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日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ

「クオータ制」の制度を採り入れていない先進国は日本くらいなものです。(3)

2024.09.07 09:01

『見えざる日本の支配者フリーメーソン』

島田四朗 高山数生 成澤宗男   徳間書店  2010/8/9

<独自のサインで仲間であることを確認する>

・最近、われわれ日本のフリーメーソンの仲間が渡米し、初めて南部一帯を旅したところ、ニューオーリンズに、ものすごく立派なメーソンの施設があったそうです。何しろ彼が泊まったヒルトン・ホテルより大きかったそうです。

・フリーメーソンのメンバーは、全世界どこに行っても、その地に、ロッジと呼ばれるメーソンの組織やメンバーがいたら自由に訪ねていっていい。それが一つの習わしになっています。

・彼もその施設を訪ねたところ、しかるべく部屋に通され、組織内でしかわからない合図による挨拶を交わした。

・メーソンでは、互いに初めて会う場合、自分が正規のメンバーであり、どのランク(位階)に属しているかを示す一連の所作があります。握手から始まり、手や足の動作を交えたそれは、ちょうど野球のブロックサインによる儀式のようなもの。それによって仲間であることが確認できると、お互いに「ミスター」から「ブラザー(兄弟)」と呼び合うようになり、まるで百年の知己のように親密な関係になるわけです。

・件(くだん)の彼も「儀式」の結果、相手が「これは間違いなくブラザーだ」と納得して、そっけない態度から一転して親愛の情を示したんだそうです。話を聞きつけた他のメンバーたちがその場に集まり、「日本人のメーソンもいたのか」「日本にもグランド・ロッジがあるのか」と、驚きをもって迎えられたそうです。

・フリーメーソン自体、国際的な組織とはいえ、もともと欧米の白人を中心に広がったもので、今もそれは変わりません。

『歪む社会』  歴史修正主義の台頭と虚妄の愛国に抗う

安田浩一、倉橋耕平   論創社  2019/2/6

<この社会は、なぜ歪んでしまったのか?誰が歪めてしまったのか?そして、この歪んだ社会で、私たちは何ができるのか?>

・本書は、ジャーナリストの安田浩一さんと倉橋が、現代日本の「右派現象」をめぐって、お互いの視角から検証することを目的として、時間を共有した記録である。

<「良書を出しているからヘイト本を出してもよい」の論理>

・(倉橋)じつは、僕の知人が同社から学術書を出していて、担当編集者から内部の事情を耳にしたそうなのですが、ネトウヨ本の刊行については社内で大もめだったそうです。

・(安田)雑誌の話をすこしします。一時期、ネット右翼的な記事が増えました。中国を叩いたり韓国を叩いたりするような記事です。そのときに週刊誌の編集者に聞いた話によれば、「コストパフィーマンスがよい」とのことでした。なるほど、と僕は思いました。

 まず、週刊誌の事件記事が読まれなくなっている。さらに、事件の取材には多くの取材費を必要とする。取材したからといって、記事になるような成果があがるとはかぎらない。他方、嫌中や嫌韓の記事は、あまり経費がかからない。記事のストーリーはネットから拾ってくる。ストーリーに識者のコメントをつける場合も、電話取材で済む。ほぼ取材などなしで、こうして一本の記事ができてしまいます。

 手軽に書かれた記事の内容が嫌中や嫌韓などのヘイトや歴史修正主義的なものだと、そこそこの反応が読者から得られます。おそらく、書籍でも同じようなことが言えるのではありませんか。

 先ほど倉橋さんが、僕が新書『「右翼」の戦後史』を書いているときに、講談社の校閲がめちゃくちゃ厳しかった話をしてくれました。時代考証や事実確認が徹底的におこなわれ、たとえば天気について書くと「本当にその日がその天気だったのか」という確認を求められたりしました。

