V.嫉妬と独占欲
鋭い日差しが指すウルダハ。
その陽射しの中を、不滅隊へと向かうガウラの姿があった。
そこで、やたらと色んな女性に声をかけているミッドランダーの男が目に付いた。
男の印象はチャラいを絵に書いた様。
声をかけられた女性は、完全に無視を決め込んだり、気の弱そうな女性は、困ったように対応して逃げたりしていた。
相手にされない男は、面白くなさそうに溜め息を吐いたかと思うと、また別の女性に声をかけに行く。
よくもまあ、不滅隊屯所の近くでそんな事が出来るもんだと呆れながら見ていると、男は不滅隊屯所の方に顔を向けた瞬間、獲物を見つけた様な顔をし、小走りでそちらに向かっていく。
「ブラック中闘士!!」
その先に居たのは、屯所から出てきたヴァルの姿だった。
呼び方から、男が不滅隊所属だと分かる。
男に気がつくと、ヴァルは面倒くさそうな表情を浮かべた。
「またお前か、アラン」
ヴァルの言葉で、最近の彼女との会話を思い出した。
遠征訓練以降、1人の部下にまとわりつかれていて迷惑をしていると言っていた。
多分、その部下があの男なのだろうと予想がついた。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ~、流石の俺も傷つくっすよ~?」
「ヘラヘラしてるのに、傷ついてるわけがないだろ」
「これでも俺、繊細なんっすよ?」
「ナンパに失敗しても、次から次に別の女性に声かけまくってるヤツのどこが繊細なんだ」
「てか、俺の事よく見てるっすよね?もしかして、俺のこと気になってるとか?」
「寝、言、は、寝、て、言、え!自分の部下が、他人に迷惑かけてないか見張ってるだけだ。お前が問題を起こせば、あたいの監督不行になるからな!」
ヴァルの言葉に、「え~」と言いながらヘラヘラしているアラン。
今日、初めてアランを見たガウラでさえ、彼が問題児なのが理解できるほどだった。
「じゃあ、俺を見張る為に、今から一緒に昼飯どうっすか?」
「なんでそうなるだ……」
頭が痛いと言わんばかりに、片手で頭を抑えるヴァルを見て、流石に見過ごせなくなってきたガウラが声をかけた。
「ヴァル!」
名前を呼び、小走りで駆け寄る。
「なかなか戻ってこないから、心配したよ!」
「すまない、部下に引き止められてな…。アラン、あたいは先約があるから失礼する。くれぐれも、問題は起こすなよ」
そう言って、ヴァルはガウラと共にその場を後にした。
そして、移動しながらアランの話を聞いた。
遠征訓練中、女性隊員にナンパをしていたこと。
そのせいで他の隊員から苦情が来ていたこと。
そして、どういう訳か、訓練後にやたら声をかけられ、毎回食事やお茶に誘われること。
当然、誘いは全て断っているが、プライベートとして声をかけてくる為、中闘士として処罰が出来ないこと。
だが、プライベートとは言っても部下である為、手荒なことが出来ず、対応に困っているらしかった。
「全く、考えるだけで頭が痛い…」
「ヴァルは美人でスタイル良いからなぁ。男が寄ってくるのは仕方ないとは思うよ」
「……好きでもなんでもない奴に寄ってこられても、嬉しくもなんともない」
そう言って、ヴァルは大きな溜め息を吐いた。
こんなに頭を悩ませてる彼女は珍しい。
そして、それは日に日に深刻なものになっていった。
出かけて帰ってくる度に、どんどん眉間に皺が深く刻まれ、疲弊していくヴァル。
それを見ているガウラは面白くない。
自分のパートナーが、男に悩まされている。
いつも自分のことだけを考えてくれていた相手が、他人のことを考えているのが気に入らない。
何より、1番見たいと思っている笑顔を奪っていることに腹が立っていた。
そんなある日、グリダニアに買い出しに来た2人。
物が多いので二手に別れた。
自分の担当が終わったガウラが、ヴァルを探していると、何やら揉めている声が耳に入った。
