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身体感覚とエネルギー感覚

2024.10.16 07:37

Facebook田中 宏明さん投稿記事

今朝瞑想をしていると雨がポツポツと降る音が聞こえて来ました

しばらくその音に耳を澄ませていると ふいに 軽トラの荷台に ニワトリの餌用にもらったくず米を 置きっぱなしにしているのを思い出しました

紙袋の底がじんわり雨に濡れている絵が浮かびます

次に「濡れてしまった米を どうしたらいいだろう?」「せめて助手席に 入れておけば良かった」といった思考が浮かんで来ます^ ^

その思考と共に不快なエネルギーも湧き起こって来ます

そのエネルギーは股間の辺りや胸の部分に実際的な感覚として感じられます

いわゆる「心配」や「不安」という感覚です

僕にとっての瞑想とは、そのエネルギーを余さず捉えることでもあります

つまり、今まさに思考とともに生まれ出ようとしているその「心配」や「不安」をつぶさに実況席から観ているような感覚です

蛇口から水が漏れ出るように不安や心配というエネルギーが漏れて自分の内側に広がりそうになった瞬間「あぁ、濡れた 米なんてどうしたら いいんだろう」というまさにその思考が湧き出た瞬間を捉えることが出来たならそれは物理的に取り除くことが出来ます^ ^

物理的という言葉が適切かはわかりませんが「思考」が湧き起こる瞬間を捉えることが出来れば「思考」というものがまるで物質のように掴めるのです

もちろんそれは形を持ってはいませんがあきらかにエネルギーとして存在しているのがわかるのです

そしてそのエネルギーは意識の光に捉えられてしまった瞬間に一瞬で消え去ります

そして、その不安が消えた瞬間に「濡れた米から あげればいいや」という、かんたんな思考に戻ります

実況席からこうして内側の自分の動きを見つめるようになってから僕の中から「不安」や「心配」「怒り」や「怖れ」「執着」や「嫉妬」そういった感じて不快な感覚というものが激減

して行きました

その生きやすさといったらもう、どんなセレブよりもリラックスしているように感じるくらいです(笑)

霊性への目覚めとかスピリチュアルといったものはその「生きやすさ」にいたるための単なる導きなわけです

現代人は「目に見えないこと」を本当にないがしろにするように教育されてきました

そうして実証可能な「目に見える」世界に重きを置き過ぎた結果が今の精神不安や鬱 我よしのエゴが蔓延する世界です^ ^

逆にその反動で過剰な「スピリチュアル」への傾倒もありますがそれもまた「精神の物質主義」と呼ばれる新しい形の依存に過ぎません^ ^

全ての答えは自分自身の内側にあるという真実は何度言っても足りないくらい大切な真実です

「スピリチュアル」という世界は目には見えないからこその危うさがあるからです

ただただ自分自身の内側を注意深く見つめることそれが僕にとっての「瞑想」です

そしてそれを見つめる「自分」も消えてしまうことそれも「瞑想」です^ ^

瞑想とはつまるところ自分自身の心の動きに意識的であるということに他なりません

そしてその自分という主体性が消えてしまうというのは「超」意識的な状態と言ってもいいでしょう

「意識」の状態にも段階があるわけです

普段の日常生活においては内側の自分の心の動きにただフォーカスして 朝や夕方に座る時は

ただ川の音に耳を澄ませまるようにしています^ ^

こんな僕でもそんなことを実践しているうちに「心」が安心で満たされるようになって来ました^ ^

もはや「瞑想」という言葉も古い観念にまみれているので新しい表現をしたいところです^ ^

誰か素敵な表現があれば是非教えてください😊

そんなわけで今日も一日自分自身の内側を見つめる「遊び」をしてみてください^ ^

きっと新しい感覚とやさしい気持ちを見つけられるはずです😊

では皆さまも素敵な一日を✨ワハハ🌈らぶ💓


https://www.tokaigakuen-u.ac.jp/academics/news/detail.html?id=805 【第六感の正体―理由は身体が知っている―】より

第六感という言葉があります。理由はないけどなんとなく「ピンとくる」あれです。今日は生理心理学におけるひとつの仮説を紹介しながら,この正体について考えたいと思います。

神経科学者のダマシオは,ヒトの意思決定において感情に伴い身体から生じたシグナルがその手助けをしていると考えました。これをソマティック・マーカー(身体信号)仮説といいます(Damasio, 1994)。彼らは感情に伴う皮膚の発汗とアイオワ・ギャンブリング課題を用いてこれを検討しています。この課題では,参加者に4つのカードの山が提示されます。カードの裏には獲得できる金額(利得)もしくは支払う金額(損失)が記載してあり,参加者は好きな山からカードを繰り返し引いていきます。4つのうち2つは「よい山」で,1回の利得金額は小さいけれど,損失の確率も低く長期的には得をするようになっています。残りの2つは「悪い山」であり,1回の利得金額は大きいけれど,より大きな損失の可能性も高く,引き続けると損をしてしまいます。ダマシオは,選択を繰り返すことでより「よい山」を選択するようになることを確認しました。さらに興味深いことに,これらの参加者たちは,「これは悪い山だ」とはっきり確信しているわけでもないのに,そこからカードを選ぶときには,一時的な発汗が生じていたのです。一方,脳の一部※1を損傷した参加者たちは,このような発汗が生じない傾向にあり,「悪い山」を繰り返し選択してしまうことがわかりました。この身体反応は,少ない損失経験にもかかわらず,ルールを意識的に理解するより先に,危険を知らせるソマティック・マーカーとしてはたらき,「悪い山」の選択を回避させることでより良い意思決定を促していたのです。

このようにダマシオは,意思決定における感情的な身体反応の重要性を唱えました。従来,感情は意思決定を歪めるものだと考えられていました。しかし,ダマシオの研究によって,感情的な身体反応があるからこそ瞬時に危険を察知し,より良い意思決定が導き出されるのだ(自分自身も気づかないうちに!)という新しい考えが生まれました。もしかしたら,「ピンとくる」の正体はこのソマティック・マーカーなのかもしれません。そうであれば,直感というのは感情経験をたくさん蓄えた身体からの重要な手がかりになるでしょう。

もちろん,これはあくまでもひとつの仮説にすぎません。これを支持する研究者がいれば,否定する研究者もいます。大学での学びは答えがありません。いろんな研究者の考えを学びながら自分の考えを見つけ出す場です。信じるも信じないもあなた次第。これを読んで少しでもピンとくれば,生理心理学を学ぶ素質があるかもしれません。

※1腹内側前頭前野

Damasio, A. R. (1994). Descartes’ error: Emotion, reason, and the human brain. New York: Putnam. 田中三彦(訳) (2000) アントニオ・ダマシオ 『生存する脳 ―― 心と脳と身体の神秘』 講談社.