・もちろん編集者それぞれの個性があるので、どこまで校閲をするのかという基準はいろいろなケースがあります。そもそも、ケントの本はノンフィクションとは認識されておらず、娯楽読物という扱いだと思われるので、厳しい校閲がなかったとしてもうなずける話ではあります。

・僕が書いているノンフィクションのようにコストをかけてもたいして売れないものと、ケントの本のようにコストをかけずに十万単位で売れる本があります。出版社も商売ですから、内容が歴史修正主義であろうがヘイトであろうが、効率よく儲かる後者の本を出したくなるのは当然の流れなのかもしれません。もちろん、その流れに乗った場合、ほかにどれほど質のよい本を刊行していても、「あの大手出版社がヘイト本やネトウヨ本を出した」と指摘されてしまうことになるわけですが、それも覚悟のうえのことなのでしょう。

・この大手出版社の給与水準を維持するためには、それなりの利益を確保する必要がある。だから、大手の編集者はこういう言いわけを僕に言ったりします。少部数のよい本を出すために、たくさん売れるヘイト本やネトウヨ本を出さざるをえない、と。

 それは違う話だと思います。ヘイト本やネトウヨ本を出す理由は、良書を出すためではなく、自分らの生活を維持するため。百歩譲って、良書を出すためにヘイト本やネトウヨ本を出しているとしても、そのことによって差別や偏見が煽られるのであれば、情報を発信して文化を先導するという出版社の本来の役割を放棄したことになります。

・ちなみに、大手出版社が良質な本をたくさん出していることも事実です。一方で、青林堂のように過激なかたちで差別や偏見を助長してしまうような本を出しているのも事実。ただ、どれほどよい本を出していても影響力を考えれば、ヘイトへの加担など許されるわけがない。

・(倉橋)大手出版社の本は、それがどんな本であっても「大手から出ている」という部分において、読者に対する説得力を持ってしまう。その点は、押さえておくべきかもしれません。ようするに、ネームバリューと権威性です。本当の姿は別にして、なんとなく理性的なメディアだと思われがちでもある。

 ヘイト本やネトウヨ本であっても、大手出版社のネームバリューによって書店の書棚に平積みされ、公共図書館に所蔵されるようなケースは、確実に増えているように思えます。

<情報が欠乏した部分に入り込む「気づき」と「発見」>

・(倉橋)今後、研究を深めようと思っているのが、自己啓発系やビジネス系、そしてスピリチュアル系の出版社とネット右翼的な刊行物との関係です。

(安田)スピリチュアル系とネット右翼の関係性。スピリチュアル系の雑誌で有名なのが『ムー』ですが、元在特会の桜井誠は『ムー』の愛読者であったことを公言していますね。

(倉橋)「ムー」から発信された「サムシング・グレート」という言葉が、日本会議系の公民教科書に掲載されていることは、すでに6章で述べました。

 たとえば、「いま自分の調子はよいのだろうか?」と思ったときに占いの本を読む。そのときには、ある種の「自己管理のテクノロジー」として占いが使われているのかもしれません。また、「自分をよりよく高めるためには、どうしたらよいのか?」と思ったときに、自己啓発の本を読んで自己管理をするのも同様です。

 占いも自己啓発も、読んだ本と自分との一対一の関係で成立します。僕が疑問に思うのは、そこになぜ国家とか歴史とかが関係してくるのかという点です。それも、右派的あるいは歴史修正主義的な視点や排外主義的な視点を採用したうえで、なぜ占い系やスピリチュアル系の出版社がネトウヨ本を出すのか。 

・(安田)僕が取材で気づいたことですが、街頭に出てデモに参加するような、アクティブなネット右翼について言えば、陰謀論を信じきってしまうような人も少なくないように見えます。自我を保つための一つの手段として、スピリチュアル系の本を読んだりする可能性はあるでしょう。

