような垂直的な外交スタイルを他国に求めるケースが増えていること

さらに、

 ④民族的な威信や誇りへの拘りが強く、その確保に高いプライオリティが置かれ、そのためには軍事力の行使を含む強硬な手段に出ることも厭わない危険性が高まっていること

 ⑤中国共産党が復興の目標とする清帝国は、歴史的には「中国」ではない地域もその領域に取り込んでおり、これが今日、中国と周辺諸国との領域紛争を生み出す一因となっていること(尖閣や沖縄、南シナ海、チベットがまさにその例)。

3.オーウェル世界を凌ぐ抑圧社会:「ハイテク全体主義」

(1)共産党による一党独裁と習近平の個人独裁

急速に進む習近平の個人独裁

 社会主義国家である中国は、共産党の一党独裁体制を採り国民に言論や政治活動の自由はなく、宗教の自由も奪われている。しかも現在の中国では、国家システムとしての共産党独裁に加えて、最高権力者である習近平の個人独裁も急速に進んでいる。

 2016年10月の第18期中央委員会第6回全体会議(6中全会)において、習近平は党中央と全党の「核心」と位置付けられた。胡錦涛前総書記は核心と呼称されなかったため、この措置は、習近平が前任者を凌ぐ政治的権威を手にしたことを示す動きであった。翌17年10月に開催された第19回全国代表大会では、習近平は中央政治局の常務委員や政治局員に自らと関係の深い人物を多数送り込んだばかりでなく、自らの名前を冠した「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を「行動指針」として党規約に盛り込むことにも成功した。

 これまで「行動指針」として党規約に明記されたのは、「毛沢東思想」、「鄧小平理論」、それに江沢民の「三つの代表」と胡錦涛の「科学的発展観」の四つがあるが、指導者として現役のうちに明記されたのは「毛沢東思想」だけであり、後は本人の没後か退任後の措置であった。しかも「思想」は「理論」の上位にたつものとされ、いまや習近平が毛沢東と並ぶ権力者として中国共産党で圧倒的優位の座を占めるようになったことが明らかになった。さらに18年3月に開催された第13期全国人民代表大会第1回会議で、「習近平思想」を盛り込むとともに2期10年までという国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正案が採択され、習近平は現代中国の「皇帝」として長期君臨の体制を確立させた。

覇権主義的外交と習近平の独裁化は表裏一体

 習近平は、対外的には覇権主義的な外交を続け覇権国家への途を目指す一方、国内では政権発足直後から「虎もハエも叩く」という方針の下に「反腐敗」の動きを強め、13年以降、すでに数十万人の党幹部や官僚が逮捕・摘発されている。社会浄化もさることながら、汚職追放を名目に、周永康元政治局常務委員や孫政才前中央政治局委員、郭伯雄・徐才厚両元中央軍事委員会副主席や張陽・房峰輝両前中央軍事委員会委員など、政敵や反対派など党・軍の最高指導部経験者を次々と投獄し失脚に追い込んだ。17年10月に開催された中国共産党第19回全国代表大会に際して習総書記は、「腐敗は我々の党が直面する最大の脅威である」として「全面的な党の厳格管理」を今後も継続する方針を示している。おり、自らの権力基盤をさらに盤石なものとするため、腐敗撲滅を大義名分とする反対派の摘発粛清は今後も継続するとみられる。

 覇権主義外交と粛清弾圧という二つの動きは表裏一体の政治現象と捉えねばならない。大胆な外交で中国を覇権国家へと導き自らの栄光と権威を一層高からしめるためには、何にも増して国内における権力を自身に集中強化させる必要がある。つまり、中国の覇権主義的な動きと習近平の独裁化は連動しており、習近平が自らの権力拡大に動く限り、中国は今後も攻勢主義や膨張主義を続けていくであろう。これまでの流れを変えて中国の膨張ベクトルを抑制することは、習近平政権の不安定化と彼の権力低下を引き起こしかねず、習近平独裁が続く限り、中国の覇権主義外交や膨張政策が沈静化することは決してない。独裁の政治システムの中で、最高権力者が個人独裁を強めれば、独裁の弊害は累乗的に顕在化するのである。

(2)オーウェル的世界をも凌ぐ究極の監視社会

監視社会の恐怖を描いたジョージ・オーウェル

 英国人作家ジョージ・オーウェルは、1949年に発表した小説『1984年』で、独裁者による監視社会の恐怖を描いた。完全なる監視社会が実現した未来が舞台で、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三つの全体主義的な超大国に分割統治されている。作品の主人公ウィンストン・スミスが属すオセアニアでは、徹底した内面統制により、自我や自身の思想・哲学を持つことが禁じられており、この国を支配するのは「ビッグブラザー」と呼ばれる独裁者。街のあちこちには「ビッグブラザーがあなたを見ている」と書いたポスターが張り出されている。家族や隣人を党に密告させて相互監視を徹底するとともに、テレビとカメラを兼ねた双方向性をもつ「テレスクリーン」を通じて市民一人一人を監視し、思想を完全に統制する。国家とは異なる思想の持ち主を見つけ出したならば、当局によって逮捕・拘束されたのち処刑される。

 オーウェルが描いた自由の失われた独裁抑圧の社会は、冷戦の時代、社会主義国ソ連の恐ろしさを西側の人々に知らしめた。だが、ソ連が崩壊して四半世紀以上が経過した今日、オーウェルが考えた仮想の国よりも遥かに強力な内面統制と監視システムを持つ国が出現した。それが共産中国である。

 既にこの国では、人権擁護活動家や彼らを擁護する弁護士らを公安当局が次々と逮捕する状況が一般化している。一国二制度下の香港においても、習近平政権になってから当局に批判的な本や新聞を出版、発行、販売する関係者の失踪や拉致拘束事件が多発している。習近平や共産党に批判的な人物を徹底的に炙り出すため、またそのような摘発システムの威力を大衆に見せつけ恐怖心を植え付けて、国家や党に対する不満を完全に抑え込もうとしているのである。14年以降、対外的な脅威以外だけでなく文化や社会なども安全保障の領域に含めるという「総体的国家安全観」に基づき、国内防諜体制を強化するための「反スパイ法」(14年11月)、新たな「国家安全法」(15年7月)、国家統制の強化を図る「反テロリズム法」(16年1月)、海外NGOの取り締まりを強化する「域外NGO域内活動管理法」(17年1月)や「国家情報法」(17年6月)などを次々に制定し、法制面でも監視と統制を強化している。

最新鋭技術を導入し、徹底した社会監視システムを整備

 さらに中国では、社会の完全管理を目標に、最新鋭の技術を導入して徹底した社会監視システムの整備が進められている。中国がAI等ハイテク産業の育成に総力を挙げているのは経済面だけでなく、それが社会の監視と統制に最も効果的な武器となるからでもある。例えば2008年に北京オリンピックが開催された際、国家安全局は外国人のスパイ活動を抑止する名目で、市内すべてのタクシーに録音録画機器を装着、公安当局にそのデータを送信する完全監視システムを導入した。2010年には、広州市でのアジア競技大会開催を契機に、同市のタクシーにも北京と同じ完全監視システムが導入されている。

 その後も、上海、天津、重慶、青島など外国人がよく訪れる大都市のタクシー業界にも同様の完全監視システムの導入が進んでいる。中国共産党はタクシーだけでなく個人用を含む全車両に追跡IDを取り付けるよう指導しており、既に深圳では20万の追跡IDが運送用トラックやスクールバスに設置されている。設置の名目は渋滞解消や交通量計測など交通データの収集だが、当然個人の追跡監視に利用することが可能だ。

