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いろはうたう

膨張するファルス

2024.09.20 10:00

蚯蚓はまるで魚釣りでもするようにぼんやりと写真を撮る。

現実のことはどうでもいいと言わんばかりにファインダーを覗く。

イヤホンから流れる曲は、音程の微妙なアメイジング・グレース。


漂う蚯蚓の視線はやがて志向性を帯びる。

自覚が伴わずともその視線は確かに何かを捜している。

その何かを見極めたくて、目を凝らした蚯蚓は、

ふと、ボートの上から湖底を覗いている自分に気がついた。


湖はロケットのように透明であり、

同時に人工衛星のように濁ってもいる。

あまりにも透明なその湖は彼我の距離感を喪失させる。

あまりにも濁ったその湖は自己の存在感を霧散させる。


清浄と汚濁との間に谷成す差異は消失し

認識としての世界が姿を変える。

それは自己との相対的な距離により対象が認識される

方向の無い世界の姿である。


蚯蚓には迷子になったという感覚は無い。


ありふれた認識が見せる痩せた世界の幻想は

困ったことに、あるいは蚯蚓にとっては困らないことに、

豊穣たる世界としての現実を保証する未完の情景などではなく、

むしろそれを夢想させるばかりのプロパガンダフィルムなのだから。