「宇田川源流」【現代陰謀説】 諜報機関に「多様性」は必要か?
「宇田川源流」【現代陰謀説】 諜報機関に「多様性」は必要か?
さて、まずいつもの内容の前に、今回から、というか2024年、令和6年の9月から、新聞の記事に関しては、全文掲載をやめて、その記事の題名とURLを記載することにしたいと思う。
いくつかの理由がある。一つは、最近興味のある記事が長くなってきている。記事を選ぶのに時間がかかってきて、1時間でブログが終わらなくなってきてしまっている。そこで、記事の長さで時間が変わらないように、題名とURLで読めるようにしておこうと思っているのである。
もう一つの理由は、最近記事の使用に関しても著作権などがうるさくなってきている。もちろん私のブログに苦情などが来たことはないのであるが、しかし、今のうちにそのような状況に対応しておいてもよいのかもしれない。つまりそのような感じの内容をしてみればよいのかもしれないと思って、タイプを変えてみようと思ったのである。
さて毎週金曜日は、「現代陰謀説」をお届けしている。
日本で陰謀論といえば、なんだかわからない、実在しているかどうかも不明な影の組織があって、その陰の組織が何か人類を迫害するとか、殺戮するとか、そのような感覚である。ちょうどイメージとしては仮面ライダーの死神博士や、マジンガーZのベルクカッツェのような、地球を外部から洗脳して地球人江尾すべてどれにする勢いの団体があるかのような感じである。このたとえでわかるように、日本で「陰謀論」を主張している人々は、1970年代の悪の組織的な陰謀論と全く変わらない発想しかなく、それがいかに現実離れしているかがわかるのではないか。細かく言えば「善悪二元論」の絶対的な悪の組織があり、その人々を「勧善懲悪的に倒す」という構図は、時代劇水戸黄門の時代から日本人が大好きであり、それが昔の子供アニメにも十分に作られた内容である。現実社会に行きながらそれらの内容から全く成長がないというのが、日本の陰謀論者であると言って過言ではない。
しかし、一方で「陰謀」が存在することは、別な意味で存在する。ある意味でそのような「悪の組織」はないが、しかし、今のウクライナにおけるロシアや、台湾における中国共産党のように、「人類全体」ではないにしても「自国のエゴで、隣国を侵略または害する目的を持っている」国は少なくない。これは国ばかりではなく、「会社」「宗教」など様々な団体がありその団体がそのような「自分のエゴ」を出せば、それが陰謀につながることになる。
そのような「各団体や国家のエゴ」を見破り、そのうえでその行動に関して「通常の国家運営とは異なる内容」を見てゆくということが、陰謀を見つける作業になる。ここではそのような内容を行っている。
さて、本日の内容は「アメリカの諜報機関において民間よりも多様性に遅れが出ていること」について考えてみたい。
<参照記事>
米諜報機関、多様性が民間に遅れ=報告書
8/26(月) 13:35配信ロイター
https://news.yahoo.co.jp/articles/a059987d4c420629fe32ef253a8f94d52445558c
<以上参照記事>
さて、私などから見れば、1970年代から始まったウーマンリブ、そして、「男女平等運動」というのは、これは「男性」「女性」という「団体」における陰謀であるという感じがある。そもそも「権利」があれば「義務」も存在する。本来は男性と女性が、役割分担を行っているはずであり、それを男女関係なくしてしまうということは、かなり大きな問題になる。そのことは「家庭で子供を育てる」ということができなくなり、また子供がいないかていにおいては、老人になってからその生活を面倒見る人がいないということになってしまうので、国が年金や生活保護費を支給しなければならない。単純に、「共産主義的な老人社会」が出来上がるということになるのである。そのような意味では共産主義者や社会主義者の陰謀ではないかというような気がしないでもないが、そもそも「家庭ということを壊す」というような感覚が出てきてしまっているのではないか。
まあ、その話は別にして、すでにsのような価値観になってから半世紀経ってしまう。その内容が染みついた世界において、「女性の社会進出」が「率」で出てきてしまう。女性が社会進出し、それだけ共働きが増えてしまうということは、それだけ子供を育てる人がいないということを意味しており、何かがおかしいというような状況になるのではないか。
しかし、その様な「割合」だけを数値化していることに「問題」を感じない状態になっている。
さて、そのような前提を見たうえで、諜報機関の女性の進出が少ないということが話題になっている。上記の記事では、「諜報機関における女性の割合も41.6%と、民間の53.3%を下回っていた」ということを記載している。まあ、その記事に関しては、しっかりと見ていただきたいと思うのであるが、「危険な内容」であるということは、ある意味で、「女性がしっかりと訓練して、女性でも役に立つ職種」があるということになるのかもしれないし、また、男性でなければできない仕事も少なくないのではないか。もちろん「例えば中国が行っているハニートラップ」などは、男性に対しては女性にしかできないというものであろうがLGBTの世界になれば、ハニートラップの男性と男性のカップルもあるのかもしれないというような感覚になるのであろうか。いずれにせよ「情報」という者は「社交性」によって入ってくるものであり、その社交性・社会性は、男性の方が理解しやすいのかもしれない。特にイスラム教の国に対しての情報などは、女性ではうまくゆかない。女性は宗教的に男性とは異なるカテゴリーになっているのがイスラム教であるから、その内容が、そのまま男性の仕事負担が大きくなるということになる。
「女性の権利」と言いながらも、実際には「男性と女性は異なる」ということであり、また、それは、本人の能力とは関係なく、相手が「情報を話しやすくなる相手」でなければならない。その様に考えれば、アメリカの諜報機関が「男性でなければ仕事が成立しないという部分がある」可能性も考えなければならないが、しかし、そのような状態でありながらも、単純に「数値」「割合」だけで話をしていること自体が、陰謀を感じるのである。
まさに「アメリカの諜報機関に仕事をさせない」という圧力が、この記事を掲載したロイターにかかっているのではないか。
このような話を冷静にしっかりと見る、単純に、数字だけでは見えない内容を評価するということが、世の中には必要であり、「個性」を認めず「男性・女性」という性別だけで見ていること自体が「多様性を失っている」ということになるのではないか。そのような記事そのものの矛盾をしっかりと見つけないと、簡単に陰謀に引っかかってしまうということになる。