 またこの国には夥しい数のCCTV(Closed- circuit Television )と呼ばれる監視カメラが全土に張り巡らされている。北京だけで40万台以上、国全体では2016年の時点で1億7千600万台の監視カメラが設置されており、2020年までにさらに4億5千万台の新設が計画されている。カメラのほとんどが顔認証技術を含むAIに適合しており、当局はほとんどの市民の顔写真を保有している。中国全土に張り巡らされた監視カメラや情報追跡システムは、オーウェルが想像したテレビスクリーンを凌ぐ監視能力を持っているのだ。

(3)国民全体を監視するビッグインテリジェンスシステム導入

 監視システムの導入によって単に人々の行動を監視するだけでなく、中国はその際に得られた膨大な個人一人一人に関する情報の収集と蓄積にも力を入れている。国民全体を監視するビッグインテリジェンスシステムを導入しているのである。

 2018年、中国でコンサート会場を警備する警官が5万人の聴衆の中から数分で50人以上の指名手配犯を逮捕したことが話題になった。顔認証システムという最新鋭の技術を犯人逮捕に活用したものだが、犯罪者やテロリストだけでなく、国家や党に好ましからざる思想を抱く人物のチェック摘発にも応用することが真の狙いである。中国では全国民のデータ確認に12分、要注意人物のリストに掲載されている人間なら4分で確認できるというから驚く。

 中国国内には人権問題などを含む様々な問題が存在している。中央及び地方の共産党幹部などの腐敗・汚職の蔓延が大きな政治問題となっているほか、急速な経済成長に伴う都市部と農村部、沿岸部と内陸部の間の地域格差が問題になっている。それら格差を助長する税制の問題に加え、都市内部における貧富の差、物価上昇、環境汚染、農業・工業用水不足などの問題も顕在化している。さらに、最近では中国経済の成長が鈍化傾向にあるほか、将来的には、人口構成の急速な高齢化に伴う年金などの社会保障制度の問題も予想されている。中国政府が社会の管理に関する取組を強化しているのは、政権運営を不安定化させかねない要因が拡大・多様化の傾向にあることを憂慮しているからにほかならない。

 ブルームパーグ・ニュースは、中国共産党は中国最大手の中国電子科技集団に、個人の仕事、趣味、購買習慣、行動に関する情報を収集できる新しいソフトを構築するよう命じたと伝えている。犯罪防止やテロ攻撃を防ぐために必要なソフトと当局は強弁するが、好ましからざる人物の炙り出し施策によって、個人のプライバシーや人権、思想表現言論の自由は著しく制約されることになろう。中国で販売される一般的な辞書に「プライバシー」を意味する言葉が掲載されたのは、1990年代も後半になってからのことという(11)。

(4)社会信用システムの罠

個人のあらゆる情報・行動が蓄積され「格付け」

 国民監視のための個人情報の収集は、一見それとは無関係に見える身近な日常生活の中でも進められている。キャッシュレス化が猛烈な勢いで進行している中国では、銀行口座に直結したスマートフォンが日常生活では極めて重要なツールになっている。アリババが運営する電子決済システム支付宝(アリペイ)やテンセントの微信支付(ウィチャットペイ)を使うと、利便さと引き換えに個人のあらゆる情報や行動がネット業者に蓄積されて「格付け」されるシステムになっている。買い物や公共料金の支払い状況、不動産や自家用車の所有などの資産状況、知人に富裕層がいるかなど交友関係まで評価され点数化される。

 アリベイやウィチャットペイは日本の多くの店舗でも使えるようになったので、国外での行動や外国のデータを収集することも可能だ。この点数が高いと消費者金融から無担保で借り入れができる等便利だが、逆に支払い滞納で点数が下がると鉄道のチケット購入が制限されるなど生活に支障が生じてしまう。アリババは一民間企業だが、蓄積データはすべて中国国内にあり、中国共産党が命じれば党に差し出さねばならない。データから“危険思想″の持ち主を割り出すことは簡単で、公安当局の監視対象になる可能性も排除できない(12)。

 しかも、当局が直接国民の格付けを行う動きも出ている。中国政府は2014年6月、金融業向け信用情報システム整備のため、「社会信用(ソーシャルクレジット)」システムを導入すると発表した。国民一人一人の資産情報や職歴、インターネットでの動きや発言、購入履歴など当局があらゆる個人情報を収集し、それらを基に支払い能力などを含む「信用度スコア」を算出するもので、商業取引の信用度をあげて「政府と司法の信頼と誠実さを強化する」ことが目的と説明する。

 だが、全ての国民が自身のプライバシーを地方政府や国家に譲り渡すことになり、信用度の格付けが低くなると、ローンの審査やホテルの予約から就職、子供の入学、行政手続きなど公私の全面にわたり不利な扱いを強いられる。

サイバー攻撃で悪意あるプログラムをインストール

 さらに、国民が持つ情報端末を利用すれば、当局の諜報活動も容易になる。中国共産党は工場生産の段階でスマホなどにスパイ機能を搭載させたり、サイバー攻撃で強制的に悪意あるプログラムをインストールさせたりしている。米国のセキュリティ会社VolexityのCEOスティーブン・アデア氏によれば、2014年10月、香港で大規模な反政府デモが行われた間、参加者の携帯電話やパソコンに、組織的なハッカー攻撃があり、情報を盗む不正プログラムの感染があったという。悪意あるプログラムは、スマートフォンのカメラ映像、マイク、履歴とGPSが示す位置など、あらゆる情報にアクセスできるもので、完璧な諜報のためのツールとなる。各家庭にテレスクリーンを設置するというオーウェル的な手法では膨大なコストと手間がかかるが、ネット社会の現代中国でははるかに容易に当局が国民を監視統制できるのである。

(5)情報鎖国・情報操作

海外のネットと中国のネットの接続は厳禁

 中国政府や共産党が国民一人一人に関する膨大な情報を収集独占しているのとは対照的に、一般の人々が国外の情報に触れることは徹底的にこれを阻止し、国民と外部世界との情報を遮断する政策を採り続けている。この情報鎖国化政策が共産党支配への批判を防ぎ、自由化や民主化に向けた芽を摘むためであることは言うまでもない。

 中国では10億人近い国民が日常インターネットを使っているが、海外のネットと中国のネットの接続は厳禁で、中国独自のインターネットしか使用できず、許可されたネットにも二重三重に張り巡らされた当局の監視や検閲、遮断システム、それに情報操作が行われている。16年3月、習近平指導部が全国人民代表大会で提出した「第13次5カ年計画」では、ネット世論の管理強化が示されたが、独立組織フリーダム・ハウスの調査によると、世界65カ国のインターネットの自由度に関する評価で、中国はキューバやシリアを抑えて「最悪」に位置づけられている。フリーダム・ハウスは共産党の宣伝をしたり、政府批判の発言を通報する50万人ものアルバイト、通称「五毛党(1作業あたり1元の半分=5毛を稼ぐことから)」の存在も紹介している。

オーウェルが予想した以上の抑圧と格差

 オーウェルが描いた『1984年』では、資本主義が否定されて世界は社会主義一色になっており、支配層が維持するのは富ではなく権力になっている。しかし、現代の中国では、共産党幹部が富と権力と情報のすべてを永続的に独占支配する構造が形作られている。オーウェルが予想した以上の抑圧と格差に歪められた社会が出現してしまったのである。徹底した監視や統制は、共産主義そのものではなく中国共産党の既得権益、つまり党幹部の利権や特権を守るための手段と堕している。いまや中国共産党の最大関心事は中国そのものの存続ではなく、中国共産党支配の存続になっている。

 ゴルバチョフ改革で政治と経済双方の自由化を進めた結果、わずか数年でソ連は崩壊に追い込まれた。これを大いなる教訓とした鄧小平は、経済の自由化は許したが、政治の自由化は決して認めず、現在も中国はその路線を厳格に維持している。ひとたび統制を緩和し、政治的な自由を認めれば、党中央に対する反発や不満が一気に火を噴き、各地で暴動や反政府運動が燎原の火の如く広まる。政権の維持が危うくなることを党幹部は極度に恐れているからだ。それ故、共産党独裁の体制は今後も維持され、社会矛盾が増大すればする程それに伴い監視と規制、抑圧がより一層厳しさを増していく。そのような共産党独裁の中国が世界の覇権を握ったならば、地球上から自由と民主主義は消え失せるであろう。

