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富士の高嶺から見渡せば

「国家の安全」のために 外国人はもはや住めなくなった中国

2024.09.10 16:05

欧米メディアの中国特派員が次々離任へ

日本のメディアはなぜ報道しないのか、疑問だが、いま中国からは欧米など海外メディアの特派員が次々に離任・撤退し、外国人の学者やコンサルタントも姿を消しつつあるのだという。朝鮮日報の北京特派員イ・ボルチャン記者が北京発9月3日付の記事<「中国で取材するのは大変」 西側特派員が続々と離任>で報道している。

それによると、この6年の間に、ニューヨーク・タイムズの中国特派員は10人から2人に、ウォール・ストリート・ジャーナルは15人から3人に減り、ワシントン・ポストは2人いた記者が今はゼロだという。米国メディアの中国現地での取材力がこれだけ減退しているということは、米国政治における中国分析や理解力もそれだけ衰退しているということであり、対中国の政策決定への影響も計り知れない。

一方、英紙デイリー・テレグラフの北京特派員を1998-2002年に務め、2018年からは英週刊誌エコノミストの北京支局長を務めていたデビッド・レニー氏も最近、「X(旧ツイッター)」の自身のアカウントに「中国を離れる時が来た」と投稿し、離任の予定を明らかにした。具体的な離任の理由は明らかにしていないが、エコノミストの最新号に掲載された自身のコラムでは「中国は外国のすべての批判を一種の攻撃として受け止めている」と批評している。レニー氏の後任者はまだビザが取れていないという。

イ・ボルチャン記者によると、韓国メディアの北京特派員もこの2年間で40人から30人に減少したというが、日本のメディアの状況はどうなのか、新聞テレビ各社の内部事情についてはほとんど聞こえてこない。

北京の外信記者クラブが記者101人を対象に実施したアンケート調査によると、回答者の71%が「自分の携帯電話が中国のハッキングにあったとみられる」と答え、81%は「取材の過程で中国当局の干渉や嫌がらせを経験した」と答えているという。中国当局による盗聴や嫌がらせのなかで、日常の取材活動に神経を擦り減らしている構図がよくわかる。

外部の声を『騒音』扱いにする中国式現代化

朝鮮日報の記事によると、記者だけではなく、外国人学者たちの中国における活動にも圧力がかかっているという。中国本土の大学で博士課程を終え、研究者として働いている外国人は「中国内部ではなく『自分自身の国』に対する論文を書け」と圧力を加えられるという。英BBCによると「香港国家安全維持法施行以降の2021年から22年までに香港の8つの大学を離れた学者は360人に達した」という。

外国のコンサルタント企業の撤退も加速している。昨年下半期から中国当局は「国家安保と密接な情報の流出が懸念される」として米コンサルティング企業などに対する厳しい調査を行った。中国に否定的な統計などを発表してきた米ギャラップ社は昨年、30年目にして中国撤退を決めた。

朝鮮日報の記事は次のように解説する。

<「外国の批判や情報収集に寛大でない中国から外信記者や外国人の学者・コンサルタントらがいなくなりつつある。中国が改革・開放を率いた鄧小平氏の「韜光養晦」(とうこうようかい=静かに時が来るのを待ちながら力を養うこと)路線を終え、「中国式現代化」という新たな国家戦略を打ち出すと同時に、外部の声を「騒音」扱いしたことで起きた現象だ。「中国式現代化」とは、表現の自由や自由市場などに代表される西側の方式に従わず、一党体制や計画経済など「中国だけの公式」で先進国並みの発展を成し遂げるという意味だ。米中の競争や周辺国との摩擦があるのにもかかわらず、中国は強力な社会規制と巨大な経済規模を背景に、高圧的な姿勢を取ることを選択したのだ。」(中略)

「中国が昨年7月、スパイ行為の範囲を広げ、処罰を強化した「反スパイ法」改正案を施行したのも、取材活動には大きな負担だ。改正法はスパイ行為の適用対象を「国家安保・利益と関連した資料提供」などと広範囲に定義しており、罪を立証しなくても、その状況だけで罰金5万元(約100万円)を科すことができるようになった。」>(引用終わり)

経済成長より「国家の安全」を重視する習近平路線

去年末、北京駐在日本大使を退任した垂秀夫氏は月刊『文藝春秋』に回顧録「駐中国大使、かく闘えり」を連載し、その最終回が9月号に掲載されたが、その中で習近平が推し進める総体的な「国家の安全」という考え方について、次のように解説している。

<「鄧小平は改革開放路線を敷き、「共産党に付いていけば豊かになれる」と説き、経済成長を重視する政策を採り、その後の江沢民と胡錦濤もこの路線を継承した。しかし、習近平は国家戦略目標を「国家の安全」を最優先することに変更し経済成長は重視しなくなった。この「国家の安全」は、国防だけの問題ではなく、政治・経済・社会・文化・科学技術などあらゆる分野を包含し、最近では国防、食糧、生態環境、エネルギー、経済産業の5つの分野で国家の安全を強調されることが多い。そして7月の3中全会(第20期第3回中央委総会)では、「国家の安全が中国式現代化の重要な基礎」であることが明確に規定された。これは「国家の安全」が経済活動のあらゆる段階で優先されることを示し、鄧小平路線からの決別を意味している。」

