クソ野郎のジャワ島横断記① 美しい旅の予感 2019.01.07 14:55 点滴を打つのは久しぶりだった。 重い症状なのかと危惧していたが、なんてことはない、生理食塩液というビタミンなどが入っている点滴らしい。とにかく薬だけでももらえればいいと思って来たけれど、ここの先生はそんな患者の気持ちなどお構いなしにちゃんと診てくれる。元気な人だった。 活気があると言えば語弊もあるが、近所のこのクリニックはいつも患者が絶えず訪れ、先生や看護師たちが忙しなく声を出し合い連携して動いている。ここの、そんな手を抜かない雰囲気がオレは昔から好きだった。 まるで早朝の市場のような飛び交う声を耳にしながら、オレは指定されたベッドに横になり、頭上に吊るされた袋からポツリポツリと垂れ落ちる点滴を薄目を開けて見上げていた。そうやってただぼんやりとしていると重い病人にでもなったかのような気さえする。 点滴針が右腕に刺さっているのであまり動けない。かといって20分くらいで終わるらしいので寝るわけにもいかない。 真っ白な天井を眺めながら、オレは夏に訪れたインドネシア、ジャワ島での旅を思い出していた。 美しい旅だった。 あいつら、元気してるかな。ゲストハウスで出会った年の近い二人の青年が脳裏によぎる。彼らとは気が合い、よくロビーの共有スペースで話した。 そういえばまだ何にもインドネシアの旅を書いていないな。 どうせ風邪で寝ているだけだから、帰ったらiphoneで書いてみようか。 そう考え、点滴が終わるまでいくつかの場面の回想を始めた。 インドネシアでは友人と再会する予定であったのに、航空チケットを購入したのは渡航のわずか10日前。出発がお盆の後半だったこともあり一人分の席くらいはなんとか確保することができた。 登山用の大きなバックパックを担いで出発。非日常な重さがずしりと背中にのしかかる。しかしそれが、これからまた旅を始めるのだ、という高揚感に浸らせた。 当日、地元の駅を6時前に出発。 初めて海外へ行ったあの時の、あの、なんとも言えない落ち着かない心持ちをまだ覚えている。 成田からバンコク経由でカンボジアへ一人で行った。国際線乗り換えや現地でボランティアスタッフと合流することは、初海外にはハードルが高かった。あの時、その期待と不安の波が交互に押し寄せて前日は熟睡できず、食欲もなかった。 それが今や、旅の楽しさから滲むアドレナリンにどっぷりと浸かって空港へと足を踏み入れる自分がいる。 行きの機内の隣は、インドネシア人だろうか、同い年くらいの男性だった。オレが挨拶をする前に笑顔を先に送ってくれた。何か機会があれば彼と話してみたかったが、ジャカルタ到着まで、食事の時間以外、彼はただただ眠り続けていた。 ジャカルタ、スカルノハッタ国際空港に到着。 ここ、ジャワ島へは二度目の訪問。前回はバリ島からの日帰りツアーに申し込み、快適な車で世界遺産ボルブドゥール遺跡を観光しただけだった。今回もバックパッカースタイル。鉄道と飛行機で移動。計画はしたが、果たしてその計画通り行けるか不安だった。 計画はこちら。 ↓ ここまで練るのに数日かかった。 アライバルホールに到着する。東南アジア特有というべきか、すぐにそのムッとした空気に懐かしささえ覚える。 ターンテーブルから出てきたモンベルのバックパックをヨイショと背負い、勇ましく到着ゲートを通過。すぐに、 「タクシー?」 というお決まりの勧誘が耳に入ってきた。異国へ来たのだというスイッチが改めて入る。しかしどうやらここのタクシードライバーは声をかけてくるが、しつこさ、というのは全く感じられない。 そんな風に数人のタクシードライバーに声をかけられつつ、「Bus」 という標識に従い進む。 再び「タクシー?」と声をかけてきたドライバーに逆に尋ねる。聞かずとも分かるだろうとは考えていたが、コミュニケーションを取ってみようと考えた。 「ダムリバスに乗りたいんですが、どこですか?」 そのドライバーは一瞬考えた様子で、すぐに答えた。 「こっちだ。」 彼はそう言って指さした。 「ここを曲がってまっすぐだ」 おお・・・。なんて親切なのか。 道を聞いてきた外国人が自分のタクシーに乗らないのに丁寧に行き先を伝えてくれるなんて。 インドネシアへ到着した直後であったけれど、オレはその時に、この旅はきっと良いものになるな、と直感した。その国の旅の良さは、その国の人々によって決まる。人が良ければ旅も良くなる。きっとジャワ島はオレには合うのだ。 「終わりましたね。」 年配の女性看護師さんがベッドへやってきて、空になった点滴を掴んだ。 「では、今日はこれで終わりです。待合室でお待ち下さいね。お薬が出ます。」 他の患者と共に長椅子に座った。 家に帰って、あの美しい旅をもう一度記憶の中で始めようと思った。 つづく