(6)人権抑圧:周辺諸民族支配の実態

アパルトヘイトさながらの公的な人種差別政策

 監視や抑圧、自由の規制は漢民族だけを対象とするものではない。中国は台湾やチベット、新疆ウイグルなどを安全保障上譲歩することができない国家の「核心的利益」と位置付け、少数民族の自由を抑圧、分離独立運動を徹底的に弾圧している。

 2009年7月、新疆ウイグル自治区最大の都市ウルムチで、当局の取り締まりに反発したウイグル人が暴動を起こした。そのため、中国治安部隊の弾圧で200人近い死者が出る事態となった。同種事案の再来を防ぐため中国はウイグルに対する規制を強化。18年8月に開かれた国連人種差別撤廃委員会の報告によれば、100万人以上のウイグル人を「再教育施設」と名付けた隔離施設に強制収容し、アパルトヘイトさながらの公的な人種差別政策を続けているという。ペンス米副大統領も演説の中で、中国政府によるウイグル人投獄を強く非難した。18年11月にワシントンで開催された第2回米中外交安全保障対話では、北朝鮮や南シナ海、台湾と並んでこの問題も取り上げられ、ウイグル問題は米中関係の主要争点の一つとなっている。

中国人の入植や現地人との婚姻化政策を推進

 1950年に中国が武力併合したチベットでも信仰の自由が否定され、当局によるチベット族への迫害と弾圧が繰り返されている。過去10年間で150人以上の僧侶が、中国による信仰と文化への弾圧に抗議して焼身自殺を図っている。さらに中国は少数民族の自由を侵すだけでなく、チベットやウイグル、内蒙古自治区などへの中国人の入植や現地人との婚姻化政策を強引に進めている。現地の漢民族化を図ることで、少数者の民族としてのアイデンティティそのものを奪い取ろうとしているのだ。

 中国政府はチベット自治区やその周辺のチベット族が住む地域への米外交官や記者の立ち入りを不当に制限している。18年12月トランプ大統領は、その措置に関わった中国政府当局者へのアメリカのビザ発給を拒否するチベット相互訪問法を成立させた。内陸部に位置し、目が届きにくい中国周辺地域で、恐ろしい虐待と差別が日々繰り返されているのである。

4.普遍的な価値を受容しない中国社会の特異な伝統

(1)普遍的価値観やルールを受け付けない国家の属性

 中国の脅威を考える際に見落としてはならないもう一つの要因がある。それは、普遍的な価値を受容しない中国社会の特異性である。日本や欧米諸国などの民主主義国家では、基本的人権の尊重や法の支配、表現の自由、三権分立、司法独立、差別の解消、弱者救済、博愛等の普遍的価値観が十分に尊重されている。市場の開放や自由貿易の原理、海洋自由の秩序など近代資本主義のルールも同様だ。途上国の多くも、十分ではないにせよその普及浸透に努力を重ねている。

 しかし、中国はこうした普遍的な価値やルールを尊重せず、それを忌避さえしている。それは中国が未だ発展途上の段階にあり、欧米のような成熟化の域に達していないからではない。習近平政権は国家の基本理念として「特色ある社会主義の革新的価値」を掲げている。これは、法の支配を越えた共産党独裁の永続性を謳うもので、三権分立や言論の自由を絶対に容認しない立場の表明にほかならない。

 英国のEUからの離脱やアメリカ第一主義を唱えるトランプ大統領が保護主義的な経済政策を推し進めるなど、世界では反グローバリズムの流れが強まっている。一方、習近平国家主席は世界経済フォーラム(ダボス会議)等国際会議の場で、経済のグローバル化を一層進展させる必要性を繰り返し主張している。経済のグローバル化は生産力の発展と科学技術の進歩によってもたらされた必然的な結果であり、世界経済の成長や科学技術と文明の進歩をもたらし、各国国民の交流を促進するとして習近平はこれを高く評価。その発展のために貿易と投資の自由化を推進し、保護主義に強く反対すると語っている。

 しかし、それは中国の利益となる場合に限られる。中国は世界のグローバル化や経済の自由化は中国の発展にとって有効な手段と考えているが、自国が受け入れるべき基本理念と認識しているわけではない。自国市場の開放や経済システムの自由化は決して認めない姿勢が、それを物語っている。

 王毅外相は、国際的な課題に各国が平等に関与、対応し、発展の成果を共同で享受できる「人類運命共同体」の構築や、相互協力とウィンウィンを軸とする「新型の国際関係」構築を、大国中国の特色ある外交として掲げている。だが、一帯一路構想の現実、周辺諸国への恫喝や侵略、人権抑圧、激しいサイバー攻撃や情報の盗出等、中国の政策の実態を見れば、外相の発言が単なるプロパガンダ、スローガンに過ぎないことは明白であろう。その証拠に、中国の国内ではこうした価値観に言及するだけで、体制を否定する危険人物あるいはスパイと認定され、即座に拘束されてしまう。

(2)自由と民主主義を一度も経験したことがない歴史

 普遍的な価値や国際ルールは、人類がその長い歴史の中で多くの努力と尊い犠牲を払って勝ち取ったものである。その実現に寄与したのはもっぱらキリスト教文明圏であり、近世以降の覇権国家もその構成員であった。社会主義陣営の旗手であったソ連(ロシア)も、正教会の国としての伝統を持っている。しかし、中国はキリスト教文明圏の国ではなく、愛や自由、人権を説く宗教は敵視され、信仰の自由は事実上否定されている。中国は、数千年の歴史を誇りながらも、過去において一度も自由主義や民主主義を経験したことがない国なのである。

 ヒューマニズムや人権、自由と平等といった普遍的価値や国際的ルールを重視せず、その確立に努めようとしない中国の意識や行動原理は、地球規模問題への取り組みや国際公共財の提供に対するこの国の消極的な姿勢とも繋がっている。

 近年有名になったトゥキディデスの罠とは別に、ジョセフ・ナイが説く「キンドルバーガーの罠」がある。チャールズ・キンドルドルバーガ―は、戦後、マーシャルプランの実施に参加したアメリカの経済学者である。彼は1930年代に国際秩序が乱れた理由として、既に世界の大国になっていたアメリカが、英国に代わりその果たすべきグローバルな公共財の提供者としての役割を怠ったことを挙げている。アメリカが世界の指導者的立場を忌避しつつある現在、覇権国家となる中国が当時のアメリカと同じように振舞えば、世界秩序の混乱は避けがたく、平和と安定の維持は困難となろう。 

 エイミー・チュアは、次のように述べている。

 「今日のアメリカの世界覇権は、アメリカが世界で最も寛容な国であり続けた事実による部分が大きい。世界中から最も優秀な人材を呼び寄せ、彼らを活用する能力に秀でていたからこそ、アメリカは今日の世界において、経済、軍事、テクノロジーの各分野で、圧倒的な優位を築くことに成功したのである。従って、中国がアメリカに代わり、次なる最強国として世界に君臨するためには、中国が寛容戦略においてもアメリカを抜き去らなければならないことになる。共産党支配の事実上の独裁国家であり、世界各地の「ならず者国家」と仲の良い中国に、果たしてそんな芸当は可能なのだろうか?」(13)

 自国の発展のみを優先させ、国際社会全体への配慮に欠ける国は、他国にとって魅力のない国だ。「アジアには、中国が支配する世界に住みたいと思う者は誰もいない。(アメリカンドリームはあるが)人々が憧れるチャイニーズドリームなど存在しないのだ。」(14)

