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ノルマンディー上陸作戦 1944(上・下)

2019.01.06 23:41

  

  「ノルマンディー上陸作戦」というのは、第二次世界大戦中の1944年、西ヨーロッパ、東ヨーロッパに領土拡大を進めていたナチス・ドイツに反撃すべくアメリカ、イギリス、カナダ兵を中心に連合国側が行ったフランス北西部のノルマンディー海岸の5つの拠点(ユタ・ビーチ、オマハ・ビーチ、ゴールド・ビーチ、ジュノー・ビーチ、ソード・ビーチ)への上陸、そして、その5つの海岸を橋頭堡(きょうとうほ)として、ノルマンディー地方の町を奪還しつつパリ解放をめざすという作戦です。

  この上陸作戦は質量合わせると史上最大規模の一大軍事作戦でした。計画から実行まで2年2ヵ月を費やし、従軍将兵はアメリカ、イギリス、カナダ軍を中心に約300万名。1944年6月6日当日の上陸作戦だけでも機甲12個、空挺3個を含む39個師団が参加。13万3,000名の将兵と、1万4,000台の各種車両、1万4,500トンもの補給資材が戦艦6隻、戦闘艦艇1,070隻に護衛された6,000隻もの艦船舟艇によりイギリス海峡を渡り、ノルマンディーの海岸に上陸。さらに、2万機に及ぶ戦闘機、爆撃機、輸送機が彼らの援護と輸送ためにこの作戦に参加し、イギリス海峡の上空を飛行したのです。

  本書「ノルマンディー上陸作戦 1944」(上・下)(著者、アントニー・ビーヴァー)は、その「史上最大の作戦」のDデイ(上陸作戦決行日)の数日前からパリ解放までの約50日間を上陸作戦を決断、指揮した連合国軍のリーダーやそれを迎え撃つナチス・ドイツのリーダーだけでなく、連合国軍やナチスの一般の兵士、補充兵、フランスのレジスタンス、ノルマンディー住民、パリ解放直前のパリ市民など、さまざまな立場の人々のエピソードなどをまじえ圧倒的な描写力と、精緻さをもって再現していきます。

  (これはおそらく著者が、軍事学校卒で、実際兵士として勤務していた人脈筋から他では入手できないような当時の資料や情報を入手できる立場にいたことが大きいと思います。)

  ノルマンディー上陸以前から「作戦」はすでに始まっていました。上陸地点を事前にドイツ側にキャッチされないように工作した欺瞞作戦(フォーティチュード計画)です。その他、敵方の信号情報を傍受監視するシステム「ウルトラ」の導入。フランスのレジスタンスと協調した反抗計画、陽動作戦など。そして、作戦決行までの連合国軍リーダー(チャーチル、アイゼンハワー、ド・ゴール等)の人間関係、思惑。上陸直前の悪天候、上陸作戦決行までの連合国軍リーダーの焦燥感。ノルマンディー上陸に向けイギリス海峡航海中の艦船上の連合国軍兵士の様子、そして上陸。上陸後の壮絶を極めた戦い。(ヴィレル・ボカージュの戦い、エプソム作戦、グッドウッド作戦、サン・ローの戦い、コブラ作戦、、ファレーズ包囲網、、)一方、連合国軍を迎え撃つドイツ軍における、組織内でのリーダー達の反目、動揺。 独裁者としてのヒトラーの状況判断のミス、未遂に終わったヒトラー暗殺計画などなど、私自身、これまで知らなかったエピソード満載でした。

  著者(ビーヴァー氏)は、本書の他、「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943」、「ベルリン陥落1945」、「第二次世界大戦 1939-1945」(上・中・下)など、第二次世界大戦の著作で有名な歴史作家です。(ちなみに、「第二次世界大戦 1939-1945」は「昭和史」の著者、半藤一利氏も推薦しています。)ビーヴァー氏は、将校として勤務経験がある軍人だったせいか、戦場での凄惨な戦いや、その犠牲者にまつわるエピソードなんかもためらわず取り上げている一方で、全体的に簡潔、端的、かつ客観的な表現をしています。また、上陸後のフランス西部の拠点での地上戦において、戦闘が始まる前に連合国軍側は空軍が援護爆撃を行うことが多かったのですが、意外と誤爆が多く、それによる味方の戦死者も多かったのですが、そいうった連合国軍側の失態も取り上げてあります。

  「ノルマンディー上陸作戦」は、かつてのアメリカ映画「史上最大の作戦」(1962年)、「パットン大戦車軍団」(1970年)などで描かれ、そういった映画では(戦勝国がつくった映画のせいか)戦場のヒロイズムが強調されていました。しかし、(実際は、ノルマンディでのいくつかの戦場で戦闘を経験して)神経症になってしまったり、補充兵で連れてこられ、実戦経験ないままいきなり戦場に配属されパニックに陥ったり、戦況から「命と一日3度の食事が保証」されているからと、あっさり捕虜になってしまったり、憎しみから残虐な行為へ走ったり、またその復讐から残虐な行為をやりかえしたり、、、と、こういったヒーローではない、ある意味すごく人間的な、兵士たちのエピソードが(連合国軍側、ドイツ側に限らず)実に多くあります。「普通の人間が戦った戦争」であった、ということが強く実感できました。

  最後にそんな「普通」の兵士が体験したエピソードの中で、私が読んで一番劇的だったところを引用します。連合国軍兵士のオマハ・ビーチ上陸シーンです。(本書、上巻、178ページ)    

  (オマハビーチでは、防御陣地の中からドイツの機関銃手が連合国軍の上陸用舟艇から飛び出す兵士を狙っています。。。)「上陸用舟艇のランプ(開閉扉)が倒れた瞬間、舟艇内に敵の銃弾がまっすぐ飛びこんできた。(中略)泳ぎ方をまったく知らない兵士も実際多かった。深みに嵌った兵士の大部分は、もがきながら装備を脱ぎ捨て、なんとか助かろうとした。目の前にいた戦友が装備の重さで溺れるところを至近距離で見たため、後続の兵士たちはパニックに駆られた。

  泳ぎのうまいものも、まったく泳げないものも、多くのものが、いまだに海にいるうちに銃撃された。(中略)撃たれて、重荷のせいで溺れるものたちの、助けを求める絶叫、、、死んで、水面に漂うものもいれば、死んだふりをして流れに任せつつ、海岸へ接近していくものもいた。」「水深が1.5メートルもある海中に飛び込んだアメリカ兵は書いている。『ぼくのすぐ鼻先で、次いで両脇で、さらにそこらじゅうで、銃弾のあげる水柱が立っていた。その瞬間、ぼくはこれまで犯したあらゆる罪を思い、それまでの人生で一度もなかったほど、激しく神に祈った』と。」

    このノルマンディー上陸作戦を解説した書籍に「史上最大の決断」(野中郁次郎氏、荻野進介氏共著)があります。(次回紹介します。)上陸作戦にかかわった人間のリーダーシップ、戦略論、敗戦の教訓等大変参考になります。