城田実さんコラム 第39回 大統領選の争点の裏 (Vo.86 2018年12月24日号メルマガより転載 )
前回と同じ候補者の戦いとなった大統領選挙。もう少し発展性のある論戦を期待した有権者には失望の選挙戦前半だっただろう。ただ選挙のテクニックやインターネット技術が進歩しているだけに、対立候補のありとあらゆる弱点を、あることないこと取り集めて拡散しているので、話題には事欠かない。
そんな中でなぜもっと議論にならないのか不思議なテーマがある。人権問題である。
改めて取り上げるまでもないが、大統領候補であるプラボウォ氏にまつわる人権侵害疑惑は多い。独裁的と批判されたスハルト体制で、諜報と工作のエリート集団、陸軍特殊部隊のトップに上り詰めた同氏であれば避けられない疑惑であろう。
例えば、スハルト政権末期の民主化運動の最中に23人もの活動家が拉致(らち)されたが、実行犯は特殊部隊の隊員であった。司令官だったプラボウォ氏が濃厚な疑惑だけで終わったのは政治的な決着に過ぎないと思っている国民は少なくないだろう。この疑惑は選挙選での攻撃には格好の材料だし、国の指導者を選ぶ選挙であれば、少なくとも国民に判断の材料を与える必要はあると主張する人もいる。
なぜ議論にならないのだろうか。人権問題は有権者の判断にあまり影響を与えないと言う調査分析がある。また相手を犯罪者扱いするのはインドネシア人の性格に合わないという意見もある。しかしジョコウィ氏も非合法の共産党員という中傷を受け続けているのだから、ジョコウィ氏自身がすでに犯罪者扱いをされていることになる。
実はジョコウィ氏自身が人権問題を取り上げにくい事情を抱えている、という気になる見方がある。ジョコウィ氏は地方の実業家から地方首長を経て、中央政界のしかも大統領候補へ一挙に浮上した。
従って、ジョコウィ氏は中央政界の悪いしがらみにとらわれない清新さを有権者に訴えることができた。前回大統領選挙の公約には、「過去の人権問題」の徹底解明が掲げられていた。しかし、今のジョコウィ氏の周辺には過去の人権問題を抱えた要人がたくさん存在する。ウィラント政治・治安・法務担当調整相もその一人だし、ジョコウィ氏の公式・非公式の選挙対策本部にも多数の退役将軍がいる。スハルト時代の将軍には人権問題に触れられたくないと思う人が少なくない。
ジョコウィ氏は、彼が刷新すると乗り込んだ政治の世界で、旧来の政治スタイルに取り込まれてしまったのだろうか。彼が大統領として「過去の人権問題」でやったことと言えば、犠牲者の家族と面会したことぐらいだと突き放した言い方をする人もいる。これに対して、いやいや、そうではない、彼は現実の政治に対応する過程で、さまざまな政治家を巧みに使う経験を重ねているのだ、とジョコウィ氏を強く擁護する意見もある。
魑魅魍魎(ちみもうりょう)の中央政界でわずか4年ということを考えれば、ジョコウィ氏が発揮している指導力は驚くべき成果と言えるかも知れない。もしそうなら、再選された暁には、他国の鑑(かがみ)となるような、大統領の清新さと庶民感覚を次の5年間の任期の中でこそ見せてくれるのではないかと期待も膨らんでくる。 (了)