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Rei.Kikuchi_ Re:Life

術後5日目の記録

2019.01.15 01:50

photo by agnes b.


(前回記事に続き、ヘビーな内容で、ごめんなさい。& めちゃ長いっす )

2019年1月10日に手術をし、

術後5日目をむかえます。


ひとことで言うと、

思っていた以上に大変で、

日に日に良くはなっているのか?な?

あからさまな、はっきりした体感がありません。


そのおかげで、

日に日にメンタルが弱ってきて、

このビョーキになってから、

とうとう初の「弱気宣言」発動。



やさしい励ましも嬉しいけど、

カツ入れられたほうが、

くっそー!やってやるぜ!と、

気合いが入るタイプです。


キッ◯カットとカツ丼の差し入れ大歓迎。(受験生か)←すんません、実際はそんな食欲はないです 泣

カツ入れに来てくれるの大歓迎。

カツは入れて欲しいけど、

カツアゲはしないでください。



なぜ弱気か。

はいそうです。







ギプス なめてました。

ちーん



いま、5日目にして、左足の "手術の痛み" はやっと引いてきたのですが、代わりに、



ギプス、痛い、重い、辛い。

(吉◯屋か)




いま、左足は術後から約4週間(長すぎ笑えない ちーん)、ギプス固定をされています。しかもそれが、ギプス内で足をビーンと伸ばした状態(足首が直角になって膝下は伸びている)なんです。歩行するという機能は、膝を曲げる機能よりも、膝を伸ばす機能が重要らしいです。なので伸ばしたまま固定するそうです。伸ばしたまま、という状態がこんなにつらいものか。手術の痛みよりも、この筋肉や筋?の疲れ?が半端なく、総体的に痛いと感じている。手術前にひと通りの説明は受けていたけど、人生初のギプス、つらすぎて心折れかけます。



また、

床ずれにならないように体勢は変えますが、



重くて1人でほとんど動かせない。

ちーん


当初はもうちょっと動ける見込みでしたが、足指がちょっと見えているだけで、足指から股下までサイハイブーツのように巻かれたギプス。重すぎて両手でもなかなか動きません。こうなると、ほとんどの動きに介助が必要となってしまいます。「介助される」って言うのも、ありがたいけど、はっきり言って、わたしは気持ちとしてはつらいです。

・食事は唯一、自立してとれています。ですがなぜか、毎朝 熱が8度前後 出るので、朝食は一切食べられず。全体的には食欲はまだ無く、無理矢理食べてる感じです。血液ではなく、体液が足の傷からたくさん浸み出してしまうそうなので、栄養を摂るようには言われていますが、食べたくないは食べたくない。食べられるものを探して、なんとかなんとか口に突っ込んでいます。おいしいって、大切。栄養のためだけの食事は、つらい。

・排泄は、オムツ一歩手前の状態。まだ尿の管が抜けず、車イスから便座に移る練習がはじまりました。ベッドから車イスに乗り移るのも2人がかりで、やっと。車イスから便座に乗り移るのも3人がかりでやっと。排泄を自立するためには、自力でベッドから便座に行く必要があります。これがまた、遠いんです。近いのに、遠くて。それでもなるだけ早く、スムーズな移動をできるようにし、一人で排泄出来るようになるのが今一番の目標です。