 陰謀論とスピリチュアルには親和性があります。ネット右翼とは、基本的に陰謀論の信者だと僕は思っています。

・ちょっと脱線しますが、僕は「田布施システム」という陰謀論の取材をしました。田布施システムが日本を支配しているとして、鬼塚英昭が『日本のいちばん醜い日』)成甲書房、2007年)で展開した議論を、最近になって三宅洋平が選挙で取りあげたものです。田布施システムの概要は以下となります。

 田布施というのは土地の名前です(山口県熊毛郡田布施町)。この町は、岸信介と佐藤栄作という二人の首相を出しています。現在の首相である安倍晋三もその系譜に含まれる。さらに明治維新の伊藤博文と日本共産党の宮本顕治、大正時代のテロリストの難波大助、終戦直前の外務大臣松岡洋右らも田布施の周辺、というか田布施を中心とした地域で出生しています。つまり、田布施やその付近で生まれた人によって、日本は動いているというわけです。

 そして、伊藤博文の陰謀で孝明天皇が殺され、同天皇の実子は田布施出身の若者にすり替えられ、その若者が明治天皇を名乗った。それ以来、明治天皇が前述の田布施もしくはその周辺の出身者を国の中枢に据えることで、田布施システムを作りあげた。そのシステムは、じつはロスチャイルド家などのユダヤ資本に支配されている。つまり、日本は田布施システムを通して、ユダヤ資本に支配されつづけて、現状に至っている。くわえて、田布施はもともと渡来人の土地なので、以上で取りあげた人びとを含め田布施出身者はすべて朝鮮人である……。

・概要は以上です。あまりに荒唐無稽な話であったので、市役所や郷土史家、地元の人びとの話を聞くため、僕は取材で田布施を訪れました。話を聞いたほとんどの人が、田布施システムについて知っていました。信じているかどうかは別の話です。

・で、このシステムを信じている人は、ネトウヨにもリベラル派にも存在します。リベラル派では、前述の三宅洋平が典型で、彼は2013年に緑の党推薦で参院選に立候補しましたが、そのとき田布施システムの打倒を訴えていました。原発の利権もTPPの利権も、田布施システムが原因で発生していると言うのです。一方、右派で田布施システムを信じる人の場合は、「朝鮮人が日本を支配している」という文脈のなかで、同システムが朝鮮人の天下を作ったと考えるわけです。

・(倉橋)あと、田布施システムの話を聞いていて思いだしたのが、〇〇年以降にアニメやライトノベル、漫画などのサブカルチャーで流行った「セカイ系」です。

・ふたたび自己啓発系やビジネス系、そしてスピリチュアル系の出版社とネット右翼的な刊行物との関係に話を戻します。

 自己啓発系の出版社は、評価がむずかしいところがあります。とはいえ、少なくとも自己啓発系の書籍に国家や歴史の話が出てくる場合は、新自由主義やグローバリゼーションと関わりがあるような気がしています。

・(安田)いずれにすても、いま取りあげたようなそれらの出版社がネトウヨ本を刊行し、それが読者に受け入れられる土壌を作ったことについては、ネットの役割が大きかったと思わざるをえません。

 たとえば、前述の田布施システムなどは、バカバカしい話だと思っていますが、意外なほどに信じている人は少なくない。僕は取材でそう感じました。明治維新はいろいろあった。正史に出てこない部分もあるのだろう。本当の答えは何か。答えを求める人が出てきてもおかしくはありません。答えが出てくれば安心できます。たとえそれが陰謀論であっても。

 そう考えると、ネット右翼の人たちは、荒唐無稽なネット出自の陰謀論に、そして安易かつ安直な答えに飛びついてしまった人たちなのではないか、と思うこともあります。

(倉橋)情報が欠乏しているところと情報が発信されているところを、検証抜きにして、安直に結びつけてしまう。発信される情報が陰謀論で、その情報が欠乏しているものであった場合、検証されずにぴたっとはまり、「発見」したり「気づき」をもたらしたりするでしょう。