 国際公共財を負担する意思がない国を覇権国家にするわけにはいかない。そうした国がアメリカに代わる新たな覇権国家になることも不可能である。しかるにそのような国が覇権国家を目指し、国際社会での存在感や影響力を日々強めていることに、いま世界は大いなる脅威を感じているのだ。

 中国の脅威の本質、それは、復古的な覇権膨張主義と最先端技術による監視抑圧のAI全体主義、そして普遍的な価値やルールを受け容れない中国社会の特異性という三つの要因に帰着する。各要因は互いに影響を及ぼしあい、相互作用の過程を通して脅威はさらに増殖拡大する。中国が国際社会における影響力を高め、遂には世界を支配する覇権国家の座を占めることになれば、どうなるであろうか。世界は、①暴力を背景とした“恫喝”、②徹底した監視社会下での“抑圧”、③“普遍的価値の否定”や“国際秩序の崩壊”という恐ろしい事態に直面することになるであろう。

Ⅲ.中国の脅威にいかに対処すべきか

1.長期の戦いになることへの覚悟と、それを勝ち抜くための強い決意が求められる

 中国との戦いに勝利するには、まず長期戦を戦い抜く覚悟が必要である。アメリカとの貿易戦争で苦戦している中国は、短期的にはアメリカに対し恭順の姿勢を示し、部分的な譲歩妥協を重ねて早期の合意に導き、経済や国家制度の根幹見直しが強いられる事態の回避に全力を挙げようとするであろう。しかし、中国は“一面服従一面抵抗”の戦術に長けている。上辺だけの妥協、戦術的譲歩で時間を稼ぎ、その間にハイテクやAI技術を高め、やがてアメリカを抜き去る時期が来れば、一転攻勢に転ずることは間違いない。短期の合意で問題が解決することはないということを肝に銘じるべきである。中国の脅威を完全に取り除くには、長期の戦いになることへの覚悟と、それを勝ち抜くための強い決意が求められる。

2.科学技術、なかでもハイテクノロジーなどの知的財産における優越を保ち続ける

 対中戦略の第二の要諦、それは自由主義諸国が引き続き科学技術、なかでもハイテクノロジーなどの知的財産における優越を保ち続けることである。精強な軍事力の維持や経済の繁栄も無論大切な要件だが、世界をリードし社会を発展させる礎となるのは科学技術である。世界で最初に第1次産業革命を成し遂げた英国は18~19世紀の覇権国に、それに続くアメリカは第2・3次産業革命を主導して20世紀の覇権国となった。

 他方、近代科学の吸収に遅れた中国はそれまでの大国の座から一挙に転がり落ちていった。その中国が200年後の現在、第4次産業革命(The Fourth Industrial Revolution:4IR)をリードし、21世紀における覇権国家の座を射止めんとしている。これを阻止し、日本や欧米が4IRの主導権を取り戻すためには、科学技術教育の充実や研究体制の整備、労働力の質的向上等ソフト・ハード両面における大規模な改革が不可欠である。そして人工知能(AI)やビッグデータの精通度、インテリジェントシステムを駆使した巨大プラットフォームの運営能力の高さが、4IR戦の帰趨を決する鍵になろう。

3.真逆の非対称戦略をとる

 先述したように中国は、自らの経済的利得拡大のためにグローバリズムを最大限活用し、他国の市場や技術力を貪欲なまでに取り込んでいる。他方、自国に対する外部からの働きかけには徹底した閉鎖鎖国主義で対抗するという非対称のアプローチを採っている。その中国と戦うには、第三の戦略として“真逆の非対称戦略”が効果的である。

 第一に自由と公平、そして開かれた国際貿易を守るための多国間ルールの整備・厳格化やWTOの強化・改革などの取り組むことが重要である。

 2018年9月にニューヨークで行われた日米首脳会談での共同声明では、日米両国が「第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者をより良くするための協力を強化する」ことが合意され、「WTO改革、電子商取引の議論を促進するとともに、知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公平な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極」が緊密に協力することがうたわれた。名指しこそしていないが、国際規範やルールの壁で中国の横暴を阻むための戦略の一環といえる。

 第二に、中国社会の自由化や民主化を促し共産党独裁の体制に穴をあけるには、グローバリズムを活用することであるだ。すなわち、①世界および中国国内の大衆に向けて、人権や民主主義といった普遍的価値の重要性を繰り返しアピールするとともに、中国国内の人権抑圧や少数民族弾圧の惨状を発信する。②共産党による抑圧や自由の否定は、国際社会だけでなく中国国民も最大の犠牲者であることを訴える。③世界にとっての主敵は共産党であり中国国民ではない。自由と解放の社会に向けて、中国国民と自由民主主義諸国が連携を深めるのだ(15)。

4.戦略の焦点を中国一国に絞り込む

 対中戦略における第四のポイントは、主敵を中国一国に絞り込むということである。ソ連のアフガニスタン侵攻で開始された新冷戦が僅か10年足らずで幕を閉じ、ソ連を崩壊へと追い込んで西側世界が冷戦に勝利できたのは、当時のアメリカのレーガン政権が主敵をソ連一国に絞った世界戦略を展開したからである。現在のトランプ政権や自由主義諸国も戦略の焦点を中国にあわせ、その孤立化を最優先目標とすべきである。

 武力による現状変更を躊躇しないロシアも国際秩序の攪乱者であり自由世界の脅威だが、戦略目的達成のためには時にロシアとの戦術的な妥協も厭うべきではない。そしてロシアを自らの陣営に引き込み、中露の密接な関係に楔を打ち込み両国を引き裂くとともに、北朝鮮問題の早期にロシアも巻き込み,中国のライバルであるインドとの関係も強化する必要がある。同盟国を持たないという中国の弱点を突き、その孤立化を図ることは極めて効果的な戦略といえる。

5.自由と民主主義の理念を共有する台湾を守るための取り組みを強化する

 膨張を続ける中国から自由世界を守るには、中国の海洋進出は絶対に阻止しなければならない。一帯一路構想を挫き、南シナ海やインド洋における影響力の拡大を阻むことも重要だが、焦眉の急は台湾の防衛である。中台統一を目論む中国の活発な動きを看過してはいけない。もし台湾が大陸中国に吸収されれば、中国海軍の外洋進出を食い止めることが困難になる。中国が民間船舶の妨害を仄めかすだけで、東アジア諸国は中国の威圧に屈せざるを得なくなるだろう。日本を含むアジア太平洋諸国のシーレーン防衛は、台湾を確保できるか否かにかかっており、台湾の喪失は自由世界への重大な脅威となることを認識すべきである。

 自由と民主主義の理念を台湾と共有する日米欧は、台湾を守るための取り組みを強めていかねばならない。18年8月にアメリカで成立した「国防権限法」では、台湾との防衛協力を強化する方針が打ち出され、軍事演習の促進も盛り込まれた。18年3月には米台政府高官の往来を可能にする「台湾旅行法」が成立し、台湾の防衛当局との相互訪問も明記された。中台紛争の火の粉が南西諸島に波及し、台湾有事が即日本有事となる危険性を考慮すれば、自らの生存と台湾の防衛が一体不可分であることを日本は忘れてはならない。

6.「自由で開かれたインド太平洋構想」の枠組みを活用し、海洋諸国家共通の包括的総合的な戦略を構築する

 最後に、分裂の様相を深めているアメリカがいま一度世界大国としての立ち位置に舞い戻るとともに(16)、海洋諸国家が緊密な連携と協力を深めていくことが対中戦略において何よりも重要な課題である。海洋への進出を企てる中国からリムランドを防衛し、自由主義諸国のシーレーンを守る重要な役割を担うのは日米豪英ASEANなどで構成される海洋同盟である。その機能発揮がなければ対中防護壁の構築やグローバル戦略の発動に穴が開いてしまう。

