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いろはうたう

腐海の糸

2024.10.30 10:00

友人へと宛てた手紙を書きながら狸は眉をしかめた。

先日買ったばかりの万年筆の具合がよくない。

手紙一通書ききれぬほどではないが。


この手紙を書き終えたら郵便局と文房具店に行こう。

あるいはそのときには修理の必要などないだろうか。

いずれにせよ言葉を並べてみぬうちには始まらない。


狸は白い便箋に意識を向ける。

自らを消すように息を潜める。

そして内なる声に耳をすます。


心の奥で凝る輪郭の曖昧な対象。

最初に繋がる景色は平日の公園。

その奥深くへと続く緑陰の小径。


確かな予感がある。

その林は森へと至り

友人はそこで歌っている。


進み、渡り、重ね、流れ、そして思う。

我々はいかに楽園を定義しうるのか。

辿りつくべき場所があると思い込み深奥へと潜る。


溢れる想いが伝わること。

誰もがささやかな願いを叶えられること。

言葉を介さず感情をあるがままに感じられること。


友人に訊けば何と答えるだろうか。

そう思いながら狸は森の奥へと沈んでいく。

怖くはない。

ただあたたかだ。