「国家の安全を巡っては、4月末に国家安全部長の陳一新が党の幹部養成学校・中央党校の学習材料として論文を発表した。(中略)情報機関のトップに当たる国家安全部長が表立ってこうした論文を発表すること自体が前代未聞だが、さらに驚いたのが、そこに提唱された「五反運動」の内容だった。元々この運動は1952年に毛沢東が提唱したもので、当時は反贈賄、反脱税、反横領などを掲げていた。名称は同じでも今回は全く別物。「反スパイ」に加え、共産党を転覆させようとする外国勢力に対する「反転覆」、台湾独立に反対する「反分裂」、新疆ウイグル自治区のイスラム過激派を対象にした「反テロ」、対米国を意識した「反覇権」。中国はこの五つをいかなる手段を使っても防ぐと宣言したのだ。」>(引用終わり)

外国人旅行者のスマホの中身も検査する「反スパイ法」

その上で、垂氏によれば、「中国当局は、7月からスパイ行為取り締まりを強化するための手続き規定を施行し、個人のスマートフォンやパソコンを自由に検査できるようになった」とし、空港などで「スマホを見せなさい」と言われれば日本人でも拒否できないという。

そんな重大な情報を前大使の「回顧録」という形で明かすのはおかしい、大々的にマスコミに発表し、中国へ旅行する観光客や在留邦人に注意喚起すべきだと思ったが、外務省の「海外安全情報」や在北京日本大使館のホームページを見たら、もっとくわしく書いてあった。

外務省の「海外安全ホームページ」から、「国・地域別情報」の中国を選び、「安全対策基礎データ」に入ると見ることができる。

その「中国安全対策基礎データ」の「査証、出入国審査等」では、「到着時の所持品検査」として「中国の空港では、国家に危害を加える人物の入国がないかを検査するため、空港職員が所持品のみならず携帯・パソコンの中身を検査することがある。問題のある内容があった場合、持込み不可やデータの削除を命じられることがあり、指示に従わない場合は所持品の没収や拘留の可能性があるので、注意ください」とある。

また入国時の持込み禁止品としては、中国の政治・経済・文化・道徳に有害な印刷物や記憶媒体等があり、中国税関で「中国にとって有害」とみなされれば没収され、特に地図が問題にされるケースがあるという。

すべての行為を網羅できる「その他のスパイ活動」という規定

さらに、「スパイ行為」については、「中国安全対策基礎データ」の「滞在時の留意事項」の中で、詳しく説明している。その中の、「いわゆる『スパイ行為』等」では、 

<中国は、2014年に「反スパイ法」(反間諜法)を制定し、2023年4月には「スパイ活動」への対策を強化する改訂を行う等、「国家安全」に危害を及ぼす行為への対策を強化しています。当局から関連法規に違反したとみなされると取調べや長期間の身体拘束を余儀なくされたり、重い刑罰を科されたりするおそれがあるので注意が必要です。>とした上で、刑法や反スパイ法には、「スパイ罪」や「スパイ行為」等についての規定はあるものの「その他のスパイ活動」として幅広い行為が「スパイ活動」と見なされる可能性があり、「当局によって不透明かつ予見不可能な形で解釈・運用される可能性がある」と注意を促している。

また中国では、「軍事施設保護法」や「測量法」等に違反するとされる行為も「国家安全に危害を及ぼす」とされ、例えば軍事施設への許可のない立ち入りや撮影が禁止されているほか、GPSを用いた測量や地質調査、生態調査、考古学調査等に従事して地理情報を収集、取得、所有し、手書きのものを含めて地図を所持するだけで、「国家安全に危害を及ぼす」として国家安全当局に拘束される可能性があるという。また「統計法」では外国人による無許可の統計調査も禁止され、学術的なサンプル調査やアンケート用紙配布等の調査行為も法律に抵触することがあるという。そして、これらの行為については、最近の行為(直近の中国入国時の行為)だけに限らず、過去の行為(以前の中国入国時の行為や中国以外での行為等)についても調査等の対象になり得るので注意が必要だという。

さらに、ことし(2024年)2月、中国国内の機関や企業による国家秘密の管理徹底を目的として国家秘密保護法の改正が行われ、5月1日に施行されたが、「国家秘密」の定義や具体的な運用について不透明であるため、入手した情報の共有や発信が違法とみなされる可能性があるという。

こんなことでは、中国での取材活動や学術調査・研究など、よほどの覚悟がないと恐くてできないし、一般の駐在員や旅行客でも、いつ、どんな行動が「スパイ行為」と見なされるか分からないという危険性を抱えている。いったんスパイとして中国で捕まったら、拘束理由も明らかにされないまま、当局の監視下に置かれ、いつ裁判が始まるのかわからないという不条理な時間を余儀なくされる。日本には、観光や長期滞在を目的にした中国人が大勢押しかけ、彼らが日本に対してどういう感情を抱き、いざという時には、たとえばNHK国際放送の中国人スタッフのように、日本に対してどういう行動を取るか分からないという怖さがある。そして、日本人も軽い気持ちで、中国に行って商売したり、観光したりという時代はすでに終わった、こんな国とは気軽に付き合えないということを、「国家の安全」を至上命題にする習近平の中国からは感じとることができる。