<歴史修正主義と日本の政治>

・(倉橋)小泉政権時の03年に自民党は、比例単独候補の73歳定年制という決まりを作りました。この決まりによって、その後、比較的ハト派が多いとされる戦争を知る世代の議員が現職から去っていくことになります。そして、自民党の古参議員が定年で去った前後には、派閥にこだわらない党人事の掌握と、「小泉チルドレン」に象徴されるような、時どきの領袖に従順なイエスマンを新人議員として数多く公認しました。その結果、経世会は一気に衰退します。

・では、これまで語ってきた自民党の歩みと歴史修正主義はどのようにつながっていくのか。さまざまな目的で結成される議員連盟の立ち上がり方を注視すると、そのつながりの一端がわかると思います。

・この議連の事務局長代理に、議員1年生だった安倍晋三が抜擢されています。安倍はその後、奥野の意志を継ぐようにして、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の中心メンバーになったり、日本会議を支援する目的の「日本会議国会議員懇談会」に関わるなど、タカ派の色を濃くしていきます。

 安倍は、タカ派の歴史観を奥野ら重鎮から「英才教育」され、仲間を増やして力をつけ、前述したようにイエスマンの新人を公認して自分の主義・主張に文句を言えない議員を仲間に集め、現在に至っているように思います。

<右派のエポックとしての1997年>

・たとえば野中広務。僕が「なぜ野中さんは、沖縄にこだわっているのですか」と質問したところ、彼はこう答えました。野中は京都出身なのですが、沖縄戦では京都出身者がたくさん亡くなっています。その慰霊塔を建てるため、53年に初めて彼は沖縄に足を運びます。那覇空港からタクシーで嘉数の丘に向かいました。この丘は激戦地の一つで、普天間を見下ろすことができます。

 嘉数の丘に到着する直前に、タクシーが急に止まったそうです。野中が運転手に「どうして、ここで止めるんですか?」とたずねると、運転手は「ひさしぶりにここに来ました。じつは、この場所で私の妹が死んだのです」と言って手を合せている。野中も一緒に手を合わせました、そして野中は、「激戦地でしたからね。あなたの妹さんは米軍に殺されたのですね」と運転手に言うと、「いいえ、私の妹を殺したのは日本軍です」という答えが返ってきた。

 このことに野中は強いショックを受けます。沖縄戦の犠牲者には、米軍に殺された人だけでなく、日本軍に殺された人もいるということを知ったからです。「それ以来、日本人の責任として、私は沖縄に関わりつづけなければならない、と考えるようになった」と野中は僕に言いました。

・(倉橋)自民党がネット戦略に乗りだしたのは、小泉政権でメディア対策を担当した世耕弘成議員が戦略チームに就いてからだと言われています。

 05年の郵政選挙時、有権者はあまり郵政民営化に興味を持っていなかったわけですが、自民党は「郵政民営化TVキャラバン」をおこない、物量重視の広報戦略を採用しました。しかし、この間の広告産業とのずぶずぶの関係、既出の「B層」という呼び方、タウンミーティングのやらせ、高額の内閣・政府広報費の問題が野党議員から批判をされます。

 このころから、世耕が戦略チームとともに自民党の広報を立てなおし、テレビ出演者の選定を精緻化させていく。そして、自民党が民主党から政権を奪取した翌年13年のネット選挙解禁で、現在の広報戦略の手法が確立されていく。

<リベラル派与党議員の「いまは官邸に抗えない」という声>

・(倉橋)2018年8月29日の「日刊ゲンダイDIGITAL」が報じていますが、18年の自民党総裁選を前にして安倍晋三を礼賛するような本が数多く書店に並べられています。前回の総裁選でも、同じことが起きていました。

 昔の自民党であれば、内閣官房機密費を使って、年間数百万円を支払ったうえで、御用学者や御用ジャーナリストに政治家の礼賛本や政権擁護の記事を書かせるというようなことを平気でやっていました。それがいまもやられているのかどうかは、よくわかりませんが、やっていなければ、書店に礼賛本が並ぶようなことはありませんよね。でも、最近のほうがメディア戦略がソフィスティケートされているようにも感じます。