 政治・経済・軍事・文化等を駆使し総合戦略を発揮する中国に対抗するには政経分離のアプローチでは不十分である。「自由で開かれたインド太平洋構想」の枠組みを活用し、海洋諸国家共通の包括的総合的な戦略の構築が求められる。中国が足並みの乱れを突いて切り崩しに動き、海洋同盟が分断される事態を防ぐことも必要だ。アメリカの影響力が相対的に低下しつつある現在、覇権と抑圧の政治に対抗し、公正で自由な国際経済秩序を維持するため、海洋同盟の主たるプレーヤーとしての日本の責任や果たすべき役割は極めて大きい。外交、軍事、経済など各分野にまたがる日本の対中戦略の具体像については、次回の提言で取り上げていきたい。

<補足資料>「すべての分野で高まりをみせる中国の脅威」

1.質的量的拡大を続ける中国の軍事力

 中国の軍事力は、人民解放軍、人民武装警察部と民兵から構成され、中核となる人民解放軍は陸・海・空軍とロケット軍などからなる。元来、中国共産党の軍隊であった人民解放軍は、著しく遅れた装備の近代化を膨大な兵員を投入しての人海戦術で補うという戦法を旨としていたが、「四つの近代化」の一つに国防の近代化を掲げ、特に1979年の中越戦争での敗北を教訓として装備の近代化を急いだ。

 以後、改革開放政策による経済成長を背景に、過去30年にわたり、中国は一貫して高い水準で国防費を増加させ続けており、急速に軍事戦力の拡大と近代化が進んだ。近年では実戦的な運用能力や統合作戦能力の向上を目的に大規模な機構改革にも取り組んでいる。軍事力強化の中でも特に中国が注力しているのが、核・ミサイル戦力や海上・航空戦力、それにサイバー・電子能力の分野である。

(1)北朝鮮の比ではない強大な核・ミサイル戦力

 中国は、米露に次ぐ世界第三位の核戦力を保有している。また対米劣勢を克服するべく、戦略核戦力の軍拡を続けている唯一の国であると同時に、核弾頭搭載可能なミサイルを世界で最も幅広く保有する国でもある。これまで米本土を核攻撃できる中国のICBM(大陸間弾道ミサイル)の多くは液体燃料を使用するものであったが、近年ではTEL(発射台付き車両)に搭載できる固体燃料推進方式のDF-31Aが導入配備されつつあり、核戦力の残存性や非脆弱性が高まっている。核弾頭の小型化や多弾頭化も進めている。

 東アジアから西太平洋を射程に収める短・中距離弾道ミサイルについても質量ともに強化し続けており、周辺諸国への大きな脅威となっている。台湾を狙うDF-11、15、16等の弾道弾は1200発以上保有しており、毎年100基近くのペースで増強が続いている。その多くは台湾だけでなく尖閣諸島や南西諸島も射程に収めており、展開によっては日本本土の攻撃も可能となる。

 また中国近海に接近する米海軍の空母を撃破する目的で、空母キラーと呼ばれる対艦弾道ミサイルDF-21Dを中国各地に配備、その改良型で第2列島線に位置する米軍の拠点グアムを射程に収めるDF-26(グアムキラー)の部隊配備も昨年から始まった。ともに通常・核両方の弾頭が搭載できる。さらに、弾道ミサイル戦力を補完するものとして巡航ミサイルやその搭載が可能な H-6爆撃機を保有している。これらの戦力はいずれも「A2/AD」能力の強化を目指すものであり、米軍が南シナ海で実施している「航行の自由作戦」を牽制する狙いも込められている。

 中国は、米露がINF条約に縛られている隙をついて中距離兵器を次々と開発し、今では世界最大の中距離弾道ミサイルの保有国になっている。中国の弾道ミサイル能力の向上によって沖縄など日本に駐留する米軍のリスクが高まり、米軍撤退の動きが表面化する懸念も伴う。米本土には届かないが、日本、台湾、グアム、韓国を射程に収める圧倒的な中距離ミサイル戦力の存在は、アメリカの同盟国に対する核の傘の信憑性を損なうことになるのだ(デカプリング問題)。このほかにも中国は、ミサイル防衛網THAADを突破できる極超音速飛翔体WU-14(DF-ZF)やそれを運搬するミサイルDF-17の開発を急いでいる。

(2)海空戦力の顕著な増強

米軍の中国近海・西太平洋への接近を阻み、台湾の武力解放狙う

 各軍種の中でも海軍力の増強は顕著である(攻撃型及び戦略型原子力潜水艦を保有など)。ソ連海軍のアジア・太平洋海域からの撤退で生じたシ-パワ-の穴を埋めるかのように、冷戦末期以降、中国海軍の活動は俄かに活発化した。80年代後半、鄧小平の指導の下、中国海軍の劉華清はマハンの思想に影響を受け、沿岸海軍から外洋海軍への拡大を提唱した。92年10月の第14回全国代表大会では、人民解放軍の任務にそれまでの領土、領空、領海主権の防衛に加えて「海洋権益の防衛」が追加された。またこの年には、尖閣諸島や南沙、西沙群島等を中国領と明記した「領海法」も制定されている。さらに2012年11月の共産党第18回大会の政治報告において、胡錦涛総書記は、今後の中国の最重要国策として「海洋強国建設」の方針を打ち出した。

 中国が海軍力を中心に軍備強化を急ぐ理由の一つは、米軍の中国近海・西太平洋への接近を阻み、台湾の武力解放を可能とすることにある(「接近拒否・領域拒否(A2/AD)」戦略)。米空母を破壊出来る対艦弾道ミサイルの開発・配備を急いでいるのもそのためだ。中国は沖縄、台湾、フィリピンを結ぶラインを第1列島線、その外側の小笠原諸島、マリアナ、インドネシアに至るラインを第2列島線と定義し、第1列島線の内側で制海権を握るとともに、第2列島線内のシーコントロール確保と米海軍の排除を目標に、今後も海軍力の増強を続けるものと考えられる。

海軍増強のもう一つの狙い:資源の確保

 中国が海軍を増強するもう一つの理由は、資源の確保にある(6)。既に中国はエネルギーの輸入国であり、14億人の国民と世界第2位の生産力を維持するために、南米各国、オーストラリア、アフリカから大量の物資を輸入し、製品を輸出している。これらはすべて太平洋やインド洋を通り、南シナ海や東シナ海を経由して本国に輸送されている。大陸国家でありながら海上交通に国家の生存を依存する史上初の国となった中国は、強大な海軍力を整備し、海外の資源を本国まで安全に運ぶ海上輸送路の確保に乗り出しているのだ。

 それだけではなく、海底油田等が存在する周辺海域を自国の領域に取り込もうともしている。その顕著な表れが、後述する南シナ海における国際法を無視した一方的な島嶼の占領とその既成事実化の行動である。中東からの石油輸送ルートにあたり、海底資源も豊富であることに加ええ、中国原潜の潜む場所として適地であることから、南シナ海域を「核心的利益」と位置づける中国は、一方的に島を占有し軍事基地の建設を急ピッチで進めているほか、周辺諸国の海洋行動を妨害して度々摩擦や国際問題を引き起こしているのだ。さらにインド洋への展開能力も急速に高めつつあり、このまま中国の海洋支配が進めば、米第7艦隊の存在感が希薄化し、日本のシーレーンも危殆に瀕することになろう。

日本周辺海域や東シナ海でも、事態は深刻化

 日本周辺海域や東シナ海でも、事態は深刻化している。2015年12月以降、機関砲とみられる武器を搭載した中国艦船が日本の領海に繰り返し侵入しており、尖閣諸島近海に派遣される艦船の大型化や隻数の増加が進んでいる。中国軍指導部は、軍の活動の過去5年間の成果として、わが国固有の領土である尖閣諸島に対する「闘争」の実施、「東シナ海防空識別区」の設定や、海・空軍による「常態的な巡航」などを例示している。さらに、今後とも中国軍の任務遂行能力の向上に努める旨強調しており、質・量ともさらなる活動の拡大・活発化に警戒しなければならない。

