手工芸であること
2024.09.18 08:35
手を動かしてモノを作ることは、たとえそれがどんなに小さいものであっても、その人にとっては宝であり、尊い行いであることには間違いがない。それによって心が平安になるのだ。
’自分の世界’を明るく照らす「光」に変換していくことが、生きる目的だと思うから。そしてそれは、何気ない日常に隠れている。
手芸、手工芸、手仕事....。
意味はそれぞれ少しずつ違うようだけれど、実用的なモノから美術品まで、どれも「精神性」というものがあるのは間違いない。
鈴木大拙(仏教哲学者)がこんな言葉を残している。
「手工芸は作品に画一性(かくいつせい)がない。
ひとつひとつ違っている。
置き換えられぬ、唯一つだけである。創作である。
そうして作者の人格が一一にうかがわれる。
人工的作為を施さずに、作者の個乙性から自由に湧き出て、
それが手に足に伝わり、
必要な材料を集めて、それからできるからである。」
世の中には木工、陶芸、染織など、美しい手工芸はたくさんある。そしてまた、テディベアもりっぱな’手工芸’であると思った。私にとってはひとつひとつが、唯一無二の創作であり、魂であり、愛情を具現化したものであるからだ。
顔は作り手のすべてを表わす。
手足はエネルギーの象徴。
お腹は愛情をためる場所。
切って、縫って、綿を詰めて...、無になって手を動かす。
飽きることなく自由で、やわらかな時間。
「無垢な魂を、自らの手で生み出す」
この手工芸に携わることを誇りに思う。
生涯、この魂を作ることに全力を尽くそう。