・睡眠は、術後2日間くらいは、痛くて、2時間くらいずつ、ぶつ切りでしか眠れませんでした。ふて寝が大得意のわたしが、「痛くて寝れない」というのは、わたしにとっては相当に痛い証拠で、こういう時、自分なりの「痛みの指標」を持っているといいと思いました。痛みは自分でしか測れません。術後、ナースさん含めドクターたちも来る人来る人に「長時間の手術お疲れ様でした」とか「大きな手術お疲れ様でした」と言われましたが、それは「デカイ手術してるからある程度は痛いよ」ってことなんだろうと思えてたし、「痛みは我慢できる程度ですか?(無理なら点滴できるよ)」と毎回質問してくれるけど、「我慢しろって言われたらするしかないけど、我慢しなくていいって言うなら、この状況の全てが最悪で我慢ならない。キレて家帰るけど?」と、心の中でもうひとりの自分が逆ギレしていた。笑 「叫ぶくらいに痛い」とよく言うけれど、本当に痛いときは、きっと声は出ないもんだと、わたしは思った。痛みに強いキャラでここまできた自分には珍しく、我慢ならないし、なんせ痛くて、得意のふて寝が出来ないので、術後すぐは追加の痛み止めの点滴をガンガンおとしてもらった。(注 これは、病院側へのクレームでは一切なくて、自分、穏やかさを失いかけました、という言うエピソードなだけです!看護サイドには手術後には特に手厚いサポートを頂き、心より感謝しています。)


いま、術後5回、夜を乗り越えましたが、やっと3時間ずつは眠れるようになりました。寝返りについて勉強したことはないけど、わたしの場合は、3時間に1回は寝返りをうちたくなります。なのでいまは、寝返りをうちたくて、3時間に1回は身体が痛くて、目が覚めてしまいます。寝返りは、本当に重要なんだとよくわかりました。人生でこれほど、「寝返りうちたい」と懇願したことはありません。身軽に寝返りをうてることがどれほど幸せか、をよく知りました。

・清潔については、まだシャワーには入れそうにありません。でも、とくに入りたいとも思いません。濡らしたあたたかいタオルで身体を拭いていただいています。顔も洗えていないので、タオルでゴシゴシ拭くだけです。そろそろ蛇口から流れる水で顔を洗いたいとは思います。

昨日、便座に移る練習をした帰りに、洗面台で久々に手を洗わせてもらいました。5日ぶりに、流れる水で手を洗えただけで、なぜか、すーっごく嬉しかったし、気持ちよかったし、しあわせを感じました。大げさに言っているつもりはなく、素直にそう思えて、ありがたかったです。



過去2回の手術では、2.3日で痛みがずいぶん引いて、自立して行動が出来ていたので、今回も過去と同じように術後3日目くらいを楽しみにしていたのですが、


全体的に、

完全になめてました。

甘くみてました。

やっぱり今回の手術は、

スペシャルです。

そして、

二度とこんな思いはしたくないと、

心に強く決意しています。

そして、この術後5日間くらいの記憶も、マイ歴史上では、できれば封印したい。



術後5日目をむかえ、

実は左足だけでなく、まだ色々とほかにも身体の注意箇所が。



・左腕に点滴。1日のうちで抗生剤などを3.4回投薬。ちなみにとうとう、昨夜、点滴漏れしちゃって、右腕に刺し直し。点滴の針を刺すくらいは自分は、痛いに入らないので楽勝。ただ、点滴漏れは初体験。痛いっちゃ痛かった。

・術後のリカバリールームで発覚した右上腕部の圧迫痛は、日に日に減少。線状のアザはまだ残ってますが、ちょっと薄くなってきたかな。ほぼ痛み無し。良かった。

・背中には、まだ、硬膜外麻酔の管が入っています。術後からは、麻酔薬ではなく痛み止め薬を注入されていました。硬膜外麻酔、本当にあってよかった。助かった。これがもし無かったら、術後どれほど痛かったのか?痛くて失神していたと思う。痛みをある程度抑えてくれていたのだろうと、本当にありがたかった。ただ、今日でもう抜いてしまうので、今日以降の左足の痛みは、飲み薬で対処していくことになります!!最悪、麻薬を飲みます。今のところは、処方されている飲み薬で大丈夫そうです。このまま痛みが強くならないといいなぁと、願うだけです。

・植皮のため切った、お腹の傷は、術後からずっと、ほぼ痛み無し!つっぱり感は半端ないですが、左足が痛すぎて、お腹の傷の痛みには気づかなかったのかもしれません 笑。でも、左足も痛くてお腹も痛かったら、どっちもだったら、さすがに本当に失神していたと思う。傷は、骨盤手前から陰部の上部にかけて斜めに20㎝くらいです。ホチキスが大量に止まってて見た目はグロいけど、早く、くっつくといいな。