 17年の第19回党大会で、従来表明していた「三段階発展戦略」の第三段階の目標実現の時期を15年前倒しする方針が示されたが、中央軍事委員会主席でもある習近平国家主席の権力強化に伴い、実戦的な運用能力向上を目的とした軍近代化の動きは今後さらに加速するものと思われる。

 海上戦力の整備では、より遠方の海域において作戦を遂行する能力の構築が重要視され、新型水上艦艇や新型潜水艦などの増強を継続している。中国初の空母「遼寧」が2016年12月に初めて太平洋へ進出したほか、初の国産空母も17年4月に進水、18年5月に初の海上試験を実施しており、2~3年以内に就役すると見られている。海上戦力にはエアカバーが必要であり、13年7月には中国海軍航空部隊のY-8早期警戒機1機が初めて沖縄本島・宮古島間を通過して太平洋に進出し、15年には空軍による太平洋進出も確認されている。より遠方での戦闘が可能な航空戦力の構築をめざし、第4世代戦闘機を増加(ロシアからSu-27、30購入、国産のJ-10やJ-、11、15、16など)させるとともに、次世代戦闘機J-20の部隊配備も開始している。

(3)南シナ海における島嶼の不法占拠と軍事基地化

南沙・西沙諸島の支配権をめぐる中国の威圧的姿勢

 南シナ海では中国、台湾、越南、フィリピン、マレーシア、ブルネイがそれぞれ自国の領有権や管轄権を主張し、境界線が重なり合っている。石油やガス資源の存在が指摘された1960年代末頃から各国の対立が激しくなり、なかでも南沙・西沙諸島の支配権をめぐる中国の暴力行使を伴う威圧的な姿勢が問題になっている。

 南沙(スプラトリー)諸島は南シナ海の中央に位置する海上交通の要衝で、100以上の小島と環礁からなる。豊富な漁業資源に加え、同諸島周辺には油田、天然ガス等の海底資源の存在が有力視されている。諸島最大の太平島は台湾が実効支配し、フィリピンも9か所を実効支配するが、南沙諸島については中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレ-シア、ブルネイの6か国がそれぞれ自己の領有権を主張し、特に中国とベトナム、フィリピンの間で衝突が繰り返されている。

 西沙(パラセール)諸島は、海南島の南東約300kmに位置し、50近い珊瑚礁の島と岩礁で構成され、現在全ての島嶼を中国が実効支配しているが、ベトナムと台湾も領有権を主張している。中国は、1974年にベトナムと武力衝突を起こし西沙諸島を支配下に収めたのを皮切りに、88年には再びベトナムと戦火を交え南沙諸島のジョンソン礁を占拠、95年には西沙諸島に飛行場を建設したほか、南沙諸島のミスチーフ礁に櫓等の建造物を設置、その後コンクリート施設に建替え中比の緊張が高まった。98年にも中国は再びミスチ-フ礁に軍事施設らしき建造物を増築している。

近年活発化する島嶼の不法占拠活動

 中国の実力を行使した一方的な島嶼の不法占拠活動は、近年一層活発化している。主な事例だけを見ても、2011年3月、南沙諸島近海でフィリピンの石油探査船が中国の警備艇に威嚇され、5月にはベトナムの漁船が中国海軍の艦艇から自動小銃で威嚇発砲された。12年4月には、フィリピンの排他的経済水域内にあるスカボロー礁付近で中国漁船が違法操業をしたことから、中比の艦船が2か月以上同海域でにらみ合いを続けた。

 さらに14年5月、中国は西沙諸島近海で石油の掘削に着手し、抗議するベトナム船に放水や衝突を加えた。またこの年、中国は南沙諸島の7か所の岩礁で大規模な埋め立て工事に着手し、出現した人口島には3000メートル級の滑走路やレーダー施設、大型船の接岸が可能な港等を建造し軍事拠点化を進め、16年からはこれら施設の運用を開始している。18年には南沙諸島に対艦巡航ミサイルや地対空ミサイルが配備された。西沙諸島でも地対空ミサイルを配備、J-11などの戦闘機や戦闘爆撃機も展開させており、今後南シナ海に防空識別圏を一方的に設定する可能性も危惧されている。

 国際ルールを無視した中国の一連の行動に対抗して、13年1月フィリピン政府は国連海洋法条約に基づき中国を相手に仲裁裁判を提起した。中国は独自に設定した九段線を歴史的根拠に南シナ海の領有権を主張するが、常設仲裁裁判所はこれを認めず、中国の法的な根拠を完全に否定した(16年7月)。しかるに中国はこの裁決を受け容れず、現在も一方的な島嶼の軍事拠点化を進めている。

(4)サイバー電子戦―大規模なハッカー専門部隊を編制

 情報収集や指揮通信機能などは近年、人工衛星やコンピュータ・ネットワークへの依存を高めている。中国は最先端技術の世界支配をめざしているが、それはハイテクが軍事分野に広く適応できるからである。なかでも紛争時に自身の情報システムやネットワークを防護する一方、敵の情報システムやネットワークなどを無力化し、また最新兵器のデータや軍事機密を傍受窃盗するため、サイバー(電脳)・電子戦能力の強化を重要視している。サイバー戦に勝利するため、網軍と呼ばれる大規模なハッカー専門部隊を編制しており、61398部隊(「人民解放軍総参謀部第三部第二局」とも呼ばれる)はその代表格だ。近年頻発する各国政府機関や企業を対象としたサイバー攻撃との関連が指摘されている。

 また2015年の軍事改革で、陸海空軍と同格となるロケット軍を新たに創設したように、宇宙の軍事利用にも積極的だ。中国は表向き宇宙空間の平和利用を強調しているが、軍事利用を否定しておらず、紛争時に敵の宇宙利用を制限、妨害するためのレーザー兵器や衛星妨害兵器の開発を急いでいる。アメリカのGPS機能に依存しない衛星測位システムや宇宙ステーションの開発などの独自開発など一見純然たる科学技術の振興や民生目的に見える事業も、他国の情報収集やミサイルの命中精度向上など軍事利用の狙いが込められている。

(5)透明性の低さと信頼醸成阻害活動の多発

 中国の軍事政策や軍事行動には不透明な部分が非常に多く、それがこの国に対する周辺諸国の警戒感や不信感を高める原因となっている。軍事政策に関しては、具体的な装備の保有状況、調達目標及び調達実績、主要な部隊の編成や配置、軍の主要な運用や訓練実績、軍事予算の内訳の詳細などについて明らかにしていない。1998年以降ほぼ2年ごとに発表していた『国防白書』も2015年以降は発表されなくなり、19年も発表が見送られた。

 軍備の増強を続ける一方、その目的や将来像を示そうとせず、軍事や安全保障に関する政策決定プロセスの透明性も確保されていない。さらに信頼醸成を阻害する行動も多発している。2004年11月、中国の原子力潜水艦がわが国領海内を潜没したまま航行した。これは国際法に違反する行動であるが、中国側は詳細な事情を説明しなかった。13年1月には中国海軍の艦艇が海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射。さらに18年1月には、中国海軍の潜水艦が尖閣諸島周辺の接続水域内を潜没航行したが、こうした一連の行動に対して中国側はいずれもその事実を認めず、虚偽の説明を行うなど問題ある対応を繰り返している。

2.攻勢的な外交政策の展開

(1)台湾の奪取併合

国際機関からの締め出しと国交断絶による孤立化政策

 習近平が毛沢東を超える偉大な指導者として歴史にその名を遺すためには、毛沢東でも果たせなかった課題、つまり「核心的利益」と呼ぶ台湾を併合して「一つの中国」を実現し、悲願である祖国統一の大業を成し遂げる必要がある。