その声の元を辿ると、そこにはヴァルとアランの姿があった。
「いい加減にしてくれ!何度も言うが、あたいはお前に興味は無いし、何度誘われても行く気は無い!」
強い口調で言うヴァルに対して、アランは気にせずヘラヘラしている。
「え~?食事ぐらい良いじゃないっすか~」
「良くない!だいたい、なんであたいにしつこくまとわりつくんだ!」
ヴァルの言葉にアランはニヤリとして答えた。
「実は俺、ブラック中闘士のこと、本気(マジ)になっちゃったみたいっす」
「はあっ?!」
真実味の無い表情でサラリと言われた言葉に、ヴァルは"何を言ってるんだコイツ"と言わんばかりの声を上げた。
すると、アランはヴァルの肩を抱き、顔を近づけた。
「俺、今まで1人の女性に執着することなかったんっすよ?」
その言葉とアランの近さに、ガウラの中に黒い感情がフツフツと湧き、顔が引き攣る。
「もしかして、ブラック中闘士って未経験っすか?なんなら、1度試してみます?俺、上手いっすよ?」
アランの下心を隠さない態度と表情に、ガウラの我慢の限界が来た。
早歩きで2人に近づき、彼女の肩を抱いている手を掴んだ。
「なっ?!」
「おい!!嫌がってるだろ!!」
驚くアランを怒りの形相で睨みつけるガウラ。
「それに、彼女は私と買い物中なんだっ!!」
そう言ってガウラは手を離し、今度はヴァルの手を掴んで言った。
「ヴァル、行くぞ」
「あ、あぁ」
手を引かれてその場を立ち去る。
そして、ラベンダーベッドに入った所で、ガウラは足を止めた。
「なんなんだアイツは!しつこいにも程があるだろ!!」
振り向かず、怒りを露わにするガウラ。
突然のことにヴァルは驚く。
「いつもあんななのか?!」
「い、いや…、今回みたいのは初めてだ…」
驚いた表情のまま答えるヴァル。
「ヴァルが手を出せないのを良いことに付け上がりやがって!!ヴァルは僕のパートナーなのにっ!!」
ガウラの言葉に、更に驚く。
まさか、彼女がアランに対して嫉妬しているとは思いもしなかった。
「毎日、ヴァルを悩ませて、笑顔を奪いやがって!あの野郎!!」
感情を爆発させているガウラ。
それが自分の為だと知って、ヴァルは思わず後ろから抱きしめた。
「ガウラ、助けてくれてありがとう。そんなに怒ってくれて嬉しいよ」
ヴァルは優しく言う。
「今日は嫌な場面を見せてしまってすまない」
「……ヴァルは悪くないだろ」
「だが、嫌な思いをさせたのは事実だ。悪かった」
ヴァルがそう言うと、ガウラは振り返り、彼女を抱きしめ返した。
「お前が僕以外の奴の事を考えてるのは嫌だ…」
ガウラが独占欲まで露わにした事に、ヴァルは心臓を掴まれた様になる。
「配慮が足りなくてすまない」
「…僕も、どうしたらアイツが離れてくれるか考える。だから、1人で悩むな」
「わかった」
************
それから数日後、2人は用事をこなす為に別行動を取っていた。
ヴァルはサベネアで用事を終え、昼食をどうしようか考えているところだった。
「ブラック中闘士!」
聞きたくない声が聞こえ、気付かないふりをして早歩きで立ち去ろうとしたが、追いつかれてしまった。
「ブラック中闘士ってば~!無視しないでくださいよ~!」
「お前、本当にしつこいな!いい加減諦めろっ!!」
声の主は当然アラン。
ヴァルは足を止めることなく歩く。
「そんなこと言わずに、食事ぐらい良いじゃないっすか~」
「お前の目的は食事じゃなくて、あたいを手篭めにする事だろっ!」
「なんでそんなに拒絶するんっすか?ひょっとして男にトラウマがあるとか?」
「あ"?んな訳あるかっ!」
「強がっちゃって~、もしかして元彼とかに酷い目にあわされたんっすか?」
「違うと言ってるだろっ!!」
都合のいいように解釈するアランに、声をどんどん荒らげていくヴァル。
すると、アランはヴァルの手首を掴み、壁に押し付けた。
壁を背後に追い詰められた形になり、ヴァルの思考が一瞬停止した。
