「月の光」
ドビュッシーのピアノ作品の中に「月の光」という有名な曲があります。
「ベルガマスク組曲」の中の第3曲目です。この曲を聴いた人からは、「柔らかい月の光を描写しているよう」「左手のアルペジオが波のように寄せては返し、それを月が照らしている景色が目に浮かぶ」などの印象がよく聞かれますが、自然の月の美しさ、の後ろにはもう少し複雑なものがありそうです。
この曲はポール・ヴェルレーヌという詩人の「月の光」という詩をもとに書かれています。
「月の光」
あなたの魂は選りすぐられた風景
魅惑的な仮面やベルガモ風の衣裳をつけて
リュートを奏で、踊りゆく
幻想的な仮面の下に悲しみを隠して
短調の調べに乗せて歌っているのは
勝ち取った愛や恵まれた人生についてだが
彼ら自身はそんな幸福は信じていなさそうな様子
そしてその歌は月の光に溶けてゆく
悲しく美しき月の光の静けさに
梢の鳥たちは夢見心地になり
大理石から立ち上がるすらりとした噴水の
水しぶきはうっとりとすすり泣く
この詩は、18世紀の宮廷文化を描いたヴェルレーヌの「Fêtes galantes (雅やかな宴)」という詩集の中の一篇です。
当時の宮廷貴族たちは税金などの収入で、日々優雅に暮らしていました。仮面や衣裳をつけているのは、古典喜劇の役者たち。貴族を楽しませている宮廷の道化や楽師たち、彼ら自身はそれを楽しいと思っているのだろうか。それを見ている貴族たちも、もはや日常となっているそれらの遊びを楽しんでいるのだろうか。浮かれ騒ぐ祭りは非日常であってこそ心躍るもの…
噴水をしつらえた庭で笑いさざめきはしゃいでいる貴族たちの宴の後ろには、倦怠と憂愁が見え隠れしている。それを「悲しく美しき月の光」が遠くから照らしている、というのがこの詩の情景です。
実はドビュッシーとフォーレが、この詩をもとにそれぞれ歌曲を作っています。
歌詞がついている分、歌曲はドビュッシーのピアノ曲とはまた違う味わいになっています。また、フォーレとドビュッシー、2人の描く「月の光」の雰囲気が違って興味深いところです。
最近、フォーレの歌曲「月の光」の伴奏をする機会を頂いたので、久しぶりに聴き比べてみました。
さざなみのように流れる左手の音型の上で右手が同じメロディを繰り返し囁くピアノ伴奏に、全く違う歌のメロディが絡みあっていく、ロマンティックで少しメランコリックなフォーレの月の光。
悲しげというよりは、明るく冷たく、皮肉混じりに見つめているドビュッシーの月の光。でもだからこそ、いちばん最後に歌われる歌詞「triste et beau(悲しく美しき)」が、胸に刺さります。
皆様はどちら派でしょうか?どちらもとても素敵で、良さを比べるなんてできないのですが…曲のあり方として、私は個人的にはちょっとだけドビュッシー派です。
ドビュッシーのピアノ曲「月の光」が好きな方には是非聴いて頂きたい、フォーレとドビュッシーの歌曲「月の光」です。