法律に息づく孔子の教え
日本の法律に孔子の教えが息づいていると言ったら、驚かれるかもしれない。『論語』子路篇第十三に大変有名な章句がある。ここに示された孔子の教えが様々な法律に反映しているのだ。
【原文】
葉公語孔子曰、吾黨有直躬者、其父攘羊、而子證之。孔子曰、吾黨之直者異於是、父爲子隱、子爲父隱、直在其中矣。
【読み下し文】
葉公(しょうこう)孔子(こうし)に語(つ)げて曰(いわ)く、吾(わ)が黨(とう)に躬(み)を直(なお)くする者(もの)有(あ)り、其(そ)の父(ちち)羊(ひつじ)を攘(ぬす)み、而(しこう)して子(こ)之(これ)を證(しょう)す。孔子(こうし)曰(いわ)く、吾(わ)が黨(とう)の直(なお)き者(もの)は是(これ)に異(こと)なり、父(ちち)は子(こ)の爲(ため)に隱(かく)し、子(こ)は父(ちち)の爲(ため)に隱(かく)す、直(なお)きこと其(そ)の中(なか)に在(あ)り。
【意訳:久保】
楚(そ)の重臣である葉公が孔子に自慢して言うには、「わしの村には正直者がおるんじゃよ。父が羊を盗んだところ、その息子がこれを正直に証言して父が有罪になったんじゃ。」
孔子が言うには、「私の村の正直者は、これと異なります。父は子のために庇(かば)い、子は父のために庇います。この不正直の中に本当の正直があるのです。」
公私混同は許されないが、公をより重んずるべきか、それとも私をより重んずるべきか、究極の二者択一を強いられる場面がある。
前者の立場が法家(ほうか)であり、後者の立場が儒家(じゅか)だ。
毛沢東は、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)して法家を重用した秦の始皇帝を称揚し、孔子を批判して、中国国民党のスパイだった父を子が中国共産党に密告したことを褒め称え、美談として喧伝し、毛沢東思想に反する者は、親子兄弟であろうと密告するよう奨励した。
アドルフ・ヒトラーも、ヒトラー・ユーゲントに属する子供が、英仏のラジオ放送を密かに聴いている親を警察に密告したことを称賛した。
その結果、道徳心が失われ、いつ誰に密告されるか分からないと疑心暗鬼に苛(さいな)まれ、誰も信用できない社会になった。
確かに、父が子のために庇い、子が父のために庇うことは、不正直であり、公を軽んじ、私をより重んずる行為であって、形式的に見れば法に違反する。
しかし、父が自ら法を犯してでも子を庇い、子が自ら法を犯してでも父を庇うことは、肉親を守りたいという自然な人情の素直な発露であり、これこそが本当の正直なのであって、これを不正直であるとして否定することは、道徳感情を基礎とする道徳そのものを破壊することに他ならない。逆説的だが、孔子の言う通り、この不正直の中に本当の正直があるのだ。
それ故、子を庇った父も、父を庇った子も、それぞれ道義的責任を問うことができないので、これを罰することもできないのだ。
このような孔子の教えは、現代日本の法律に息づいている。
例えば、親族による犯人蔵匿等罪・証拠隠滅等罪の特例(刑法第105条)、証言拒絶権(民事訴訟法第196条、刑事訴訟法第147条、議院証言法第4条第1項、地方自治法第100条第2項・民事訴訟法第196条)などがある。
これらの規定があるからこそ道徳が破壊されず、社会秩序が自発的に維持されるのだ。
このような法律の規定がある日本は、本当に恵まれていると思う。
というのは、日本のマスコミによって「地上の楽園」と絶賛された北朝鮮では、下記の記事にあるように、国民相互に監視し合い、密告褒賞金によって密告することが奨励されているからだ。
国民は、バラバラに原子化されて、家族の愛情を知らず、道徳心もなく、貧しき故に、ますます利己的になり、食料を配給してくれる絶対権力者である将軍様に盲目的に従うしかない家畜と化すのだ。子々孫々のために、絶対に日本をこのような国にしてはならない。
普段は、口を開けば「人権、人権」と叫ぶくせに、どうして野党の連中は、北朝鮮の人権侵害を糾弾しないのか。北朝鮮が理想の国であり、自分たちこそが日本人を支配する側だと思っているからだろう。自分たちが将来独裁者に粛清される側だとは知らずに。
cf.1刑法(明治四十年法律第四十五号)
(犯人蔵匿等)
第百三条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
(証拠隠滅等)
第百四条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
(親族による犯罪に関する特例)
第百五条 前二条の罪については、犯人又は逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる。
cf.2民事訴訟法(平成八年法律第百九号)
(証言拒絶権)
第百九十六条 証言が証人又は証人と次に掲げる関係を有する者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれがある事項に関するときは、証人は、証言を拒むことができる。 証言がこれらの者の名誉を害すべき事項に関するときも、同様とする。
一 配偶者、四親等内の血族若しくは三親等内の姻族の関係にあり、又はあったこと。
二 後見人と被後見人の関係にあること。
cf.3刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)
第百四十七条 何人も、左に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。
一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者
二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人 三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者
cf.4議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(昭和二十二年法律第二百二十五号)
第四条 証人は、自己又は次に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。
一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者
二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人
三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者
② 医師、歯科医師、薬剤師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職にある者又はこれらの職にあつた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。 ただし、本人が承諾した場合は、この限りでない。
③ 証人は、宣誓、証言又は書類の提出を拒むときは、その事由を示さなければならない。
cf.5地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)
第百条 普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の事務(自治事務にあつては労働委員会及び収用委員会の権限に属する事務で政令で定めるものを除き、法定受託事務にあつては国の安全を害するおそれがあることその他の事由により議会の調査の対象とすることが適当でないものとして政令で定めるものを除く。次項において同じ。)に関する調査を行うことができる。この場合において、当該調査を行うため特に必要があると認めるときは、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる。
② 民事訴訟に関する法令の規定中証人の訊問に関する規定は、この法律に特別の定めがあるものを除くほか、前項後段の規定により議会が当該普通地方公共団体の事務に関する調査のため選挙人その他の関係人の証言を請求する場合に、これを準用する。ただし、過料、罰金、拘留又は勾引に関する規定は、この限りでない。
(以下、省略:久保)