<歴史を否定する人びとにどう抗っていくか>

・(倉橋)さて、歴史修正主義的な言説を垂れながらネット右翼や保守系、そして右派の人びとについて、また彼らがいかに歴史を歪め、人を排除しているのかについて議論してきました。では、僕らは彼らに、どう抗っていけばいいのでしょうか。

・メディアに関しては、これまで議論してきたように歴史修正主義的な言説や排外主義的な言説が、ビジネスのツールとして成立してしまっている現状があります。テレビも書籍も新聞も、ネット右翼的なコンテンツを望むユーザーを対象にしたビジネスが、もはや大手を振っておこなわれはじめています。

・(倉橋)たとえば、ケント・ギルバートのヘイト本のように、論拠が不明な言いたい放題の本があったら、その毒味役を担当することなどもできるかもしれない。少なくとも論拠の怪しさはわかる。その結果や検証の仕方を、学生や一般の社会に発表していくことは大事です。学術の基礎さえあれば十分に歴史修正主義と戦えるのです。

・いずれにせよ、本書で述べてきたように、歴史修正主義・ネット右翼・保守の言説は社会を飲みこむ勢いであることを認識し、リベラル・左派の人びとは、正しい認識のもとに対抗しうるアイディアを蓄積していく必要があると思っています。

<移民国家>

・2018年末、私は各地の外国人労働者集結地域を回っていた。その少し前に、外国人労働者の受けいれ拡大を狙いとする改正入管法が国会で成立したばかりだった。

 政府は政財界の要望に応えるかたちで、新しい在留資格を設け、単純労働分野における“働き手不足”への対処をはかった。事実上、移民国家へと舵を切ったことになる。

 この動きを、いま日本で働いている外国人がどのように受けとめているのか。それが取材の目的だった。

 外国人労働者の支援組織が運営する岐阜県内の“シェルター”では、さまざまな事情で職場から逃げてきた14名の技能実習生が生活していた。中国、ベトナム、カンボジア、フィリピンなどから来日した実習生たちは、口をそろえて訴えた。「まずは私たちを人間として扱ってほしい」

・彼女の友人は、妊娠したことを告げただけで、派遣会社から契約を打ち切られた。別の友人は上司からのセクハラに抗議しただけで解雇された。

「日本人であればあり得ないことだが、外国人の間では当たり前のように起きています。差別だと訴えても、区別しただけだと返される。嫌なら国へ帰ればいいのだと諭される。どんなに長く住み続けても、受け入れてもらえないのだなあと実感することが多い」

 これが“おもてなし”の国の内実である。望まれているのは、永住を前提としない安価な労働力でしかない。生身の人間が日本社会の新たな構成員となることなど、政府も経済界も考えてはいない。そもそも労働力を増やすことに躍起となっても、政府は一貫して「移民」の存在を認めようとしないのだ。外国人労働者は単なる雇用の調整弁だ。

『陰謀論の正体!』

田中聡     幻冬舎  2014/5/30

<陰謀論者というラベル>

・2012年9月30日の朝日新聞の書評欄で、元外務省国際情報局長、孫崎亨の著『戦後史の正体』(創元社)が、評者の佐々木俊尚から「ロッキード事件から郵政民営化、TPPまで、すべては米国の陰謀だったという本。米が気に入らなかった指導者はすべて検察によって摘発され、失脚してきたのだという」と概括され、「本書は典型的な謀略史観でしかない」と断じられた。「謀略史観」は「陰謀史観」の同義語である。

このことに孫崎は激怒し、ツイッターでも本の内容の要約からして間違っていると逐条的に誤りを指摘して、「目を疑う低位レベルの書評だ」と抗議し、謝罪記事の掲載を要求した。結果、朝日新聞はその書評の一部に事実誤認があったことを認め、書評の冒頭十行を削除すると訂正記事を掲載した。

