現世と常世のあいだ
http://leonocusto.blog66.fc2.com/blog-entry-3621.html?sp 【谷川健一 『渚の思想』】より
(略)
帯文:「日本列島から渚が失われようとしている。人の魂も危機をむかえる。
現世と他界をつなぐ接点、渚。海をめぐる民俗学の深みから、人間の自然を取り戻す力を求めて。」
帯裏:「どこかひとけのない渚で行き倒れのように死にたいと、ひそかに願うようになった。
谷川健一」
カバーそで文:
「海岸はコンクリートでふさがれ、いまや渚が失われようとしている。もう一度、渚の風景を思い出して、海が育んできた人々のたましいの行く末に思いを馳せる時がきている。
*
人は渚に立つと、自分のなかの自然を感じる。犬は走り、子は笑い、恋人は腕を組み、老人は来し方をふりかえる。海の呼ぶ声が聞こえ、思わず歩き出してしまう。そんな感覚をたどり、日本人の意識の根元にある「常世(とこよ)」を考える。
常世は死者の国であると同時に、日本列島に黒潮に乗ってやってきた祖先たちの記憶である。渚は常世と現世の接点にある。海をめぐる独自の民俗学を積み上げてきた著者の、原点にして到達点を伝える。」
◆本書より◆
「民俗学から見た人と渚とのかかわり」より:
「神と人間と自然という場合の人間とはいったい何か。人間は他の動物とほとんど共通した性格をもっていますが、ただ一点違うのは、人間は他界=死後の世界を考える動物である。民俗学的に人間をそう定義することができると思います。古代の日本人は、海の向こうに死者の行く島があると考えました。これは現実の島ではなく海上他界といって共同幻想の島で、それを「常世(とこよ)」と呼びます。(中略)海の向こうに死者の魂の行く世界があるとなると、渚はいったいどういう意味をもつか。それは、現世と他界との中心線なのです。
漁村ではほとんど海岸に墓地が設けられています。それは海の向こうに死者の魂が行く場所であるからです。」
「沖魂石(おきたまいし)に依(よ)りくる神」より:
「私は宮古島のある漁師の家の床の間に丸い海石が飾ってあるのを見たことがある。その石は海に浮かんでいて、猟師の網にかかったのだという。彼はこの奇瑞(きずい)をあらわした石が竜宮から運ばれてきた霊石であると信じていた。」
「海荒れ」より:
「沖縄では、海岸近くの海底に生えたアマモと呼ばれる海藻を食べにザン(ジュゴン)が寄ってくることもあった。ザンは海霊でシケを起こす能力があると信じられた。そこで漁師たちはザンを捕らえると浜で料理して食べた。家にもちかえって食べたら、その家の主婦が死ぬか、家族の者がシケの海で不慮の災難に遇うとみなされた。人びとは海荒れのなかに海霊の怒りをみたのである。」
「海荒れを海の彼方から到来するものの予兆と受けとる慣習は本土にもあった。毎年陰暦十月になると、出雲の明るい海は急に暗くなる。そしてアナジと呼ぶ北西の風が烈しく吹きつのり、海面は荒れて泡立つ。このような天候の急変を、出雲の人たちは「お忌み荒れ」といいならわしてきた。出雲大社や佐太神社の神在祭(かみありまつり)は「お忌み祭」ともよばれているが、そのわけは祭りの忌みの期間と符合するように、海がシケるからである。
「お忌み荒れでございますね。竜蛇(りゅうじゃ)さんがあがりましたか」
といった会話が挨拶がわりに取り交わされるのもその頃のことである。出雲大社では南方産のセグロウミヘビが北西の季節風によって稲佐(いなさ)浜にうちあげられるのを捕らえて、それを三方(さんぽう)に載せ、神殿に供えてはじめて神在祭がおこなわれる。セグロウミヘビは海の彼方から到来する竜蛇神であり、冬のしるしを告げる出雲地方の海荒れは、竜蛇神の出現にむしろふさわしい雰囲気をもっていた。