・先ほど申し上げたとおり、尿の管が、まだ入っています。スムーズに動けず、2人がかりでの離床なので、術後からまだ抜けません。抗がん剤治療中は、1週間くらい尿の管を入れているのでかなり慣れてはいますが、やはりずっと入れていて良いことは少ないので、早く抜けるようにリハビリ頑張らなきゃです。

・せっかく手術で輸血しないで済んだのに、術後4日目夜に、とうとう輸血しました。血液検査の結果で、ヘモグロビンが足りなかったからです。際立った貧血症状は出ていませんが、せっかく輸血しないで済んだのに、とても残念でした。



つらいとき、ずっと頭にあるのは、

「待て、そして希望せよ」

と言う、

大師匠が以前くださったフレーズでした。頭のなかで、ずっと、唱えていました。希望は捨てたら本当に、そこまでだ。と。いまは、ひたすら待つしかないんだ、と、自分に何度も言い聞かせています。



手術直後のリカバリールームでも、

いまも、それぞれのつらさがあって、

ギリギリ耐えられているのだけど、

きっつー…と思うたびに考えることは、


つらいと言う感情が、

人間に、

無ければいいのに。


と、しみじみ考える。

しかしこれは都合が良い話であって、

わたしはいま、非常につらいから、その感情を無くしたいと思っている。

でももし、つらいと言う感情がもしなかったら、例えば人を殺してしまっても、家族を殺されてしまっても、つらくないわけであって、つらくなりたくないから、人は人を殺さないのだと思う。


痛いと、つらいと、かなしいと、むかつくは、よく似ている。


いま、その、負の感情のサイクルに自分が埋もれかけているので、脱却方法を、考えています。

やっぱり、カツ丼かな。笑


また、例の"マイ悟り" の出番かな。

新しい境地に辿り着くためには、

こんなにも苦しまないといけないのか。せめて、身体の痛みさえこれ以上ひどくならないことを祈るばかりです。



患者会などには所属していませんが、SNSを通して、同病者の方々から、メッセージを頂いています。

お具合が悪い中、本当にありがとうございます。

最初は、友人知人へ向けた「連絡網」のようなつもりで始まったこのBlogです。

自分は、病気発覚時には、情報を得たい派だったので、Googleサイトにはすべてのページに既読がつくくらい、にとにかく調べていました。

それでも、知りたい情報が得られずに、なかなか苦労していました。

調べていて、内容がしんどい情報が多いから、もう読みたくないなぁと思うこともありました。

なので、わたしの手術の話も、今回の記事も、しんどい気持ちにさせてしまっているんだろうなぁと思うと、胸が痛むし、はたして何が最良なんだろう?と思います。


でも、

とても申し訳ないけれど、

これが、

現状のすべてです。


Blogはどの記事も、

盛ってもいないし、

美化もしていません。

今回はとうとう初の「弱気宣言」

も発動しました。



どんなふうに治療が施されていて、

その都度、どんな気持ちに(わたしは)なっているのか。

それをひたすらに記録してきました。

連絡網であり、ただの記録集であります。


いつも、多くの方々にご拝読頂き、

心より感謝申し上げます。

みんなが居てくれて、

本当によかった。助かった。ほんとに。

そしていま、同じビョーキのために、治療を頑張っている方へ、


頑張って!とは言い放ちますが、

わたしも、

頑張ります。

そして、治療が長期になると思いますが、自分の場合は、時間が解決してくれることもたくさんありました。



待て、そして、希望せよ。




希望を必ず捨てないで。


注)このBlogは、「とある患者のとある話」です。記載情報にまつわる内容は必ずしも全ての患者さんに当てはまることはなく、専門性や信用性に欠けます。的確な判断や正しい情報は、主治医や各医療専門機関にご相談・お問い合わせをお願いします。