 従来から中国は、武力の威嚇と並行して、パンダ外交や大陸への渡航・里帰りを緩和容認することで台湾大衆を引き付け、企業に対しては有利な条件で大陸への進出・投資を促す、さらに香港型の一国二制度の導入を仄めかすなど硬軟両様の戦術を用いて台湾の取り込みを画策してきた。しかし、外省人の影響力低下や世代交代の進展に伴い、台湾では現状維持を支持する声が強く、若者の間では独立志向も高まっている。こうした状況に中国側は焦慮を深めており、2005年には「反国家分裂法」を制定し、「如何なる名目、如何なる方式であれ台湾を中国から切り離す事実を作り、台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または平和統一の可能性が完全に失われたとき」には、中国は武力行使を含むあらゆる措置をとることを明文化した。

 習近平政権になって台湾政策はさらに加速強権化している。国際機関から台湾を締め出し、あるいは台湾を国家承認している国に莫大な経済支援を約束し、その見返りに台湾との国交断行を迫るなど台湾の孤立化に動いている。16年に独立志向の強い民主進歩党の蔡英文政権が発足して以降、中国の圧力で台湾はパナマやドミニカ、エルサルバドルなど5カ国と断交に追い込まれ、外交関係を結ぶ国は17か国に減ってしまった。また習近平はカソリックとの和解を進め、欧州で唯一外交関係を残すバチカンを台湾から引き離そうと躍起だ。

武力行使を辞さない姿勢を強調

 さらに武力による統一も公言化し始めている。2019年1月2日、習近平主席は台湾問題について演説し、台湾との「再統一」を確実にするための選択肢として軍事力の行使を排除しないと言明した。習主席は「両岸の双方が一つの中国に属することは法的事実であり、いかなる人物や勢力によっても変えることはできない」と蔡英文総統や台湾独立推進派に警告を発し、中国は「武器の使用は放棄せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す」と述べ、「外部勢力の干渉や台独(台湾独立)分子」に対しては武力行使を辞さない姿勢を強調した。

 また「台湾問題は中国の内政で、中国の核心的利益と民族感情に関わることであり、如何なる外部の干渉も許さない」とアメリカを牽制している。習主席はこれまで再三中台統一への強い意欲を示してきたが、敢えて年頭に「武力使用」に言及することで決意の強さを新ためてアピールしたといえる。台湾海峡周辺での中国軍の行動も活発化している。仮に台湾の独立を許しあるいは黙認すれば、内モンゴル、新疆ウイグル、チベットの各自治区でも燎原の火の如く激しい独立運動が持ち上がるのは必定であり、中国としては何としても台湾の独立を阻まねばならないのだ。

 中国が台湾を軍事制圧するには、台湾本島への着上陸侵攻作戦が必要で、台湾海峡周辺の制空、制海権の確保が不可欠だ。中国は総兵力の約⅓、海軍力の半分を台湾に振り向けており、最新鋭戦闘機や揚陸艦の増強、対艦攻撃力の強化を急ぐなど台湾侵攻能力を急速に高めている。18年6月に公表された「中国の軍事力に関する年次報告書」(米国防省)によれば、敵前上陸などを担う陸戦隊について、現状の約1万人規模(2個旅団)を2020年までに3万人規模超(7個旅団)に拡大させる計画が判明した。陸戦隊には新たに「遠征作戦」などの任務も付与され、アフリカや中東への展開に加え、尖閣諸島や台湾の軍事制圧を視野に入れての兵力増大の可能性がある。

 平和的統一を喧伝しながらも、これまで中国は武力による統一を否定したことは一度もない。現時点では、台湾を短期間に制圧するだけの戦力は有しておらず、米軍の介入も予想されるため、直ちに武力侵攻に踏み切る蓋然性はさほど高くない。しかし、習近平政権の焦りを見ると、恫喝の域を越えて武力行使に訴える可能性は年毎に高まっている。なかでもアメリカのアジアへの関与・関心が低下したと中国が判断したり、世界の関心が他の地域に集まっている時などは、その行動には十分な監視と警戒が必要である。

(2)アメリカに対抗する中露同盟

 アメリカの一極支配に陰りが出始める中、中国は一面ではアメリカと協調しつつも、他面ではアメリカに代わる新たな覇権国家への途を目指している。その際、中国一国ではアメリカに対抗し得ない現状を踏まえ、やはりアメリカの世界支配に抵抗しているロシアと連携を図ることでアメリカを牽制し、かつ国際社会での存在感を高めようとしている。

 プーチン政権下のロシアはクリミアを武力で併合し、さらにウクライナ東部でも親露派武装勢力を支援してウクライナの西欧への接近を阻止しているほか、バルト三国はじめNATO諸国との軍事的緊張も強まっている。中国は国連安全保障理事会の常任理事国だが、実力によって国際秩序を変更しようとするロシアの姿勢を何ら批判せず、エネルギー資源や武器の獲得および中国製品の輸出市場としてロシアとの関係を重視している。

 中国はまたイランやシリア等中東への浸透を深めつつあるロシアと緊密な関係を維持することで、ユーラシア西方の問題をロシアに委ね、自らは東アジアおよび太平洋方面への進出に専念できる有利な環境を作り出している。米中間の貿易戦争勃発に伴い、今後中国はロシアとの関係をさらに強化させていくであろう。

(3)北朝鮮核問題解決に対する消極姿勢

 中国がフリーハンドを得つつある東アジアでは、北朝鮮の核開発問題が存在する。しかし中国は、北朝鮮の核開発阻止には消極的である。2017年4月にフロリダ州のパームビーチで中国の習近平主席と初めて会談した際、トランプはアメリカに対する中国の貿易量削減とともに、北朝鮮の非核化に協力するよう求めた。しかし、北朝鮮の核開発問題よりも、自由主義勢力との直接接触を防ぐ緩衝地帯として朝鮮半島北部に安定した社会主義体制が存在することが自国の安全保障にとってより重要な利益と中国は考えている。

 それゆえ北朝鮮カードを対米交渉で活用はしても、核の放棄を迫るなど金正恩政権を追い込むような政策を採ることはない。言い換えれば、金正恩政権に核を放棄させられるか否かは中国の姿勢に大きく関わっており、北朝鮮問題は中国問題でもある。日本の安全保障にとって中国は、尖閣諸島や東シナ海の油田開発等の領土・エネルギーや海洋自由に対する脅威であるばかりか、朝鮮半島の赤化や北朝鮮の核脅威にも深く関わっている。

(4)影響力拡大のため、アフリカ・中南米に積極的外交を展開

 中国はアフリカやアメリカの裏庭ともいえる中南米にも積極的な外交を展開し、その存在感を高めている。中国は改革開放政策の以前から途上国と深い関係を保ち、それを梃子に欧米主導の国際秩序とは一線を画した独自の外交路線を採ってきた。さらにエネルギー消費の増大が顕著となった2000年前後からは、ODAの拡大や首脳外交の展開等一層の関係の強化に動いている。

 なかでも力を入れているのがアフリカだ。中国の歴代外相1991年から23年連続して毎年の最初の訪問地にアフリカを選んでおり、習主席も就任後初の外遊先として南アフリカ等3か国を歴訪している。こうした戦略的な動きは、習近平政権になって一帯一路政策として展開されている。もっとも、資源獲得のためなら人権抑圧国家や独裁政権とも手を結ぶ中国の資源外交(ダルフール問題で非難を受ける産油国スーダンへの融資等)は国際社会から強い批判を浴び、あるいは大量の中国人労働者の流入や環境破壊の拡大から、受け入れ国との摩擦も目立っている。

(5)情報戦・世論・文化・学術工作

 中国はこれまで海外で活発な情報戦を展開している。買収やハニートラップにかけて要人から機密情報を盗み出したり、頻繁なサイバー攻撃を仕掛けて相手国のソフトウェアシステムを破壊するだけでなく、世論、マスメディア、さらに学術機関・研究者に対して様々な工作を仕掛け、自国に有利となるような対中イメージの形成に腐心している。