秋田の男鹿(おが)半島付近では、晩秋、みぞれが降りはじめ、雷鳴をともなって海が荒れる頃、ハタハタ漁をおこなう。雷をハタハタというが、雷が鳴ると、とれはじめる魚だから、ハタハタと呼ぶといわれている。(中略)雷が鳴るシケの海にハタハタの大漁を求めて、漁師たちは出漁する。このように、海荒れは人びとの心に畏敬と期待の感情の波を起こさせてきた。
ここで思い出すのは、『日本書紀』に、豊玉(とよたま)姫が自分の身ごもっていることを彦火火出見(ひこほほでみ)尊に告げ、間もなく子どもが生まれそうだから、自分のために渚に産屋を造って待っていてほしい、「妾、かならず風濤(かざなみ)急峻(はや)からむ日を以て、海辺に出で到らむ」と言う。この風波の烈しい海荒れの日にかならずやってくるという言葉に、私は心の波立ちをおぼえずにはすまない。」
「月夜の幸福」より:
「奄美大島では戦前までは、子どもが夜おそくなっても帰らないとき、家の年寄りたちは「夜がとる」といってひどく心配し、騒いだという。夜がとるというのは、夜がさらっていく、また夜がとり殺してしまう、という意味である。夜を凶暴な怪物としておそれるこのような表現は、南島の夜が真っ暗であったことを背景にしている。そうしてみれば、「月夜」は人びとにとって「幸福」の代名詞である時代が長くつづいたとみるべきである。だが今は「月夜の幸福」は遠く忘れられてしまった。」
「あとがき」より:
「渚は陸とも海とも見分けのつかない不思議な境界である。それゆえに、かつては現世と他界とをつなぐ接点とみられ、そこに墓地も産屋も設けられた。
海からの来訪神や死者の魂を送り迎える儀礼の場所が渚であった。海の彼方から寄りくるものへの切実な期待と畏怖の情は、日本人の心理の底深く宿っている。
渚は大自然の博動を体得するのにもっともふさわしい場所である。大自然のリズムを身につけるかどうか、それが人間の心身を健全なものにするかどうかの分かれ道である。だが、自然海岸の大量の破壊は、日本人が日常的に海にふれあう機会を極度に少なくした。それは、砂浜で孵化した海亀の子が、生まれてすぐに波打ち際にむかって這っていく、そのまちがいのない正確な本能を私たちに閉ざすことにもなったのである。
渚に立ってまなざしを海の彼方にそそぐときの解放感は何ものにも替えがたい。
私は幾十年も前から沖縄の旅をくりかえすなかで年老いて今日にいたっているが、いつしか私の心のうちに、どこか先島の離島の人気のない渚で、生き倒れのような格好で死にたいという願望がひそかに芽生えてくるのを感じるようになった。(中略)渚に死にたいという他相ない幻夢を道連れとして、私は今日も海の微風をまともに受け、潮騒を聞きながら、渚を歩くのである。
わが瞳にサフラン色の蝶一羽溺れてゐたり渚ながき日
肉は悲し書は読み終へぬみんなみの離(ぱな)りの島の渚に死なむ」
https://note.com/kotohanasake/n/n717bd8b7e6b3 【現世(うつしよ)と常世(とこよ)の狭間で】より
盆。
身内が一堂に会したその夜、焚いた迎え火がぼうと暗闇に浮かび上がる。漆黒の闇に燃える炎は美しい。現世から旅立った祖霊達がその地縁者や血縁者の元へ暗闇に浮かぶ炎を頼りに戻ってくると云う。
太古よりこの国の人々は地縁や血縁で共同体を形成し生き抜いてきた。
地縁血縁の為に引き起こされた不幸や悲劇もあったであろう。それでも共同体を維持する必要があった。それは自然がもたらす恵みを受け取る為に。それは自然がもたらす災いを鎮め和らげる為に。
おそらく共同体は現世の者と常世の者とで構成されていると思われていたのであろう。
炎の揺らめきが現世と常世の境界を曖昧にする。
現世と常世が脳内で混在していき自分自身が薄くなっていく錯覚を覚える。
現世から常世へ旅立つ際に見る景色はとても美しいと云う。
自分もいつかは祖霊となりこのような炎を頼りに誰かの元へ行くことがあるのだろうか。
やがて迎え火は静かに燃え尽きた。