ごみ風船と無人機をめぐり一触即発の危機にある朝鮮半島情勢
「裏金」問題を最大の争点に“平和ぼけ”の選挙に現(うつつ)を抜かす国がある一方で、そのすぐ近くの半島では、南北の国どうしの間で一触即発の臨戦態勢にある。ところが、互いに口角泡を飛ばして罵り合う原因となったのが、北が南側に飛ばした大量のごみ風船であり、北の首都上空に現われたという小型無人機だった、というから呆れる。高度先端技術が詰まった戦闘機やミサイル、AIロボット兵器が主流となったこの時代に、何ともローテクでアナログ過ぎる“飛び道具”をめぐって争っていることか、と哀れささえ感じる。
首都平壌の心臓部上空に現われた小型無人機
北朝鮮外務省は10月11日夜、突然「重大声明」を発表し、韓国が11月3日と9日、10日の深夜に無人機を首都・平壌上空に侵入させ、「反共和国(北朝鮮)政治謀略扇動ビラ」を散布したと主張、その証拠として平壌上空で撮影されたとする無人機やビラの写真を公開した。ビラには「自分の腹を肥やすことに余念がない金正恩(キム・ジョンウン)」と書かれていたほか、金正恩と娘のジュエがフランス製高級ブランドの服を着ている写真が掲載され、金王朝の体制・体質を批判する内容だった。
北朝鮮の声明は、無人機の侵入とビラ散布を「重大な政治・軍事的挑発行為」だと非難し、「(北朝鮮)南部の国境線付近と大韓民国の軍事組織構造を崩壊させるあらゆる攻撃手段を任意の時刻に直ちに自己活動(=発動?)させる態勢を整える」と警告した。ここで南側を「大韓民国」と正式国名で呼んでいるのは、金正恩が去年12月、韓国をもはや統一の対象ではなく主要な敵国だと宣言し、南北「2国論」を打ち出したからである。
この北朝鮮側の発表に対し、韓国軍は当初「我々のものではない」と否定したが、その後は「確認できない」として曖昧な態度に変えた。仮に韓国軍が無人機を平壌上空に飛ばしたとしたら、明確な停戦協定違反であり、国連軍から直ちにクレームをつけられることになる。韓国軍としては、無人機への関与を否定も肯定もせず、北側のパフォーマンスや金正恩らの「お遊び」に付き合う必要はないと突っぱねたほうが得策なのである。
しかし、金正恩の妹・金与正(ヨジョン)は翌12日に発表した談話で、「韓国軍が今回の事件の主犯か共犯であることを自認したもの」だと主張し「われわれの首都上空で大韓民国の無人機が再び発見される瞬間、大変な惨事が起きる」と警告し、次に同じような事態が発生すれば直ちに「強力な報復行動を取る」と威嚇した。
最前線の火砲部隊に「射撃準備態勢」を命令
さらに朝鮮中央通信は13日、朝鮮人民軍総参謀部が南北軍事境界線付近の砲兵部隊と火力兵器を扱う前線部隊に、13日午後8時までに「完全射撃準備態勢」に転換するよう指示したと伝えた。また北朝鮮国防省の報道官談話では、「無人機挑発に韓国軍部勢力が加担したと判断している」として、再び無人機が侵入すれば宣戦布告と見なし、「われわれの判断で行動する」と警告した。
また金与正は13日、「核保有国(北朝鮮)の主権が、米国が飼いならした雑種犬(韓国)によって侵害されたのなら、雑種犬の飼い主(米国)が責任を問われるべきだ」とたった1行の談話を発表し、慌てて米国の責任にまで言及した。韓国軍が無人機を飛ばしたという証拠ないっさい示すことができないのに、相変わらず幼稚で汚い言葉を使って罵ることしかできないようだ。
一方、韓国国防部は13日、「(北朝鮮が)韓国国民の安全に危害を加えれば、その日に北の政権が終末を迎えることを警告する」との声明を出した。また韓国の申源湜(シン・ウォンシク)国家安保室長は13日、テレビ番組に出演し、「北が自殺を決心しない限り、戦争を起こすことはできない」との認識を示した。いずれも10月1日の韓国「国軍の日」の軍事パレードで演説した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「北朝鮮が挑発に出た場合、その日が北朝鮮の終末を迎える日となる」と発言したことを踏まえたものだ。「国軍の日」の軍事パレードについては、別稿で取り上げることにする。
