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彩ふ文芸部

『カラス』著者:空川億里(そらかわ おくり)

2019.01.14 11:43

 とても蒸し暑くてよく晴れた、真夏のある朝。ゴミ出しを頼んだ幼い娘が、いつのまにか、わたしのいるキッチンに戻ってきていた。娘はべそをかいており、潤んだ目で、わたしの顔を見つめている。

「黒いのがカアカア鳴いてて、ゴミが出せない……」

(また、あいつらね……)

 わたしは最近生ゴミを捨てる日に、ゴミ置き場に群がってくる汚らしい『奴ら』を思い浮かべながら、ため息をついた。娘は一度ゴミ置き場まで運んでいった生ゴミの入った袋を、そのまま再び持ってきていた。

 あいつらは目もいいし、他の動物と比べて知能も発達している。法律が変わって、今は黒いゴミ袋ではなく、中が見える透明なゴミ袋じゃないと外には出せない。それであいつらは外から見える生ゴミを狙ってくるのだろう。

「気にしなくていいわ。トラックがゴミを回収しに来るまで時間があるから、ママが後で出しといてあげる」

 娘の小さな背中を抱きながら、わたしは彼女を慰めた。

「あいつら大っきらい。何でゴミをねらいにくるの」

「袋に入った生ゴミをあさりにくるのよ。野良猫や野良犬とおんなじね」

「猫や犬は可愛いけど、あいつらは可愛くないもん」

 娘は泣きじゃくりながら訴えた。わたしはティッシュで彼女の涙と鼻水をぬぐってあげた。

「市役所に連絡して、駆除してもらえばどうだろう」

 横から口をはさんだのは、出勤前の夫である。彼は公務員で、環境回復省で働いていた。核戦争で汚染された地球の自然環境を元通りにするための仕事についていたのである。

「でも、あんなのだって生き物じゃない。何だか、かわいそうな気がするな」

 わたしは返答した。

「あいつらは体も大きいし、下手したら娘を襲うかもしれないじゃないか。だったら早いうちに駆除した方がいいんじゃないか」

 夫といくつか言葉のやりとりがあった後、わたしは市役所に通報する案に気持ちが傾きはじめていた。彼を玄関へ見送るついでに、路上の脇のゴミ置き場を見た。黒い猿のような生き物が三匹、ギャアギャア鳴きながら生ゴミをあさっていた。

 わたしにはギャアギャアと聞こえるが、舌ったらずな娘はカアカアと表現していた鳴き声である。確かにこれでは娘が怖がるのも無理はない。猿のような生き物達は、手でゴミ袋を破っていた。

 こいつらの祖先の人類は、生意気にも大昔にはこの地球で今のわたし達と同じぐらい高度な文明を築いていた。わたし達、カラスの祖先の脳に改良を加え高度な知性を与えたのも、人類の祖先の科学者達だ。

 わたし達が住んでいるこの島国を人類は『日本』と呼んでおり、黄色人種と呼ばれた者達が住んでいた。人類の子孫であるノラビト達は風呂にも入らず、ずっと真夏の戸外にいて、黄色い肌も日焼けしてるので、娘に『黒い』と言われるのも無理はない。

 人の祖先はかれらの暦で二十一世紀と呼ばれた五千年前、自分達の起こした核戦争で文明が崩壊して、人口も激減したのだ。生き残ったわずかの人類は言葉も文明も失って、今ではギャアギャア叫んでゴミをあさるだけのノラビトになってしまった。

 一方、われわれカラスの祖先は核戦争で壊滅状態になる前の人類から知性を与えられ、最初は人間の小荷物をくちばしで家から家へ運んだり、爆弾を腹に抱えて自爆テロを行ったりする奴隷の役割を与えられた。

 が、やがて知性を発達させ、文字を読んだり、高度な会話を交わすようになり、くちばしや足で機械を操作して、ノラビトになった人類の代わりに、高度な文明を築いていた。

 なぜかはわからないし、色なんて何でもいいけど、進化の過程でカラス族の羽は黒から白に変わっていた。白い羽に包まれた娘が、日焼けしたノラビトを『黒い』と表現するのも無理はない。

 わたしは役所に向かってはばたいてゆく夫を見送った後、自宅に戻ってナノフォンで市役所に駆除を依頼した。職員は、担当の職員が人間達を捕獲するか、その場で銃殺して処分すると約束してくれた。わたしは安堵した気持ちで朝食を食べおえた。

 やがて市役所のトラックが現れた。トラックの先に取りつけられた銃口が火を噴いて、薄汚いノラビト達は、その場に次々と倒れてゆく。それを見ていたわたしの心は、胸のすく思いがした。ノラビトは、いわばゴキブリのようなものだ。早くこの地球から全部駆逐されればいいのに。