アランは空いている手で、ヴァルの頬を撫でながら、耳元で囁く様に言った。
「ブラック中闘士、身体の関係から始まる恋もあるんっすよ?」
ヴァルの全身に悪寒が走る。
「トラウマなんて忘れるぐらい、気持ちよくさせてあげますから」
コイツはもうダメだ。
何を言っても聞かない。
「俺とひとつになろう…ヴァル」
最後の一言で、ヴァルの中で殺意が芽生えた。
だが、ヴァルが動くよりも先に、怒号が響き渡った。
「ヴァルから離れろっ!!!」
その瞬間、アランが吹っ飛ぶ。
驚きで殺意が消え、状況を確認する。
吹っ飛んだ勢いで転がるアラン。
そして、自分の目の前には見慣れた後ろ姿。
「……ガウラ?」
その後ろ姿は、別行動をしていたはずのガウラだった。
何故、彼女がここに居るのか理解は出来ないが、アランの様子を見ると、ガウラが彼の顔を殴った事だけは理解出来た。
「いってぇ~……」
頬を擦りながら上半身を起こすアラン。
「いきなり何すんだ!このアマ!!」
「それはこっちのセリフだっ!!!」
肩を上下させるほど興奮した様子のガウラは、アランに怒鳴り返す。
「ヴァルに何をしようとしたんだっ!」
「あんたには関係ないだろ!人の恋路を邪魔すんじゃねぇっ!!!」
「うるさいっ!!関係あるから聞いてるんだっ!!!」
「あんたは他人だろっ!!」
「他人だったら口出しなんかするかっ!!馬鹿野郎っ!!」
ガウラはアランの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「僕はヴァルのパートナーだっ!!!」
「……は?……え?」
彼女の言葉に驚くアラン。
「パートナーって……絆を誓い合っ……た?」
「そうだ!お前は人のモンに手を出してるんだよっ!!」
唖然とするアランに、ガウラは言った。
「次にヴァルに手を出してみろ!ただじゃおかないからなっ!!!」
そう言い放ち、アランを突き飛ばす。
そのままヴァルの元に向かい、手首を掴んで歩き出す。
しばらく進んだ所で、ガウラは勢いよく振り返り、ヴァルを抱きしめた。
「ガウラ?!」
「あいつに何された?」
「壁に追い詰められただけだ、他は何もされてない」
「………よかった」
抱きしめられているせいでガウラの表情は分からない。
「ガウラは、なんでここに?」
「…用事の関係でここに寄ったんだ。トームストーン確認したら、ヴァルもここに居るって分かったから、昼を一緒に食べようと思って探してた…。そしたら…あんなことになってるから…」
そう言うと、ガウラは少し身体を離し、ヴァルの顔を包む様に両手で掴んだ。
その顔は、真剣なものだった。
「今まで必要性を感じてなかったけど、不滅隊にパートナーである事を報告する。もう、こんな事は二度と御免だ」
そう言って、ガウラはヴァルに口付けた。
「ヴァル、お前は僕のものだ。誰にも渡さない。」
真っ直ぐ、力強い瞳。
嘘偽りのない、迷いのない言葉。
こんなにも、彼女の中で自分という存在が特別になっていた事が嬉しくて、ヴァルの瞳が潤んだ。
「あぁ。あたいの全ては、ガウラだけのものだ」
そう言って微笑み、ガウラにキスを返したのだった。
************
後日、2人で不滅隊にパートナーである事を報告しに行った。
返ってきたのは驚きと祝福と疑問だった。
当然だろう。
パートナーになってから3年。
その間、報告せずにいたのを何故いま報告するのか尋ねられた。
今回あったことを話すと、理解を示してくれ、アランについて処罰を検討するとのことだった。
今回に限らず、入隊してからの彼の行動が問題視されていたとのことだった。
そして、数日後。
自宅に不滅隊から封書が届いた。
内容はアランの処罰が決定したという内容だった。
それを見たガウラは、"ざまぁみろ"と言うように鼻で笑う。
そのガウラの様子に、ヴァルは思わず小さく笑ったのだった。