・削除となった十行の後、佐々木はその書評を次にように続けている。「日本の戦後史が、米国との関係で培われてきたのは事実だろう。しかしそれは陰謀ではなく、米国の一挙一投足に日本の政官界が縛られ、その顔色をつねにうかがいながら政策遂行してきたからに他ならない。そもそもどの国であれ、自国の国益を第一として動くのが当たり前だ」

<エリートの陰謀論>

・ウォーカーによれば、FBI(連邦捜査局)の創設や成長も、陰謀論に源を持っていた。20世紀初めのアメリカで、巨大シンジケートが、毎年、何千人もの白人女性を集めては性奴隷にしているという噂が拡がっていたという。シカゴ検察局の創設者が、その組織のことを、「見えない政府」と言えるほどの力を持っていて、町々はもちろん、政府をも背後から見えない力でコントロールしている、と著書に書いた。

もちろん実際には、そんなに大規模で強力な組織など存在しなかった。しかし、この本の影響は議会にも及び、1910年のマン法の成立をうながす。州境をこえての売春を連邦犯罪とする法律で、正式名を「白色奴隷取引法」といった。

 その2年前にはFBIの前身となる捜査機関が誕生していたが、この法律ができたことで、一気に予算と権限とが拡大する。

・そこで1908年に、セオドア・ルーズベルト大統領が司法省専属の警察部隊の結成を決め、翌年には、FBIとして正式に発足した。といっても当初は、とくに大きな仕事があったわけではなかった。それが、マン法の施行を境として、予算も規模も年々増加していくようになったのである。同時に、今に続く人種的偏見の強い組織へと変容してしまったともいう。

 幻の売春シンジケートをめぐる陰謀論が、FBIを大きくし、変質させたのである。FBIが次に大発展の機会を得たのは、ポン引きの陰謀から共産主義者の陰謀に対する捜査へと職域を拡げたときだった。

<アメリカ陰謀論が見えなくしているもの>

・アメリカ陰謀論は、たとえばアメリカ政府からの年次改革要望書のままに日本の制度改革が進んできたことを、アメリカの意をくんで動く政府内の人々の工作であるかのように表現して進んできたことを、アメリカの意をくんで動く政府内の人々の工作であるかのように表現してしまう。しかし、その要望のほとんどがアメリカ企業が日本に参入しやすくするための制度改革や規制緩和であることを見れば、その要求を出させているのがグローバル企業であることは明らかである。アメリカでは政治家がグローバル企業の一員とみなしうる場合も多い。

・そして日本のグローバル企業の多くも、グラットフェルダーらの研究にあるように、中心をなす一部の巨大資本の支配下にある。多国籍企業はほぼすべてつながっている。経団連がTPP参加などの「より開かれる」ための政策を強く要望するのも、原発の推進を要望するのも当然と言えば当然で、そこに「国益」への配慮などはありえない。むろん日米安保の問題も無関係だ。それでも我々は、うっかりアメリカの陰謀という図式でとらえることで、逆説的に日米安保の維持か廃棄かというような問題意識にグローバル化の可否を重ねてしまいやすい。それで周辺諸国との緊張の高まりによって、本当は無関係なグローバル化の門戸を広げる要求に応じてしまうような空気を作り出されてしまう。

・じつはそのために東アジアの緊張を高めようとする「意志」が働いているのだと言えば、陰謀論だと罵られるだろう。だが、そのような陰謀論的な指摘こそ、この不自然な連環をもっともあらわにするものである。「意志」があろうとなかろうと、グローバル化が進むほどに不確定性の不安も大きくなり、それがまたローカルな摩擦への危機意識に置き換えられていくのである。

 いまアメリカ陰謀論を語るときに隠蔽されているのは、グローバル化によってすでに主権国民国家も、国民経済も、実体を失っているという事態ではないだろうか。そう考えると個々の陰謀論が、体系的な陰謀論、メガ陰謀論に接続されるのは必然的なことなのかもしれない。

