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城研活動報告

岩崎城訪問記(2018/12/8)

2019.02.25 13:30

城郭研究会の2018年最後の城郭訪問は岩崎城でした。

今回はその様子をお届けします。


現在の岩崎城

現在は岩崎城址公園として整備され、模擬天守と歴史記念館、庭園が設置されています。

公園内の隅櫓跡や櫓台、空堀が廃城前の姿を伝えています。

↑櫓台

岩崎城の縄張り

江戸時代の絵図をもとにした復元地形模型によると岩崎城は本丸を堀、馬出(現二の丸庭園)、帯曲輪に囲まれた構造となっている。

往時は本丸と馬出を土橋でつないでいたが、現在ではコンクリートで補強されている。

復元模型によると本丸南側にも曲輪が確認できるが、現在は住宅地となっていて遺構は無い。

一色丹羽氏と岩崎城

岩崎城主であった一色丹羽氏は一色氏の庶流、丹羽氏明(生没年不詳)を祖とする一族である。氏明が尾張国丹羽郡に移り住んだことから丹羽氏を称した。織田信長の重臣として有名な丹羽長秀とは血縁的繋がりはない。

丹羽氏清(1485-1560)の代に本郷城から岩崎城に移り住む。

1584年の小牧・長久手の戦いでは徳川家康に従って小牧へ赴いた当主・丹羽氏次の代理として岩崎城を守備した弟の丹羽氏重が中入りを狙う豊臣軍別働隊と交戦。氏重以下将兵は玉砕するも豊臣軍の足止めに成功した。

その後、丹羽氏次は関ヶ原の戦いに参戦した功が認められ三河国に1万石の所領を得る。

それに伴い岩崎城は廃城となる。


訪問を終えて

今回は1年生が城郭訪問を計画してくれました。城郭研究会としては久しぶりの愛知県内の城郭訪問となりました。

次回は大垣城を訪れた様子をお届けします。