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法善寺(塩場寺) 市川市本塩

2024.09.02 21:00

おはようございます。

行徳のつづきです。

仏生山法善寺を訪れました。

すでにふれましたが、江戸時代、行徳では製塩業が盛んでした。

そして、じつはこの法善寺が行徳製塩の発祥の地とされています。

法善寺は1600年(慶長5年)、宗玄和尚によって創建されました。


宗玄和尚はもともと大坂(大阪)の人で、片桐且元に仕えていた武人でした。


行徳へやってきた宗玄和尚は武家時代のノウハウを活かし、


この地の海岸や荒地を開拓し、広大な塩田をつくって、


製塩技術を行徳の里人に伝授しました。

こうしたことから法善寺は行徳製塩の発祥の地とされ、


代々、この地の製塩業に携わる人々の信仰をあつめ、


別名、塩場寺(しょばでら)と呼ばれるようになりました。


思いかえせば、

私の住む江東区周辺も近江や大坂(大阪)からやってきた商人が切り拓いていますし、

佃島周辺もそうでした。


この時期、上方からさまざまな技術がもたらされたんですね。


俳諧もまた同様でした。

こちらが芭蕉句碑。


1797年(寛政9年)、芭蕉の百回忌を記念して行徳の俳人たちが建てたものです。


うたがふな潮の華も浦の春   芭蕉


もともとは二見ヶ浦で詠んでいる句ですが、


〈潮(うしほ)の華〉にちなんでこの句が句碑に選ばれたのでしょう。

句碑は「塩塚」と呼ばれ、大事に守り継がれてきました。

法善寺はこのあたりの寺としては、敷地が広いです。

枯山水の趣です。

境内には四万十川から運んできた巨石や、


豊臣秀吉が聚楽第に配したものと同じ石が置かれているとのこと。

たしかに立派な巨石がごろごろと置かれているのですが、

素人目にはどれがどれかはわかりません。

なんにせよ、塩場のかつての隆盛を体感させてくれます。

石がお好きな方にもおすすめです。

こちらは夏水仙でしょうか。ぽつんと咲いていました。

つづきはまた明日。


どうぞよき一日をお過ごしください。