<フリーメーソン>

・安倍晋三首相がケネディ駐日米大使と交わした握手がフリーメーソン式であったということで、安倍首相はフリーメーソンだと断じる人たちがいる。小泉純一郎首相の“脱原発”も実は「大きな力が動いている」せいだと信じる人たちがいる。3・11以降、マスメディアへの信用が失墜し、ネットの情報に依存して、いつのまにか陰謀論が世界を覆っている。

<データベースとしてのメガ陰謀論>

・メガ陰謀論もそれに似て、相互引用の迷宮でありながら、互いの矛盾はさほど気にしない。むろんコアなところでは原理主義的な硬直があるのだろうが、裾野は広い。

 たとえばデーヴィッド・アイクは、世界の支配者をレプティリアン(爬虫類人)だと考える。そのアイデア自体は新しいものではないらしいが、アイクの知名度や精力的な活動によってこの説は一気に世界に広まった。爬虫類人は竜座のアルファ星系からやってきた宇宙人で、人類と混血し、その交配種たちを純血種の奴隷として支配してきたという。

・また月は彼らの作った建造物であり、そこから捏造した現実を地球に投射する(人間の脳がその受信装置としてチューニングされている)ことで人類をコントロールしているともいう。こう書いてしまうと安っぽいSF小説としか思えないが、これに意識変革によってレプティリアンの支配から解放された次元へ覚醒せよと訴えるニューエイジ風な自己啓発の側面も加わっていて、人気があるようだ(ただしアイク自身はニューエイジ運動に批判的である)。

<「田布施システム」>

・日本の国内事情をめぐる陰謀論も、このようなメガ陰謀論のなかに位置づけられることでスケール感が生み出される。今もっともホットに広まっているのは「田布施システム」の陰謀論だ。幕末に伊藤博文らによって孝明天皇が暗殺され、明治天皇として即位したのは、孝明の皇子ではなく、周防国熊毛郡田布施村に住んでいた大室寅之祐という人物だったとされることに始まる。日本の近現代史の全体を包括するような陰謀論である。1万6千ほどの人口しかない山口県の田布施という田舎町を秘境化して、明治維新から現代までの政治や経済、宗教、非常民たちの暗躍もまじえた、伝奇ロマンのような裏の歴史物語が形成されており、そこに日々、新しい出来事が関連づけられて、成長を続けている。

・陰謀論が育つプロセスでは、先にも書いたが、相互参照が大きな働きをする。

「田布施システム」について記しているサイトも、多くがよく似た内容、同じ引用で成り立っている。その元になっているのは鬼塚英昭『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)だと思われるが、実際にその本を元にしたというより、他のサイトからコピーしているものが多いと思われる。

 そのほとんどといってもいいくらい多くのサイトで参照されている文章に、長州の国家老・益田弾正の末裔だという国文学者、益田勝実の次のような一文がある。

・「天皇様をお作り申したのはわれわれだとは、明治以前に生まれた長州の老人たちによく聞かされたことだったが、近代天皇制以前には、京都に天皇家はあったが、天皇の国家はなかった。尊皇派が考えていた天皇の国家の考えは思想として獲得されたもので、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなかった。かれらが求めている天皇と現実の天皇と、いくらか融和出来るうちはよいとして、その矛盾が激化すると、…………激化すると、天皇を取り換えてしまうほかなくなる。

・益田がここで語っているのは、幕末までの天皇と近代天皇制との亀裂である。前後の文章も読めばそのことは自明だが、鬼塚は著書にこの部分を引用するさい、「山口県熊毛郡田布施町に生まれ、孝明天皇の長子睦仁の替え玉となり、後に明治天皇となる『てんのうはん』のことを書いている」と前置きしている。つまり大室寅之祐についての伝承を書いたものとして紹介しているのである。「お作り申した」とか「取り換えてしまうほかなくなる」という言葉は刺激的なので、ここだけを示されれば、そういう含みをこめて言っているようにも思えるかもしれない。しかし、これは孝明天皇を謀殺して代替わりさせ、近代天皇制を作り上げたことを言っているのであって、明治天皇が替え玉だなどということはまったく言っていない。