韓国軍は、北朝鮮が国境付近の砲兵部隊に対して「射撃準備態勢」に移行するよう指示したことを受け、韓国軍も自走砲「K-9」を前線に追加配備したほか、衛星や無人機による偵察・警戒を強化し、北朝鮮軍の兵器の動向を監視しているという。
ことし5月から6300個も飛ばした「ごみ風船」
ところで、北朝鮮が平壌上空への無人機の侵入を非難した同じ日の11日午後、北朝鮮はごみをぶら下げた風船を再び韓国に向けて飛ばしている。韓国軍合同参謀本部によると、北朝鮮はことし5月28日からこの11月11日までに計28回にわたり、ごみ風船を韓国に向けて飛ばし、その数は計6300個を超えるという。ゴム製で水素ガスを充填した風船は直径3~4メートルでごみを入れた袋を紐でぶら下げた構造になっているが、韓国軍によると風船にはGPS装置や発熱タイマーが取り付けられ、風船が風で流される位置を正確に把握できるほか、発熱タイマーで紐やごみの袋に塗られた火薬に点火し、ごみ袋を切り離し、中身をまき散らすことができるような構造になっている。つまり、風船でごみを飛ばすという方法はいかにも幼稚だが、風船の発火装置により、実際ごみが落ちた建物の屋上で火事が発生する被害も出ていて、それなりに攻撃的な武器の役割も発揮している。
<朝鮮日報10・10「導爆線を巻き付けてタイマーってそれもう武器じゃないの? 北朝鮮の「汚物風船」>
北朝鮮が南側にごみ風船を飛ばすようになったのは、韓国の脱北者団体などが金正恩体制を批判するビラを風船に載せて北側に飛ばしたのに反発し、それを止めさせるための脅しだったはず。ただの紙くずを風船に載せて送ったとしても韓国国民に対する嫌がらせにしかならないが、それを6300個も飛ばす意図はいったい何なのか?風船に水素を詰め、ごみクズを用意するだけでも相当の手間、労力とコストがかかるはず。おそらく金兄妹という軍事素人(しろうと)が、いわば「泥縄式戦術」として考案し、戦果など関係なく、とりあえず「手当たり次第」の「破れかぶれ戦法」として採用したに過ぎない、とみるべきだが、例えば、ごみに細菌や毒物などを入れ、生物化学兵器として使われる場合には、いつ、どこに風船が現われ、空からごみとともに細菌や毒物がばらまかれるか分からないような情況下では、風船が上空を飛ぶだけで砲弾やミサイルが飛びかう戦場と変わらない恐怖が生まれる。つまり風船が日常的に飛んでくるソウル首都圏は、完全に北側の攻撃射程圏内で入っている。
ロシアへの輸出用ミサイルを南北軍事境界線にも配備か
それだけではない。ことし8月4日には、軍事境界線付近で任務に当たる前線部隊に、射程が110~240キロとされる近距離弾道ミサイル(「火星11ラ」型)の発射管4本を搭載した移動式発射台の車輌、合計250台を配備するための引渡し式が行われた。すでに実戦配備が終わっているこの250台が一斉発射すれば、近距離弾道ミサイル1000発の飽和攻撃が可能で、韓国軍、駐韓米軍といえども迎撃は難しい。
<KBS日本語ニュース8・5「北韓 軍事境界線付近にミサイル発射台250台配備」>
さらに北朝鮮は、ことし5月30日、「600mm超大型放射砲」と呼ばれる大型多連装ロケット砲(米軍のコードネームはKN-25)を18門並べて同時発射する試験の映像を公開した。このロケット砲は全長8.2m、全重3000kg、射程380kmと推定され、韓国だけを射程に収めている。こうした北朝鮮製ミサイルはロシアに輸出され、ウクライナ侵攻の戦場でも実戦に使用されているとも言われる。
平壌への無人機侵入を口実に、南北軍事境界線付近に配備したこれらの火砲を扱う部隊に対して「射撃準備態勢」をとれと命令が出されている中で、10月14日には南北を繋いできた道路、京義線と東海線の一部を爆破するというパフォーマンス、派手に見せるためのいわば「爆破ショー」が行われた。そして、次に無人機が侵入したり、別の挑発行為があったりした場合には、金与正が言うように「これを宣戦布告とみなし、大変な惨事、強力な報復行動」、つまり、もはやショーやパフォーマンスでは済まされないミサイルの実戦発射の可能性もあるかもしれない。そうなった場合には、ソウル首都圏は、今のガザ地区やレバノン、ウクライナなどで目にしてきた破壊の惨状と同じ風景が繰り返されることになるだろう。