 例えば台湾では、中国との統一を主張する政治団体「中華統一促進党」に資金を提供し、反独立運動や民進党政権への抗議活動を煽っており、また諸外国の大学や高等教育機関などに孔子学院を相次いで設立し、プロパガンダや政治工作の拠点にしている。米上院の調査によれば、全米には既に100以上の孔子学院が作られ、06年以降中国から1億5800万ドル(約175億円)以上の工作資金が提供された実態が明らかにされた。

 中国は諸外国の政治団体、マスメディアや研究者、大学、シンクタンク等を買収したり、多額の寄付金、補助金を与えて中国賛美の番組や研究報告を作らせ相手国の世論を操作をしている。一方、中国に批判的な知識人を監視し、そのプライバシーやスキャンダルを利用して社会的に葬ったり、取材に対する規制や妨害をかけて反中的な報道や記事を抑え込んでいる。人権弾圧や共産党の腐敗ぶりを熟知し、また当局の発表する統計数値が経済の実態と大きく乖離していることを承知していながら、報復や取材規制、研究妨害を恐れてその事実が公表されないように仕向けているのだ。中国の政治工作や謀略活動が、中国に対する正しい理解を妨げるばかりか、表現や言論の自由が脅かされ、民主主義が蔑ろにされている実態を我々は知らねばならない。

3.経済:巨大市場と一帯一路

(1)巨大市場を用いた恫喝外交

 米中冷戦は、かっての米ソ冷戦と異なる面がある。決定的に違うのは、中国がグローバル経済に組み込まれたことで、逆に中国の側が世界経済や日米欧など諸外国に大きな影響力を及ぼすようになっている点だ。

 改革開放政策によって中国経済は目覚ましい発展を遂げたが、急速な経済成長を成し遂げた要因として、日本やアメリカ等西側の経済先進国が1980年代以降、中国に対して膨大な経済援助や資本の投下を続けてきたことが指摘できる。日本の場合は、戦争責任に由来する贖罪感、アメリカにあっては、中国が経済的に発展して中産階級が育てば民主化の実現が早まるとの期待から、中国に対して莫大な資金や資本を投入し続けてきた。こうした経済大国からの援助によって、中国は世界第二の経済大国となり、アメリカを脅かしかねない存在となった。攻守所を変え、かって中国を経済的に援助した多くの国々が、いまや自国の経済発展のために中国の市場に大きく依存せざるを得ない状況に陥っているのだ。

 アメリカでは、中国との貿易不均衡にとどまらず、中国がアメリカ国債を大量に引き受けないと経済が立ち行かなくなってしまった。日本では、爆買いやinboundビジネスに象徴される中国人観光客への経済的依存をはじめ、大学や学校は少子高齢化の影響で中国人留学生頼みの構造になっている。中国の意向に逆らえば、中国国内への企業進出や出店は妨害され、逆に撤退しようとすれば莫大な補償金を企業からむしり取ることが常套手段となっている。また対中関係を拗らせると、中国人の観光客や留学生を激減させ報復するのだ。アメリカのTHHADシステムを受け入れた韓国、「一つの中国」政策を認めない台湾やパラオなどがそのために経済的な打撃を受けている。ファーウェイ幹部を逮捕したカナダへの中国人観光客が激減したが、これも中国共産党による報復戦術だ。経済成長を遂げた中国は、その巨大な国内市場そのものを対外交渉の武器として露骨に用い、自らに好都合なように他国の外交政策や行動全般を操り始めている。市場を用いた静かなる恫喝、侵略である。

 そのうえ各国にとっては、安価な中国製品の大量搬入で、自国の製造業が壊滅させられる脅威も無視することはできない。安かろう、悪かろうの段階であれば、高品質高付加価値の商品で対抗することも可能であったが、いまや中国は第四次産業革命を制して超ハイテク製品で世界市場の支配を目論むレベルにまで迫りつつある。この恐怖や脅威感がアメリカの対中認識を一つにさせ、米中戦争を一挙に顕在化させることになったのだ。

(2)市場・資源・根拠地獲得をめざす一帯一路政策

「真珠の首飾り」構想を地球規模に拡大

 いま一つ中国がその経済力を自らの影響力拡大の手段として用いているのが、途上国に対する開発援助政策である。中国を起点に中央アジアから欧州までを陸路で結ぶ「シルクロード経済ベルト」と、中国沿海から南シナ海、インド洋を経てアフリカ、更には地中海に抜けてベニスにまで至る海上交通路「21世紀の海上シルクロード」の二つを柱とし、ルート上に位置する各国と大規模なインフラ整備を進めようとする「一帯一路」構想がそれで、2013年に習近平国家主席自らが提唱し、強力に推し進めている。これまで中国は「真珠の首飾り」構想を掲げ、パキスタンやスリランカとの経済的戦略的な関係を強化し、南アジア~インド洋地域への進出を活発化させてきたが、一帯一路構想はそれを地球規模に拡大させたものと言える。

 2013年末に中国は400億ドル規模の「シルクロード基金」を設立、15年には構想の「行動計画」も発表した。2016年には、各国政府が出資しインフラ建設等の資金を提供する国際機関としてアジアインフラ投資銀行(AIIB)を立ち上げ、日本やアメリカを除き、現在93か国・地域がこれに参加している。同様の組織として既に世界銀行やアジア開発銀行などが存在するが、欧米主導の国際金融秩序に対抗する機関を自ら立ち上げ、アメリカや日本を牽制するとともに、その経済力を梃子として将来的には中国を軸とした新たな金融秩序を構築することにその狙いがあることは明らかである(7)。

経済援助の顔をした資産略奪の経済的侵略

 中国は、相互利益の拡大と途上国の支援・発展がこの構想の目標と説いているが、額面通りに受け取る者はいない。この構想の実態は、内需が弱く国内市場の拡大が思うように進展しない中国経済の現状に鑑みて、莫大な海外投資事業を推進することで中国企業の投資先と中国人労働者の雇用を確保するとともに、併せて中国軍の海外進出拠点を確保するための国策にほかならない。しかもこの構想が悪質なのは、被援助国の返済能力や開発プログラムに対する精緻な評価作業をせず、莫大な資金を貸し付け、被援助国が返済不能に陥るや、当該施設を自ら取得するか長期間借り受けて、中国企業や中国軍の海外進出拠点として取り込んでしまう点である。ペンス副大統領も、貧しい発展途上の国々を借金漬けにして、港や鉄道などのインフラを取り上げてしまう“債務の罠”について、豊富な具体例を列挙して中国の手法を激しく非難している。

 その指摘通り、スリランカでは債務返済が出来ずハンバントタ港の運営権を99年間にわたり中国に譲り渡す事態に追い込まれた。同様にアラブ首長国連邦(ハリファ港)やパキスタン(グアダル港)、さらにオーストラリア(ダーウィン港)やギリシャ(ピレウス港)まで港湾施設等の利用・運営権が中国の手に落ちた。またモルディブは中国からの債務が年間税収の3倍の約30億ドルに上り債務危機に陥り、新疆ウイグル自治区とグアダルを結ぶ経済回廊事業(620億ドル)の8割を中国の融資に頼ったパキスタンも債務不履行で、IMFの救済に頼ろうとしている。さらに中国が主導したニカラグア運河の建設をはじめ、インドネシアやマレーシア、ペネズエラでの鉄道建設事業もとん挫した。マレーシア、パキスタン、スリランカ、モルディブ、それにマダガスカルなど中国から巨額の融資を受けてきた親中派の指導者はいずれも失脚し、対外債務の7割を中国が占めるアンゴラ政府は対中関係を見直し、日本や欧米との関係強化へと方針を転換させている。かように一帯一路政策の本質は、経済援助の顔をした資産略奪の経済的侵略行為にほかならない。