・大室寅之祐の出身地である田布施とその周辺からは、大勢の有力者が輩出したとされる。そのことを、鬼塚は次のような文章で記している。

「私の手元に知人が作成した一枚の系図がある。簡単に記すと、伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした難波八助は一族である。また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして、木戸幸一も系図に入ってくる。京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。そして大室寅之祐の生家の近くに岸信介一族の生家もある。この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。また、元外相松岡洋右も岸信介の一族である。あの終戦内閣の最後の内務大臣安倍源基も大室寅之祐の生家の近くである。これは偶然とはいえない何かがあるだろう」

・系図上につながりがあるという話と、田布施の出身であるという話とが混然としてわかりにくい。たんに出身地で言うなら、伊藤博文、難波大助、宮本顕治、松岡洋右らは田布施町の隣の光市、河上肇は岩国市、木戸幸一は東京、祖父の木戸孝允が荻市、安倍源基は平生町である。また、田布施システムの一員として挙げられることのある人々について見てみると、山形有朋や久原房之助は荻市、鮎川義介は山口市大内、岩田宙造は光市の出身で、ずばり田布施の出身となると、じつは岸信介、佐藤栄作の兄弟くらいだったりする。

また鬼塚によれば、小泉純一郎の父で防衛庁長官などを務めていた小泉純也は、なんと鹿児島県の田布施村の出身だそうで、これも「偶然ではないだろう」と記している。

・したがって、実際に田布施そのものが出身地だという有力者はそれほどいないように思われる。もちろん、「田布施システム」とは、田布施出身の「偽天皇」を守る人々の人脈ネットワークのことをさすようだから、田布施という区域そのものに意味があるわけではないだろう。

しかしネットでは、いま名の挙がった人たちがみな田布施の出身者であるかのように記されていることが多く、インパクトが強烈になる。小さな町からこんなに多くの有力者が出ているのか、という驚きが、「田布施システム」という存在の信憑性を高めているのだろう。

 いや、周辺地域から多くの有力者が出ていることは事実である。

 なにしろ山口県からは、総理大臣だけでも9人も出ている。明治以来の長州閥の勢力は今もなお政財界に根を張っている。そのネットワークを闇の側から補完しようとしているのが「田布施システム」だと言えるかもしれない。

・この「田布施システム」は、明治維新という近代日本の起源に隠蔽されていた暴力とズルを暴露する陰謀論だが、その欺瞞をうながした背後に、薩長の「維新の志士」たちを操っていたユダヤ・フリーメーソンの意志を見ることによって、世界的な陰謀の広がりへと接続されている。また、その欺瞞を世界の陰謀勢力に弱みとしてつかまれているために、今もなおその下部組織のように支配され続けているともされている。つまりユダヤ・フリーメーソン、あるいはイルミナティなどといった世界的な陰謀集団に、この国を売り渡している仕組みが「田布施システム」だということにもなるのである。

・「田布施システム」は、鹿島昇が1999年に書いた『裏切られた3人の天皇――明治維新の謎』(新国民社)で唱えていた「明治天皇替え玉説」の発展型である。だから、その基本的な物語はだいぶ以前からあったものなわけだが、それが最近になって、ネットで急速に成長しながら拡散している。岸信介の孫である現総理の安倍晋三に直接に結びつく生々しさがあるうえに、原発利権、TPPなどにつながる広がりを持っていることが、安倍政権に危機感を抱いている人々にアピールしているようだ。社会の現状に対して持たれている不条理感にフィットする物語なのかもしれない。

 このような大きな体系を持った陰謀論は、リアリティが弱いようでいて、内部に無数の物語が含まれており、その総量で成り立っている。