南側のビラ散布は金王朝を崩壊させる有効な手段
一方で、韓国の民間団体が北に向けて飛ばす風船や海流に載せて流すペットボトルの意図は明白だ。金王朝の体制を批判するビラや、北朝鮮住民にも人気のKポップや韓国ドラマを収めたUSBメモリーなどを届け、北朝鮮の一日も早い体制崩壊を促すためだ。金兄妹にとっては、韓国が経済も文化も発展し、国民の多くが豊かさと自由を享受していることを知られるのは、自分たちの嘘がばれることであり、権威の失墜と体制の崩壊に繋がることを理解している。無人機による挑発だけで砲撃準備態勢を指示し、「核保有国の主権」にまで言及し、終末戦争を匂わせて脅迫する事態に自らを追い込んでいる。
ところで、平壌上空に侵入したとされる無人機は、北朝鮮が公開した写真から長距離飛行用の固定翼型で、ビラを20キロほど積載し、往復300キロ以上飛行したと推定されるため、公海上から発進されたものという見方もある。金与正は、韓国軍の仕業だとしているが、前述のように航空機による領空侵犯は停戦協定違反に当たるため韓国軍が行った可能性は低い。 そのため、脱北者組織など民間団体が関与している可能性も指摘されるが、長距離飛行用の固定翼型無人機を民間が入手し運用するのは容易ではない。そのため、北朝鮮が内部の結束を図るために行った自作自演ではないかという見方も浮上しているという。
<KBS日本語放送10/14「北韓が無人機侵入を主張 自作自演との見方も」>
https://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=j&Seq_Code=88687
また10月に入って1週間の間に3回も無人機の平壌上空、しかも党中枢が入る「3号庁舎」と呼ばれる中央官庁上空への侵入を許したということは、北朝鮮のレーダー探知システムが1980年代にソ連から購入した旧式レーダーでもはや役に立たないことを証明している。普通は多数のレーダーで受信したデータをリアルタイムで共有、分析処理し、航空機を自動で識別・追跡・要撃する『防空管制レーダーシステム』を備えているはずだが、北朝鮮の場合は、北朝鮮のエネルギー事情から、レーダーを平時に全て稼働させることができず、センサーも老朽化し、地上レーダーが互いに連動して追尾もできない。そのため戦闘機と爆撃機を識別することもできず、小型無人機の場合はさらに探知能力が落ちると見られている。いずれにしてもどこから発進し、どういうルートで侵入したかも分からない無人機が、金正恩が暮らす中枢部の建物のすぐ上に現われたとなっては、金正恩にとっては自身の直接的な危険に直結する重大事態であることは間違いなく、枕を高くして休むこともできないはずだ。
暴走国家がすぐ隣りにあることを日本の選挙民と政治家は自覚しているか?
金正恩ひとりが夜も眠れず、恐怖におののき、精神を病むことなどどうでもいいことで、それよりも核の先制使用さえ口にするようになった金正恩が、暴走してミサイルの発射を命令する事態が恐ろしい。そして、北が韓国に攻撃を仕掛け、韓国市民に直接の被害を加えた場合、尹大統領や国防省の責任者がいうように、その日が「金正恩政権の終末を迎える日」となり、斬首作戦の対象は「金正恩だたひとり」なのは当然として、その過程で、南北双方のいかなる戦力と人員が使われ、無辜の市民がどれだけ犠牲になるか、が心配だ。すでに核を手に入れた金正恩には、核兵器を使う選択肢があり、自暴自棄になり狂気に走る可能性もある。こんな危険な暴走国家がすぐ隣りにあることを、平和ぼけした日本の選挙民や今回の立候補した政治家たちはどれだけ自覚しているのか。日本の衆議院で、ひとりの議員が朝鮮半島問題に口を出し、その危険を訴えたからと言って、事態が変わることはないが、国民の命と安全を守るべき政治家が日本を取り巻く国際情勢を冷静に分析し、日本に及ぼす危険を事前に察知し、警鐘を鳴らさない限り、世の中を動かすことはできない。いま目の前にある危機に立ち向かおうという覚悟はあるのか、立候補者たちの声を聞きたい。